見出し画像

ふとした瞬間、本能で生きている

 自分の誕生日、横浜中華街でイチゴ飴を食べていた。友達は皆、平日は仕事。
前日までの雨は嘘のように晴れて、横浜駅から桜を見上げて中華街へ辿り着く。
 四年前と変わらない光景と変わってしまった部分を愛しいと目に焼きつける。

 お目当てのイチゴ飴を食べたら、速攻で池袋までとんぼ返りする弾丸ツアーだったが、広島からこんな遠くまで来て、この年になるまで気づかなかったのが、ものを食べる時、歩いて食べるのが苦手だったこと。

 イチゴ飴を手にして、駐車場の隅っこに移動し、友達にLINEを送りながら「冷たくて美味しい!」
原宿でも食べられるけど、やっぱり中華街よね。
思い出がたくさん詰まっている。

 なんて、水飴でコーティングされたキラキラのイチゴ飴を陽に晒しながら、ふと
「なんで、わたし、座ってんだ?」
そこからは咀嚼しながらシンキングタイム。

 動いて食べると味がしない。
よく噛んで食べられないから、食べたものの記憶が定着にしくい。
あら、わたしって繊細じゃない。
いや、違う。

 人間だけど、動物寄りの奇特な生き物。
動物はその場にじっとして食べるでしょう?
キリンや農場の動物も、エサが固定されているというより、その場から動かない。
サルだってエサを引ったくって座って食べる。

 食べ歩き、とは便宜上の言葉。
広島の厳島神社で食べた、揚げもみじ饅頭だって、
座れるところに移動して食べていた。

 理性より、本能寄りで生きているんだな……など、
春休みで子どもたちの声が賑わう中華街で思ったこと。