奈々と一緒に学んだ共通認識
猫の奈々と16年、一緒に暮らすと
非言語コミュニケーションとは何か
なんとなくだが、見えてくる
言葉を発しない奈々との間で
共通、共有する認識や認知を見出す
例えば、奈々が何かを欲するときの態度は
わたしなら区別がつく
名前を呼ばれて出した声
お水がほしいと鳴く声
「遊ぼう」と誘ってくる仕草など
とても眠いけど、寝つけないまで分かってくる
小さな違和感が大きな確信に変わり
動物病院へ連れて行くきっかけになる
奈々はウソをつかない
他の猫も同様で、人間よりは分かりやすい
奈々とわたしのやり取りは
人と人とのコミュニケーションにまで役立つはず
わたしがサステナブルバカなので
余計なお世話をして、人から嫌われるけど
それを除けば、良好な関係は築ける
人と人は、スピリチュアル的な意味の波長や相性がなくとも
双方の共通認識が多い分だけ
周波数が合い、互いにとって気持ち良い関係が維持できると、わたしは思っている
双方が相手を知ろうとする分
自分の理解者になりやすいのではないか
それは相手の家族構成や生年月日などの個人情報を得るのではなく
日常になにげなく転がる、相手の嗜好や思考を
どれだけ抱えるかによる
共有化する認識の枠で
自分が相手に取り込まれ
自分へ相手が取り込まれていく
自分以外の人が、自分の心に入るのだから
生理的な拒絶は当然あるだろうし
受け入れられない価値観もある
それでも相手を許すから
自分が変容していくのだと思う
価値観の擦り合わせなどで、相性が構築できる
ただ、良好な関係は奈々とわたしのように
互いが精神的な自律をしているのが前提で
奈々がわたしへ、わたしが奈々へ
依存するようならば、共依存となり
奈々とわたしの境界が曖昧になって
足を引っ張り合い
信頼関係が緩いでいくように思う
「人とのコミュニケーションが難しい
しかし、動物とは上手くいく」という人は
是非とも、仲良くできている共通認識を見直して
対人関係に活かしてくださいと願う
↓笑いがほしいかた、どうぞ↓
