掌編: 星から来た男⑤
キンクマへの名付けやホクロは悠長な話で、同時に戸籍を得るまでが長く、骨が折れる作業だ。
以前、俺が世話になった弁護士へ依頼し、区役所や法務局を周り、家庭裁判所での手続きをする。
キンクマの本体が誰だか不明のまま、身分証明書がないので『辰巳翠星』とメールアドレスや電話番号を記載した名刺を作って渡した。
キンクマは高卒認定試験を取得する間、働きたいと言ってくれたが、辰巳翠星の身分がないのは不自由ばかりが迫り、キンクマは一時、塞ぎがちになった。
藁で丸くなっていたように、人間のキンクマもベッドの中で丸くなり、ひまわりの種やドライマンゴーしか食べない。
渡したスマホは、俺のカードから決済ができる紐付けをして、図書館以外にも自分の足で出かけてきたらいいと進めてみた。
お金の種類や支払いの仕方。地下鉄の乗り方、歩道の使い方。
家でロールプレイをしながら、一緒に街を巡る。
キンクマは癇癪を起こすとスマホを齧る。
「ちょい待て!スマホは高いんだ」
叱ることも度々あった。でも、キンクマが丸くなるたび、星に送ったアイツをまた失う気がして、少し焦った。
「信号は守れよ」何気なく言う。
キンクマは「分かってるよ、タツジュンってうるさいね」唇を尖らせた。ハムスターの頃はこんな顔しなかったのに。
「店員さんには『ありがとう』を言うんだよ。基本、都内は左側を歩け。エスカレーターは迷ったら、周りを見様見真似でどうにかなる」など、トイレは男女が別、多目的トイレまで事細かに説明した。言葉が通じる、漢字や色彩の区別が付くのが幸いだ。
「道に生えてる草は食うなよ」
こんな些細なことまで教え、飲み込みのよいキンクマは覚えて、一人で上野動物園まで行ける成長を見せた。
その間もキンクマの本体が誰だか不明だった。
異世界転生モノなら特殊な能力を使い、ドタバタラブコメディや復讐劇、もしくは家族との再会があっただろう。
しかし、実社会は面構えがイケメンの若者でも、女に囲まれるハーレムなんか縁遠い。
高卒認定試験のために問題集を回して、図書館へ通う地味な暮らし。
パスタやハンバーグが作れるようになっても、二十歳ぐらいの健康な人間ならドラマにもならない。掃除や洗濯ができるようになって涙を流すのは、地球を超えて、宇宙を探しても俺ぐらいしか居ないと思った。
