見出し画像

映画「国宝」からさかのぼること86年〜溝口健二監督「残菊物語」

小説「国宝」(2018年)の作者・吉田修一が、そのインタビューで「国宝」を書くことになったきっかけとして、<決定打になったのは〜(中略)〜溝口健二の『残菊物語』を観たんです>と語っている。

先日、映画「国宝」を観て、予想に違わず面白かったことを書いたが、この「残菊物語」(1939年 松竹)も観ようと思った。(U-NEXTで配信あり)

「残菊物語」、1939年のキネマ旬報ベスト・テンで2位。溝口健二監督の代表作の一つとされている。戦前の作品、100年前とはいかないが、映画「国宝」からさかのぼること86年である。

「国宝」を楽しんだ方は、この「残菊物語」をご覧になることをお勧めする。デジタル修復しているとはいえ、画像・音声は苦しいものがあるが、映画が描くものは「国宝」に連なっている。歌舞伎の世界における芸道、そして「家」「血」である。

本作は、実在の人物二代目尾上菊之助を主人公としている。演じるのは、新派の花柳章太郎。菊之助は五代目の尾上菊五郎の養子、菊五郎には二代目河原崎権十郎が配される。時代は明治である。

菊之助は人気役者となっていて、「東海道四谷怪談」に出演している。しかし、共演した義父・菊五郎〜寺島の親方は、彼の芸に対して不満だらけである。しかし、周囲のとりなしもあり、菊之助はチヤホヤされている。

そんな中、家で働くお徳が、菊之助の舞台を観て意見する。お徳(森赫子)は、菊之助の弟の乳母である。親身になって助言するお徳に、菊之助は心を寄せるのだが、大看板の長男と乳母との“身分違い“の恋など御法度。お徳は家を追い出され、菊之助はお徳を追い、ドサ周りの暮らしとなるのだが。。。

構造は違うが、「国宝」とのつながりが感じられるだろう。「国宝」で、若き喜久雄と徳次が演じる「積恋雪関扉」や「連獅子」の名場面も登場する。

恋する男を役者として一人前にしようとするお徳の存在感も大きいのだが、芸道・家の継承というテーマがドラマの底辺に横たわる。

この映画を観た戦前の観客は、その後の実話を知っていただろう。乳児として登場する菊之助の弟は、菊五郎と妾の間に生まれた男児であり、後の名優・六代目菊五郎である。一方、二代目菊之助は、歌舞伎の世界に戻ることができたものの、明治30年(1897)30歳という若さでこの世を去る。

当時の観客は、そうした菊之助の儚い生涯も頭に置きながら、この「残菊物語」を観たのではないか。

映画紹介では、ワンシーン・ワンカットの技法が紹介されているが、構図の作り方が素晴らしい。戦前の日本映画がいかに高い水準にあったかを知る上でも、重要な作品ではないか。また、戦前の溝口作品のほとんどはフィルムが現存していない。残った数本のうちの一つである本作は、その意味でも貴重である。

なお、原作は村松梢風の同名小説。余談だが、「私、プロレスの味方です」(1980年 情報センター出版局)で、私の前に登場し、後に「時代屋の女房」で1982年の直木賞を受賞した村松友視は、梢風の孫。当時は文芸誌「海」(中央公論社)の編集者だった


いいなと思ったら応援しよう!