著…佐藤陽『人生はフルコース 帝国ホテル・村上信夫の履歴書』
わたしは以前、あるテレビ番組にチャンネルを合わせました。
そこでは、村上信夫さんが『きょうの料理』でお料理を作っているところが紹介されていました。
出来上がる前からお料理が美味しそうだったのはさることながら、立派な体格の村上さんが狭そうな調理場で小さな調理器具を使っているところに釘付けになりました。
村上さんとの対比で、何もかもが狭く小さく見えるのです。
出来上がったお料理を見てにこにこしながら「ベリーグッドです」と仰っているのにも興味を引かれました。
この方はどういう方なのだろう、と。
⭐️単行本版
そして今この本を読み終えて、こう思います。
出来ればこの方のお料理をいただいてみたかった、と。
そしてお話をしてみたかった、と。
この本を読むと、子どもの頃から自分が考えた方法で物を売ったり、人に勧められた道よりも自分で考え選択した道を歩んだ方なのだということが伝わってきます。
人柄も愛想も良く、どこかちゃっかりしていて、けれどとんとん拍子に出世したわけではないし、運だけで出世していったのでもない。
真摯に仕事に打ち込んで、もっともっと美味しいお料理を作れるようにと切磋琢磨した方。
かつてフランス修業へ出かける前の三國清三さんに対して村上さんがアドバイスした内容からも、その姿勢を知ることができます。
持って行ったお金を全部使って、腕と頭と舌に入れて来い。
時間もお金も無駄使いせずに、自分が目指すもののために投資しろ、と。
これは肝に銘じておきたい言葉です。
また、意外だったこともありました。
料理人というものはお料理を誰かに食べてもらうことによって命を与える存在である…とわたしは思っています。
その料理人である村上さんが若き日、第二次世界大戦の折、命を奪ったり奪われる軍隊へ入ることを熱望していたとは。
「軍隊へ行くことは誇りでした。行きたくてしかたなかった」と語っていました。
日本が絶対に勝つと思っていたようです。
その理由は、「日本人は梅干しと御飯だけだって、耐えられる。しかし、欧米人は贅沢なものを食べないと耐えられない。だから自分たちの勝ちだ」というもの。
きっと骨の髄まで料理人的な考えを持ちながらも、兵隊として生きる…。
誰かに命を与え、誰かの奪い、誰かに命を奪われる…。
矛盾を感じてしまいますが、その時はそういう時代だったわけですし、いつ何時また日本が戦禍に曝されてもおかしくないわけですから、ゾッとしました。
村上さんが戦地から帰還した時、その顔を見た昔なじみが「どちら様?」と聞くほどに人相が変わってしまっていたらしく、このエピソードからも、いかに戦争が悲惨な体験だったかうかがい知ることができます。
人生って本当に複雑ですね…。
まるで一本の映画を観たようで、なんだか打ちのめされました。
…さて、今わたしはこの本のタイトルに「履歴書」という言葉があることにも、心を動かされています。
きっと、村上さんに限らず、ふと道ですれ違うだけの名も知らぬ人たちにもこれまで歩んできた人生のドラマがあるのでしょう。
もし、その一人ひとりの人生を本にしたなら、どんな一冊に仕上がるのだろうか? と思わず想像を膨らませずにはいられません。
〈こういう方におすすめ〉
戦時中〜戦後を生き抜いた方の人生模様に関心がある方。
お料理が好きな方。
〈読書所要時間の目安〉
4時間くらい。
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