作…ケイト・ディカミロ 絵…ジュリア・サルダ 訳…横山和江『ホテル・バルザール』
現実と夢のあいだをさまようかのような、不思議な読み応えの児童文学。
⭐️単行本版
※注意
以下の文は、結末までは明かしませんが、一部のネタバレを含みます。
優雅な曲線を描く天井。
片翼の天使が浮かぶ絵画。
アンティークの振り子時計。
これは、そんな何もかも贅沢な「ホテル・バルザール」にやって来た、マルタという女の子の物語。
マルタはホテルの中を歩き回りますが、はっきり言って、異質な存在です。
「招かれざる客」ですら無いのですから。
マルタは、ホテルで働いているお母さんと一緒に、ホテルの屋根裏部屋に住んでいるのです。
屋根裏部屋から出るのは構いませんが、お客では無いのですから、エレベーターを使ってはいけません。
静かにしていなければなりません。
何も触ってはいけません。
どこにも座ってはいけません。
必要な時以外は誰とも話してはいけません。
…まるで、ここにいるのにどこにも居ないみたいです。
とは言え、子どもの適応能力は凄いです。
マルタは、ホテルの中をあちこち探検するうちに、年老いたベルマンのノーマンと親しくなります。
フロントのアルフォンスとも知り合いますが、こちらは仕事熱心な分、冷たい印象です。
やがて…、マルタは、肩に緑色の大きなオウムを乗せた、異様な迫力を持つ伯爵夫人と出会います。
その伯爵夫人はいくつもの物語をマルタに話してくれました。
どれも風変わりなものばかり。
この本の読み手は、だんだん、自分もマルタの友達になって、マルタの傍らで伯爵夫人の話を聞いている気分になります。
それに…、なぜマルタとお母さんがホテルに住み込むことになったのか知ることになります。
とても胸が痛むのですが、そのかなしみがマルタの静けさや優しさを作り上げているものの一つなのかも…とも思えます。
さて、わたしは特に、マルタがノーマンに贈りものをするシーンが好きです。
マルタが手渡したのは、空っぽの香水瓶。
「からっぽなんだけどね、ふたをとればまだ香りがするの。その香りをかげば、ノーマンのおじいちゃんの家の裏の草原を思いだすんじゃないかと思って。ノーマンの夢のひとつでしょ。」
というマルタの言葉に、ノーマンはうなずいて、空っぽの香水瓶を制服の胸ポケットに入れ、
「ここに入れておきますよ。この胸のそばに。どうやって夢を見るのか忘れたときにだけ、瓶のふたを開けることにします。」
と言って、おじきをしたのでした。
素敵ですよね…。
年の離れた友情も、いつかは、だんだん思い出せなくなっていくかもしれないけれど…、完全に消えてしまうわけではなく、まるで、空っぽの香水瓶に残った香りのように、優しく心を和ませてくれることでしょう。
いつまでも、いつまでも…。
〈こういう方におすすめ〉
ちょっぴり切なくて、優しい児童文学をお探しの方。
〈読書所要時間の目安〉
1時間〜1時間半くらい。
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