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べこ(福島県)|諸国名産お国言葉採集

【べこ】 牛のこと

「べこ」は江戸時代の東北地方の遊覧記*に登場することから、古くから「牛」を指す方言として東北地方で使われていたようだ。ちなみに関東では「たじし」と呼ばれていたらしく、儒学者・新井白石が著した辞書『東雅とうが』には「牛〈略〉東国之俗には、牛をタジシといふ也、タジシとは田鹿也」と語源についての言及がある。今でも関東の一部に古い方言として残る。

*江戸時代後期の本草学者・菅江真澄〈すがえますみ〉が記した東北・北海道までをたどる紀行『菅江真澄遊覧記』

 さて、「べこ」は「べこっこ牛乳」(奥中山高原農協乳業)、「会津のべこの乳」(会津中央乳業)、「会津白べこ牛乳ラーメン」(一風亭)など乳飲料に関わる様々な名づけにも利用されるが、中でも福島県会津地方の張子の郷土玩具「赤べこ」は赤い牛の姿でお馴染みだろう。発祥の伝説は400余年前までさかのぼるが、以来、疱瘡ほうそう除けや子育ての縁起物とされ土産品として人気が高い。昨年4月には観光施設アカベコランドがオープンするなど「赤べこ」は会津のPRでも大活躍。街中を周遊バス「あかべぇ」が走り、マスコットキャラクター「あかべぇ」が会津の魅力を紹介する。まさに地域をあげての「べこ」推しなのである。

赤べこ 400年ほど前に起きた会津の大地震の再建で活躍した「赤べこ」を敬い、広く親しまれるようになったという郷土玩具。子供をあやすために、首を振る作りになったと伝わる。写真は「野沢民芸」の商品
会津張子の代表的な工房「野沢民芸」は根強いファンを持つ。写真は愛らしいべこが並ぶ直営店

 実はこの「べこ」という方言は牛の鳴き声に由来するといわれる。鳴き声を「べー、べーぼー」などと表現し、それを「牛」の呼び名に使っている地域もある。幼児が「犬」を「わんわん」、猫を「にゃーにゃー」と呼ぶのと同じだ。そこに「娘っこ、花っこ」のように親愛の情を表す指小辞「こ」が付いて生まれたのが「べこ」なのである。「子牛」のことは「べこっこ」と言うが、これは「べこ+子」だ。ただし語源意識が薄れて「牛=べこ」の関係が定着するとついつい「こ」を付けて「べこっこ」と言ってしまうようだ。どれだけ牛が愛らしいのかと誤解されそうだが。

 また、この指小辞「こ」には「少ない、小さい」様子を添える働きもある。風邪気味で微熱のある時は「熱っこある」と言う。岩手名物「わんこそば」の器は小さな「椀こ」だ。「家に孫っこが遊びに来た」と言えば小さくもあり可愛くもあり……。「こ」の贅沢な活用例かもしれない。ところで、先日、山形を訪れた際、酒席で「うちの鬼嫁が……」とくだを巻いていた知人が「嫁っこ」が迎えに来たと言いながら中座して帰宅の途についた姿は微笑ましかったのである。

文=篠崎晃一
写真提供=野沢民芸(店内写真)

野沢民芸商店 七日町店
☎0241-45-3129(野沢民芸 工房)
[所]福島県会津若松市七日町9-1
[時]10時~15時30分
[休]不定休
[HP]https://nozawa-mingei.com/

篠崎晃一(しのざき・こういち)
『例解新国語辞典』(三省堂)編修代表。「出身地鑑定 方言チャート」作成指導者。1957年、千葉県生まれ。東京女子大学教授。専門は方言学、社会言語学。著書に『それいけ! 方言探偵団』(平凡社新書)など。『例解新国語辞典』(三省堂)編修代表。

出典:ひととき2025年3月号

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