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【創作】年賀状を憎んだ話〜アキ、あんたヒマなんだね〜



序章

子供の頃、
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
と言うことが苦手だった。
定型文が自分の言葉じゃない気がして。
言った瞬間に他人みたいな空気になる気がして。
それでも今年も言うんだ。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」って。笑顔で。

こんな本音を言える数少ない友だちとの関係が静かにズレてしまった。

自分の送った年賀状によって。

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日常

2026年元旦 AM6:30
左手に付けたスマートウォッチの振動で目を覚ました。

頭はまだ半分寝ているけど、スマートウォッチの振動だけが元気に動いていた。

この機能を使って4年になる。

スマートウォッチってすごい。ほんとに多機能。
最初は夫が「健康のために」と、万歩計代わりに購入したものだった。
スマートウォッチを付けてるだけで、何時間眠ったのか、心拍数や1日のエネルギー消費量もわかる。
「すごいね〜私も買おうかな〜」
と迷いを投げかけると夫は特にリアクションしなかったけど、次の日に「エリ、これ。」と言って同じ機種で同じ色のスマートウォッチをプレゼントしてくれた。

何でもない日のプレゼントって何でこうも嬉しいんだろう。

「えー!ありがとう!……私、あなたと結婚してよかったわ…!」と、大袈裟に感謝を伝えたけど、本当の気持ちだ。私は夫の頬にキスをした。うちは子供の前でもキスをする。

本当は子供たちを早くお風呂に入れてもらいたいから、もう少し早く帰ってきてほしかった。
いつもの時間に帰ってこない夫に苛立っていたけど、20分帰りが遅い原因がこれだったかと思うと「もう…!」と、愛おしさがこみ上げてきた。
私はきっと、幸せだ。

スマートウォッチは結局1つの機能しか生活に根付かなかった。
「振動で時間を知らせるアラーム機能」だ。
この機能があれば家族を起こさずに自分だけが起きられる。

まだ夫も子どもたちも眠っているので、そっとベッドから出た。

朝起きて一番最初にすることは、リビングの暖房をつけて部屋を暖めておくこと。

今日は7時に旦那と子供を起こして、7時50分には家を出たい。8時45分には夫の実家に着くのが理想だ。
私たちの住む家から夫の実家まで車で40分。
少し余裕を持ったスケジュールを組んでいた。

子供が生まれてからほぼメイクはしなくなった。
でもお正月の挨拶くらい、義母の前でくらい、ちゃんとメイクをしようと早めに起きた。

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義母

義母は産後ボロボロの私にみんなの前で
「エリちゃん、綺麗だったのにね」
と言った。

初めての子育てで必死だった。
目の前にある、この脆くて小さい命の塊を守ることに全エネルギーを使っていた。

24時間稼働状態になっていた私は、アラームで母乳をあげる時間を2時間おきに管理していたし、乳腺炎は想像できないくらい痛くて辛くて泣きながら母乳を与えた。自分の顔と同じ大きさになった乳房を搾乳機で涙を垂らしながら乳搾りをする私は牛にでもなった様な気持ちだった。ろくに眠れていなくて、夫が仕事帰りに買ってきてくれる甘いものを食べることが生きがいになっていた。

そんな私に
「エリちゃん、綺麗だったのにね」
と言った。私はこの一言がどうしても忘れられない。この人がどんな人間か、その一言でよくわかった。

「黙れよ、ババア」
心の中で叫んでいた。


私の実家も夫の実家も、ジジババは何も考えずに子どもたちにやたらとお菓子やら果物を出す。作り笑顔で「わぁ〜たくさん…」と言う。「たくさん」は嫌味だ。

どうせジジババに「たくさん」食べさせられるんだからと、3歳と5歳の子供たちの朝ごはんは今日はトースト1枚と牛乳でいい。
旦那は朝ごはんはしっかり食べたい人なので自分で用意してもらっている。

私はといえば、昨夜3歳の長男が全く食べなかったチヂミをチンして食べた。1週間前は「これだいすき〜」と、食べていたくせに昨日はもう「きらい!」らしい。
おいしくない、と怒って一口食べたきりで、鶏ムネ肉の塩麹焼きだけをバクバク食べていた。

すぐにチヂミを食べ終えて顔を洗い、化粧水、乳液をささっと済ませてメイクをした。

33歳。まだ全然イケるじゃん。
ファンデを塗ってマスカラをしただけ、髪をヘアアイロンで整えただけ。それだけなのに、こんなに綺麗になるのか。これからは時間調整してヘアメイクをしようかと一瞬だけ思うけど、多分やらない。

7時になった。ひとりの時間はもう終わりだ。

バーンと派手に寝室のドアを空けた。
「7時だよ〜!起きてー!」

さっきまで静かに過ごしていた事が嘘みたいな大きな声を出す。
実は結構この瞬間が好きだったりする。
「んん…」とうごめく夫と子供が無抵抗な状態で睡魔と抗ってる姿は可愛い。

でも、5歳の長女の様子が変だった。 
全然動かない。
「大丈夫…?」と聞きながら膝まづいて、おでこに手をあてる。
熱い。
手をあてただけで分かる。これは38度以上熱がある。
その瞬間に今日の1日の予定がガラガラと音を立てて崩れていった。

すぐに熱を測らせると38.5度。

今年の元旦は、少なくとも私と長女は何もせずに家にいることが確定した。

夫と話して今日の予定を組み直す。
3歳の長男と夫だけで帰省してもらうことにした。

お正月じゃなければすぐに病院の診察の予約をとるんだけど、今日のために色々と準備をしてくれている義母に予定が変わったことを早く連絡しなければ。
義母とはLINEで繋がっているので、いつもそこから通話する。

通話をタップする前に、どう伝えれば角が立たないか、頭の中で何度か言葉を並べ替えた。

「おはようございます」の挨拶を元旦仕様の挨拶に代え、用件を伝える。
事の経緯を話したあと、
せっかく用意してくれていたのに予定が変わってしまってごめんなさい、と謝った。
これは本当に思ってる。

そして、元旦に長女に風邪をひかせてしまったこと、風邪予防の対策が親として出来てなかったかもしれないと私の管理不足を謝った。これは嘘の謝罪。子供なんてしょっちゅう何処かしらから風邪をもらってくる。
親の対策がどうこうの話じゃない。

でも「私が悪いんです」と誰よりも先に私が私を悪者として差し出せば「そんなことない!」と義母は言う。

大人の対応をしたあと、駄々っ子みたいに、「本当に行きたかった〜お義母さんのおいしい料理食べるの楽しみにしてたのに〜!」と、ついワガママ言っちゃったといった具合に本音を漏らすふりをすれば、私をかわいい嫁と思うだろう。

義母はせっかくのお正月なのに…と残念そうに、でも一番は熱が出ている長女のことを気にかけてくれた。そして、家に残る私のことも気にしてくれて美味しいものを食べさせてあげたいと言っていた。
用意していたお餅やらお赤飯、畑で採れた野菜、子供用に買っていたお菓子は夫に持たせるから元気になったらいつでも顔を見せに来てね、と言って電話は終わった。

うん。上手くいった。
もし親戚の誰かが私のことについて何か言ったとしても、義母は「子どもの熱は急に出るもんよ。エリちゃんは頑張ってる」と私を庇うだろう。

好きな人よりも、嫌いな人に好かれる方が簡単だ。


羨望

夫の仕事は医療分野で公認心理師をしているので、普通の人よりは医療分野の知見がある。お正月休みのお医者さんに代わり問診らしいことをしていた。
熱38.5度、頭痛あり、下痢なし、腹痛なし、吐き気なし。
お腹に関する症状はないから子どもの風邪薬の定番、カロナールを飲ませようという結論だった。私もそう思っていた。夫婦の解釈が一致しているのは人生を歩んでいくパートナーとして重要だと思う。

子供たちが体調を崩した時、比較的体調の治りが早いうちの子供たちは薬を余らせるので、薬のストックがたくさんある。

子供たちが胃腸炎になった時、「3日後に来てください」と言われ、その通りの日程で病院を予約した。

お医者さんは驚いて言った。
「治るのが早いですね。普通はもっと長引くんですよ。お母さん、栄養バランスのとれた食事を心がけてるでしょ。頑張ってますね。」

「いやいや…ふふふ。」
と嬉しさが入り混じった謙遜をしたが、
心の中では、お医者さんから言われたその言葉を噛み締めていた。

金色の額縁に入れて、心の真ん中に飾っておきたいくらい嬉しい言葉だった。

最終学歴高卒の私は、「大学で勉強をしたから就けた仕事」をしてる人の意見に弱い所がある。

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摘花

高校は進学校に通っていた。
東大合格を輩出出来るような超進学校ではなかったけど、早慶だと毎年3人〜5人は堅かったし、国立だと30人くらい合格者を輩出していた。
200人いるこの学年の中で、私のテストの順位は毎試験20番付近をキープしていたし、担任には国立大学への進学は現実的で地に足が着いている選択とも言われていた。

そんなに勉強を頑張っていたわけじゃない。 授業を聞いて、家で何時間か復習をすれば点を取ることが出来た。
私は国立大学進学のラインに完全に乗っていた。

私立はお金がかかるので、行きたい国立大学を絞って両親に進路相談にのるようお願いした。

「あぁ…」

最初から雲行きが怪しかった。
ずっとそうだった。
私が高校を卒業したら地元から離れると雑談の中で言ったり、友達とオープンキャンパスに行く予定を立てている時、はぐらかしたり、いい顔をしていなかったことを知っている。
だから進学先は国立大学に絞った。
今日こそちゃんと話そう。

両親は私に就職を勧めてきた。
偏差値60〜63の進学校、そこで20番付近をキープしている私に「公務員はいいよ。つぶれないし」と言ってきた。

いま就職の話なんてしてない。

まずは両親の思っていることを聞く。
向こうの言い分を全部聞く前に私が突っ込むと「話の腰を折られた」と感情的になって、私の話を聞いてくれないと思った。

女の子を都会で一人暮らしをさせるのは親として心配だ、大学卒業後いい会社に就職できるとは限らない、高卒枠で公務員になったらいい、お金をたくさん貰っても幸せになるとは限らない、女の子が賢すぎると結婚に不利、ここは友達も私たちもいる、家もある、ご飯だって作る、何が不満か、という。

釈然としない理屈を黙って「うんうん。」と我慢しながらずっと聞いていた。
両親の言い分は全部聞いた。

ここから私が話す番だ。
都会に出ていくことが心配なら私にGPSをつけてもいい。23時には家に居るようにする。家に居る写真を毎日23時に送る。長い休みの時は地元に帰ってくる、公務員になってほしいなら就職の選択肢に都庁を検討する…等。

そういう事を言って、両親の言い分を全て返した。

両親は
「でも」とか「いや」とか、「そうじゃなくて」と繰り返し、たらればの話ばかりしていて、話が進まなかった。 

「お兄ちゃんは大学行ってるよね」
と、ただの事実を伝えると、
「男の子だから…ねぇ。長男だし…」と両親は気まずそうに父と母でチラチラと目を合わせながら言った。

私は兄より勉強が出来た。
兄は私が行った高校に受験すらしなかった。
受かったのは私。
でも大学に行ったのは兄。
就職を勧められたのは私。
偏差値も運動も目立たない大学に行く兄。
国立大学のラインに乗っている私。

私は何も言えなくなってしまった。
この人たちに何を言っても伝わらない気がした。

何より、両親の
「地元に子供をひとり残しておきたい」という気持ちをうっすらと感じていた。

多分寂しいんだろう。

たまに兄が東京から帰ってくる時は母親は張り切って、兄の好きな唐揚げや餃子を作った。
テーブルに置ききれない料理の数々は母親の「兄が帰ってくる喜び」を表現していた。

一番かわいそうだったのは、兄が帰ってくると張り切って料理をしたのに、地元の友達と遊ぶからご飯いらない、と電話で兄が母に伝えた時のことだった。

最初のうち母は「え〜帰ってきてよ〜」と、お願いする言い方だったけど、段々過熱してきて、「もう仕送りしない!」といった口論になった。兄はその日、地元の友達と会っただけで私たち家族には一目も会わずそのまま東京に帰ってしまったことがあった。


「食べてほしかったなぁ」
と母はつぶやいて、
「お兄ちゃんに、頼んでないって言われちゃった。」と、目を赤くしていた。
にぎやかなテーブルの上とは反対にお葬式のような空気の夜ご飯だった。私は美味しいよ!と大袈裟に言って、無理して食べた。

そんな母を知っている。
同情もする。

だけど、私の進路とは別の話だ。

価値観が違う人たちに、これ以上何を話せばいいんだろう。
黙って口をギュッと閉じていた私に、母は言った。

「それにね、エリまでいなくなっちゃったら、お母さん淋しい。」

とんでもなく薄気味悪い言葉だった。
あたかも付け加えたみたいに言ってるけど、これが進学を反対する1番の理由だと直感的にわかった。

この人は自分の「淋しい」という気持ちで、私の人生を摘もうとしている。
私の人生を、お母さんの淋しさの穴埋めに使わないで。

1番の味方だと思っていた母を「この人ってこういう人だったんだ」と、理解してしまった。

何を言っても伝わらない、分かり合えない。

その夜は答えを出せないまま、両親と私の進路相談は終わった。

ベッドに入っても眠れなかった。ずっと母の言葉がリフレインする。

「それにね、エリまでいなくなっちゃったら、お母さん淋しい。」

気持ち悪い。
あくまで母は可哀想な被害者で、私は加害者か?私はただ進学したいと伝えただけ。


そのうち吐き気がして、深夜にトイレで嘔吐した。

嘔吐していると、苦しくなって涙が出てきた。母がどんな人間か理解してしまったからなのか、自分の可能性を潰されそうだからなのか、嘔吐による涙なのか、もうわからなかった。


次の日、わたしは両親に
「就職するよ」
と言った。
父は喜び、就職したら車買いにいこう!欲しいものはあるか?何でも買ってやる!と言った。母は満面の笑みで「その方がいいよ〜!一人暮らしって大変なんだから〜!」と言った。


車や物を与えて罪悪感を帳消しにしようとする父も、今度は一人暮らしをさせまいとする母もどちらも気持ち悪かった。

私の人生は、車を買って好きなものを買えば取り戻せるほど小さな価値だったのだろうか。

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不穏

2026年前 元旦 AM7:52

夫と3歳の長男は夫の実家へと出かけていった。5歳の長女は泣かなかったけど、頭も痛いし、おばあちゃんちにいけないと怒っていた。
「けんちゃんが、おばあちゃんちに行ったらヨーグルトに蜂蜜いっぱいのせて食べよ!YouTubeも見よ!」
と、いつもは私が許さない提案をした。
けんちゃんとは3歳の長男だ。
それでも長女は不機嫌だった。
もう5歳はこんなことでは釣られない。
おばあちゃんちに行った方がお菓子も食べられて家にいるより楽しい時間を過ごせることを既に知っている。

最初、長女はソファに寝転がりテレビにYouTubeを映して見せていたが動画を見慣れていないし、体調も良くないため疲れたようで「ママー、もういい。」と言って自分から寝室に戻り眠りに行った。


さて。私は何をしよう。
今日は1日家にいるから長女と一緒に二度寝をしてもいい。だけど、久しぶりにメイクをしたのに落として眠るのが惜しかった。

夫が長男と出かける間際、私が
「いってらっしゃい。気をつけて行ってきてね。」と言った時に、夫は
「あ!化粧してる!」と気づいた。
「うん。お正月だしね。綺麗でしょ?」と言うと、「うん。綺麗。」と言った。
この人は気の利いたことを言える人じゃない。
お世辞ではなく、本当に綺麗だと思っているんだろう。

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夫と初めて出会ったのは私が22歳の時だった。

「医療関係者と飲み会があるんだけど、来ない?」
と中学時代の友達で看護師の澪に誘われた。
高校時代の友達はみんな進学したので、私が普段地元で遊ぶのは中学時代の友達だけだった。
澪は看護科がある高校に行ったので、18歳から准看護師として地元の産婦人科で働き始めていた。正看護師になったのは20歳のときで、看護師としては2年目だ。

「行く!」
ふたつ返事でOKした。
私は遊んでいたわけではないけれど、進学出来ないならと、早々に人生のハンドルを「幸せな家庭を築くこと」に切り替えていた。

だから、遊びでこういう飲み会に参加していたわけではなくて、結婚に繋がるような人を探していた。
もっともイケメンが好きな私は性格で相手を見ることが出来なかったから、結局は遊びみたいな付き合いで長続きはしなかった。

その飲み会に夫はいた。

いた事は確かなんだけれど、よく覚えていない。
夫の印象は「顔が四角い人」。
それだけしかなかった。
夫の代わりに覚えているのは「増田くん」だ。
増田くんは今日この会の中だから1番イケメンという類のイケメンではなかった。
学校に居たら、学年で1番かっこいいタイプの本物のイケメンだった。
男性陣は増田くんwithその他という4人で、澪も私も増田くんのことしか見ていなかったと思う。
澪とは何回も一緒にこういう飲み会に参加したことはあるけど、好き嫌いがハッキリしていた。
澪は興味のないメンツの飲み会だと、
「みほじゃなくて、み!お!でーす。お酒の澪と漢字が一緒で看護師2年目の22でーす。とりあえず今日は澪を飲んで酔っ払いまーす。楽しみましょ〜」と自己紹介をしていた。
澪は普段から「みほ」と呼び間違えられることに辟易としていた。

澪の今日の自己紹介は
「澪です。看護師をしていて2年目の22歳です。澪って呼んでください。」に留まっていた。
すぐに「あ、増田くんのこと気に入ったんだな」と自己紹介の時点でわかった。
きっと、名前呼び間違えの話題は増田くんと個人的に話す材料として残してあるんだろう。

男性陣で喫煙をする人がいた。
「吸っていい?」とその男性が聞いたとき、
突然澪が言った。

「あ、エリも吸うよね?」

私はタバコを吸ったことがない。

「え?吸ったことないけど…」
と言うと、
「そっか〜辞めたんだっけ〜」
と笑いながら言った。

最初から増田くんの視線が私に向いていることには気づいていた。増田くんは私のことを気に入ってくれているのだろうか、嬉しかった。

それも全て分かっている澪に「やられたな」と思った。
それから増田くんと目が合うことはなかったし、だからと言って、増田くんの視線の先が澪に行くこともなかった。

その日の飲み会はそれしか覚えていない。

飲み会のあとはライングループが作られて、
「今日は楽しかったです!また飲みましょう〜」というメッセージが意気交う中、私も他の人のメッセージをコピペしたような文を打って送った。

そして、ライングループから友だち追加したのか「伊勢圭吾」という人物からメッセージが来た。
「こんばんは!今日はエリさんとお話が出来て楽しかったです!自分の周りには医療関係ばかりで、公務員の知り合いがいないのでエリさんの話をもっと聞きたいと思いました!時間が合えばご飯でも行きましょう!」

仕事の話なんてしたっけと思ったけど、そう言えば自己紹介の時に税務署に4年勤務していると言ったっけ。
それに年齢層高めの婚活アプリで初めて顔合わせした男が送った文章みたいと思った。

伊瀬圭吾が誰か分からず、アイコンをタップする。
釣りをしているらしく、魚が釣れた記念のようで四角い顔が魚と共に笑っていた。
あぁ、あの四角い人か。
後に夫になる圭吾には四角い人としてしか印象がなかった。

丸いアイコンの中に四角がある…。
なんか面白かった。
既読にはしたけど、四角い顔の「伊勢圭吾」には返事はしなかった。

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2026年 元旦 8:36
LINEが鳴った。
澪からだ。

「あけおめ!年賀状みたよ♥相変わらず仲良し家族の写真で新年早々幸せな気持ちになりました🥺今年もよろしくお願いします!またランチ行こうね〜!」


あぁ、そうだ。
年賀状送ってたんだっけ。

寝室をこっそりと覗き、長女がぐっすりと眠っていることを確認した。

玄関から5秒でたどり着く郵便受けを確認するため外に出る。
5秒だし、となめてかかった身体にはニットを着ていても寒い。

郵便受けの中には輪ゴムで束ねられた年賀状が0.5ミリくらいの厚さになっている。

その先頭の年賀状の差出人を見て、冷たくなった体が一瞬にして熱くなり、鼓動が高まった。

「斎藤 亜希」


去年年賀状を送って、何の音沙汰もなかったアキからだった。



つづく



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