2005年06月 上旬
「2.5兆円」の衝撃
2005年6月2日の記述に、当時の日本の金銭感覚を象徴する驚くべき数字が残されています。
当時の郵便貯金には「預入限度額(1000万円)」という壁がありましたが、なんとその限度額を超えて貯金していた人が230万人も存在していました。さらに、その限度額をオーバーして「溢れてしまった」お金の合計は、実に2兆5000億円。
郵政民営化前夜、まだ「貯蓄への信仰」が絶対的だった時代の歪みとも言えるこの現象に、著者のHonj氏はユーモアを交えてこう綴っています。
ホントみなさんお金持ってるんですねー。(^^;
ま、そのうちHonjのところにも回ってくると信じて今日もがんばります〜♪
資産運用よりも「まずは貯金」という当時の実直さと、行き場を失った莫大な資産。今の投資ブームとは対極にある、当時の日本人の「お金の置き場所」が透けて見えます。
重なる「綻び」の予兆
一方で、この時期の日本はスポーツの熱狂の裏側で、社会の「不穏な綻び」が次々と露呈していました。
2005年6月初旬、ニュースは「ガードレールの金属片」の話題で持ち切りでした。全国3万箇所近くで見つかった謎の破片。車のボディが剥がれた事故由来のものだけでなく、それに便乗した「故意」の痕跡も囁かれ、著者は「本当にモラルが低いというか情けないというか。。。(Vol.1769)」と落胆しています。
さらに、社会への不信感を煽るような出来事が連鎖していました。
三菱信託銀行での17万人強の情報紛失(6月2日)という、デジタル化の影。
100万件に迫るNHK受信料不払い(6月3日)による「負の連鎖」。
東京や熊本で相次ぐ連続地震への不安(「日本全土が揺れている感じです(>_<)」)。
二子山親方の訃報(Vol.1765)といった喪失感も重なり、どこか足元の安定を欠いたまま、当時の私たちは日々のニュースに溜息を漏らしていたのです。
無観客試合の緊張感から、渋谷での号外へ
そんな重苦しい空気を一気に吹き飛ばしたのが、サッカー日本代表でした。6月8日、ドイツ・ワールドカップ(W杯)出場をかけた北朝鮮戦。
タイで行われたこの試合は、FIFAの制裁による「無観客試合」という異例の事態。著者は「選手にとっても張り合いがないのでは」と懸念していましたが、日本代表は見事に勝利。翌9日、選手団の帰国を待たずして街は歓喜に包まれます。
ちょうど試合の時間は渋谷で知人とジンギスカンを食べていたのでテレビ観戦はできなかったのですが、帰りのハチ公前の賑わいを見てしっかり勝利を認識しました! 号外もGet♪(笑)
スマートフォンがない時代、人々は街の「賑わい」で勝利を肌で感じ、配られる「紙の号外」を奪い合うことで喜びを共有していました。6月10日に帰国した選手たちの晴れ晴れとした姿。自力で切符を掴み取ったあの瞬間のピュアな熱量は、今の私たちにどう映るでしょうか。
黎明期のブログ文化
テクノロジーの面では、現代のSNS社会の原型がこの時期に完成しつつありました。
2005年6月「Yahoo!ブログ」がサービス利用者数で1位を記録(Vol.1767)。当時の調査では、測るたびにブログの認知度が向上していくという、まさに爆発前夜の状態でした。
ここで興味深いのは、当時のユーザーたちがブログという「新しい遊び場」に抱いていた好奇心の形です。
「magnet」という子供向けブログサイトの登場(「今や子供もブログなんですねぇ(Vol.1767)」という驚き)。
ブログで画像に自由に落書きできる「おえかきツール」への期待(「ネットのお絵描きはけっこうハマります(Vol.1771)」という著者の遊び心)。
また、プレイステーション2が世界累計出荷9,000万台を突破したというニュース(Vol.1768)も、ハードウェアが家庭の娯楽の王様だった時代のピークを感じさせます。SkypeとIP電話の連携が始まる(Vol.1769)など、通信の壁もまた、少しずつ取り払われようとしていました。
科学と平和の距離
メールマガジンの連載「ノーベル賞受賞者講座」からは、100年前の「断絶」という、今の時代にも通じる教訓が浮かび上がります。
1914年から1918年にかけて、ノーベル賞には「受賞者なし」が頻発していました。特に1916年は、文学賞以外の全部門で受賞者がいません。著者は「こんなに受賞者の居ない年があったんですねぇ(Vol.1768)」と驚きを持って伝えています。
(1917年は)ロシア革命の年ですなぁ。。。
1917年、物理学賞や化学賞、医学賞が次々と「該当者なし」となった事実は、科学や文化がいかに脆弱な平和の上に成り立っているかを物語っています。2005年の著者が感じたこの小さな驚きは、社会の激動が人間の創造性をいかに容易に止めてしまうかという、普遍的な問いを投げかけています。
手触りのある日常
2005年6月上旬の、わずか10日間ほどの断片。そこには、今よりもずっと「不自由」で、それでいて「手触りのある」日常がありました。
2.5兆円という途方もない現金が貯金箱に溢れ、無観客の静寂の後に渋谷の喧騒が爆発し、誰もが「自分専用の発信場所(ブログ)」という魔法のツールを手に入れようとワクワクしていたあの日。
あれから20年。私たちは、当時の人々が持っていた「新しい技術への素直な高揚」や「社会の綻びに対する真摯な危機感」を持ち続けているでしょうか。
すべてが効率化され、指先一つで完結する現代。2005年のあの初夏の「カオス」を振り返ることは、私たちが利便性と引き換えに置き忘れてきた「何か」を思い出すきっかけになるかもしれません。
(当時のHONJ通信)
http://honj.jp/magmag/01765.html
http://honj.jp/magmag/01766.html
http://honj.jp/magmag/01767.html
http://honj.jp/magmag/01768.html
http://honj.jp/magmag/01769.html
http://honj.jp/magmag/01770.html
http://honj.jp/magmag/01771.html
http://honj.jp/magmag/01772.html
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