見出し画像

落語会なかなかの演目「景清」

2016年9月16日の日記

マレーシアデイ 祝日

一週間に祝日が2日あり、中秋節もある。モールのセールも大々的でなんだか華やかな一週間だ。
学校では文化プログラムとして日本から落語家を招いた落語会を行う。
落語は大阪時代に地域寄席とそのつながりで何回か行った繁盛亭で身近になった。
久しぶりに接する機会でもあり、また学校の文化プログラムに関心があったことで前もってお手伝いを申し出ていた。また、かつてはイベントプログラムは企画・主催する側だったので、集客、運営、ボランティアの募集に毎回汗をかいていた。世話になっている学校でもあるし、自分がお手伝いに回る形でなんとなく今まで人様にご協力いただいたお気持ちにここでお返しできればという気持ちもあった。
まあ私の仕事は会場係と太鼓やお囃子などのCDを操作する係で作業そのものは負担のすくないものだ。しかし、少ない人数でのオペレーションなので席亭の校長先生をフリーにする一助にもなるわけで俯瞰してみれば大切な役割だと思うことにする。

噺家は柳家三之助、私には馴染みの上方落語ではなく、江戸弁というかきっぷのいい語り口だ。
午前は日本語学習者や子どもを対象に落語そのものの説明から始まり、演目はわかりやすいものでややアクションを強めにしていたように思う。

林家三之助

昼はスタッフのひとりからおすすめしてもらった店でナシゴレンを食べる。いつも食べるスタンダードなものではなく、”Nasi kerabu Ayam percik”というものだ。紙に書いてもらう。
これはナシ・ケラブという野菜と青唐辛子の刻んだものとちょっと色のついたご飯が一緒に出てくる。ご飯はナシレマのようだ。また魚のせんべいとサンバルというからし味噌がたっぷりかかっていた。これに甘辛いpercikというソースに漬け込んであるAyam(鶏肉)がプレートにのせてあるという感じだ。
美味しかった。これからはローカルスタッフにおすすめを聞いていこう。

Nasi kerabu Ayam percik

午後の部は2時間をとる。最後の演目は大作「景清」。主人公は目が見えずそのために上野の清水寺に願掛けをするという話だが、作品の中ではさかんに「めくら」ということばが出てくることと、演目の長さになかなか寄席ではかけられることのないと思われる。今回のような独演会であれば可能というもの。滅多にない機会に恵まれた。
上野の清水寺といえば天海大僧正が日本のもっと粋な場所、”京都”を上野の山に再現し、江戸の人々の一大アミューズメントパークとして、江戸開府の徳川政権の権威づけに成功させたひとつとなる。東叡山寛永寺と名前から東の比叡山(京都)であり、清水の舞台を模した清水寺、その舞台からのぞむはやはり琵琶湖に模した不忍池の弁天様。なんども江戸の清水の舞台に立ったその光景が、落語の中で主人公が願掛けに通うたびに蘇ってきた。

落語会が終わった後はいつもの映画館に向かい、ちょうど始まったところの「ベン・ハー」を観る。
前の映画を何度か観たのでストーリーは入っている。しかし、このリメイク版にはがっかりした。ストーリの重要な展開のきっかけがあまりにも雑になっている。あるいは主人公の変転の中で重要な役割を示す、義父が登場しない。また考えられないほどのイージーなハッピーエンド。物語の背景に流れるキリストの奇跡はまったく出てこない。これだけの金と時間をかけて派手なシーンも撮っているのにもっとも基本的なところが甘いという感じか。

映画を観る際には電話の電源を切っている。こちらでは切っていないどころか、スマートフォンの画面をずっと見ている人もいるぐらい緩いところがある。映画を観ている際に落語界の打上げのお誘いがあったが気が付いたのは映画が終わった後だ。場所もパビリオンの裏手にある客家料理の看板を高々とかかげ、同時に「この土地は売らない」と大書している店だった。この時ばかりは電話の電源を落としていたことを後悔した。

7,910歩 腕立伏せ 記憶なし 
支出合計 RM 44.1≒1,150円
昼食 nasi kerabu ayam percik 19.4 village house
卵、パン、ジョリーシャンディ 12.2 AEONBIG
映画 ベン・ハー 12.5 GSC