手のひらの図像学.11 竜頭鷁首の船
秋田市八橋日吉八幡神社の絵馬

以前秋田市に行った際に、前から一度行ってみたかった八橋の日吉八幡神社に立ち寄ってきた。その名の示すとおり、ここには日吉と八幡の二つの神格が一つの社殿に祀られている。ここは秋田県内唯一の木造三重塔があることで知られており、他にも随神門や舞殿、石碑など見どころが多く、その境内は神道と仏教が違和感なく溶け合った不思議な聖域となっていた。お参りを済ませた後、正面扉が開かれた拝殿の中を見ると、大振りの絵馬がいくつか奉納されている中、とても興味を惹かれる一枚があった。
薄暗い拝殿の中必死に目を凝らすと、鎧姿の女性と老人と武者たちが船に乗って合戦に赴く様とまでは見て取れたのだが、そこに龍や鳳凰のような姿も見えたので、これは神獣の加護を得て戦いを繰り広げるという、未知の伝奇物語の一場面なのかもしれないと、勝手に空想を膨らませたのだった。
家に帰って撮ってきた絵馬の写真を拡大して見ると、自分の想像とは違って船は二艘で龍と鳳凰はそれぞれの船の舳先の飾りであった。平安時代の絵画に「竜頭鷁首(りゅうとうげきしゅ)」という飾り付きの船が見られるが、この絵馬はまさにそれで、鳳凰と思ったのは「鷁」という想像上の鳥なのであった。これは神秘的な霊力が風水の難をさけるという竜や想像上の水鳥の鷁を船首の装飾とした2艘1対の船で、貴族が乗って遊興するための船ではなく,朝覲(ちょうきん)や寺社などへの行幸,その他朝儀,寺社供養などの行事に楽人10人ほどと棹郎(とうろう)(船頭)4人が乗り,池で楽をかなでる楽船として用いられた。「駒競(こまくらべ)行幸絵巻」「紫式部日記絵巻」などに描かれている。龍頭鷁首の船は平泉の毛越寺の浄土庭園でその現物を見ることができるが、そもそも軍船の舳先にこんな飾りがついているとはなんと雅なことだろうか。



また、鎧姿の女性と老人の組み合わせは神功皇后と武内宿禰の姿に違いなく、この船は三韓征伐に向かう途中の海上にあることがわかる。そしてよく見ると船縁に立つ女性の手には釣り竿が握られているのである。

『肥前国風土記』には肥前国松浦郡玉島(佐賀県)の小川のほとりで神功皇后が針を曲げて釣針とし、着物の糸を解いて釣り糸とし、ご飯を餌として釣りをして鮎が釣れるかどうかで、三韓征伐の成否を占ったという逸話が記されている。各地にこの場面を描いた絵馬が残っており、湯沢市三梨町宮田の春日神社にも奉納されている。ただし、海上で船の上から釣り糸を垂れるという例は珍しく、おそらく他所には無い唯一無二の図柄なのではないかと思われる。風土記の逸話ではすぐに鮎が釣れたらしいのだが、この絵馬のように海で鮎を釣るのは神功皇后をしてもかなり難しく、タイやカツオ、あるいはマグロあたりの大物を狙っているのかもしれない。
八幡神社の祭神は一般的には応神天皇とその母神功皇后、比売神の三柱であるので、この社に奉納されるにはふさわしい題材の絵馬である。天明三年(一七八三)の奉納で絵師は遊心齊。軍船を龍頭鷁首の船にしたり、神功皇后に海釣りをさせたりと少々盛り込みすぎの感はあるが、その名のとおりの遊び心に溢れた一品と言えよう。
