手のひらの図像学.10 猫と蛇と扇
湯沢市稲庭町金華神社の狛犬と狛猫

湯沢市稲庭町の県立湯沢高等学校稲川分校跡のグランド脇に、金華山の額が掲げられた鳥居が立ち、その手前に変わった造形の狛犬が控えている。
狛犬は阿吽の一組で、鳥居に向かって右側が口を開いた阿形、左側が口を閉じた吽形である。吽形の方は前足の間に子供の狛犬が戯れている様を表しているもので、別段珍しいものではないが、阿形の方が他に見られない特異な形をしている。
片足に玉を踏む姿の狛犬はよく見かけるが、これは左足の下に立てた繭を踏んでいる。そして、それが蚕の繭だと分かるように、繭の上にカイコガが留まっているように浮き彫りされているのである。そして、左右の狛犬に振り分けて、奉納・大正六年(一九一七)三月十八日・発起人名・寄附人名・石工名が記されている。この時点で、金華神社は養蚕に関わる人たちの信仰を集めていたことが想像される。


鳥居をくぐり石段を登った先の高台に建つ拝殿の奥には、御神鏡を守るかのように一対の狛犬ならぬ狛猫の像が置かれている。左側は相川村(現湯沢市相川)の近田市太郎氏が寄進(年号不明)、右側は宇留院内村(現湯沢市宇留院内)の高橋氏が明治廿年(一八八七)に寄進した像であった。よく見ると台座の造形も異なっており、同時に造られた像ではないはずなのに、全くそれを感じさせないほど見事に一対の狛猫となっている。
この時ご案内していただいた高橋喬司さんのお話しによると、かつては拝殿の中に猫が描かれた絵馬が沢山奉納されていたが、建物が改修される際に廃棄されてしまったのだろうということであった。かろうじて奉納額の後ろに残されていた紙に描かれた猫の絵一枚と、その残欠一片を見ることができた。
養蚕農家にとって蚕を食べる鼠の害は深刻であったので、鼠を捕ってくれる猫はとてもありがたい存在であった。ゆえに、鼠はもちろんのこと、病気や異常気象などもろもろの害から蚕が守られ、良質の繭が取れるようにとの願いを込めて猫の石像や絵馬を奉納したのであろう。そして、鳥居の前の狛犬もまた繭を守っているのである。
金華神社は神仏混淆から神仏分離の時代を経て今日に至るまで、何度も社名が変わり、様々な神仏が合祀された結果、山(鉱山)の神、水の神、塞の神、女性(安産)の神、商売の神、そしてもちろん農業の神としても信仰されるという多様な性格を帯びることとなった。明治から昭和の初めにかけて、この地の養蚕業が最盛期をむかえていた時期には、農業神、特に養蚕の守り神として広く信仰を集めていた。狛猫の寄進者からもわかるように、その信仰圏は湯沢市の高松、須川地区にまで及び、平鹿郡にまで及んでいたという。

日輪扇の霊力
実は石段下の建物の中にも色々興味深いものがあった。中でもこの絵馬を見た瞬間「女性と蛇」のモチーフから、一瞬これは当地に伝わる蛇婿入り譚の主人公、能恵姫ではないかと思って興奮したのだが、冷静に考えるとどうも違うようだった。女性の横で蛇が大きく目を見開き、口を全開にして何かを威嚇している。そして、着物姿で座る女性は胸元に扇を広げている。写真でその部分を拡大してみると、扇には日輪が描かれており、女性はそれで扇いでいるのではなく、その絵を何かに向けているようであった。
古来扇は神の依代(よりしろ)、つまり神が宿る存在とされてきた。ゆえに扇は様々な霊力を持つとされ、その一つとして疫病や作物の害虫を追い払い、無病息災、豊穣を招くという意味を持っていた。そして、その用途で用いられる扇は日輪が描かれた所謂日の丸扇であったと言う。古くは赤地に金の日輪が正式であったらしいが、赤い塗料は高価だったので、後に白地に赤丸の形が一般的になったらしい。

『平家物語』の名場面、那須与一が見事射抜いた扇の的も、赤地に金の日輪が描かれていた。これは高倉院が厳島神社へ御幸の時奉納した30本の扇の一つであり、平家が都落ちする時、神官より無事を祈って贈与されたものであった(高橋貴「扇の多様性」より)。この神聖な扇を射抜くことが出来るか否かは、単に射手の腕前によるのではなく、源平どちらが神のご加護を得るのかの占いであったように思われる。与一の放った矢も、戦さを始める合図として射られる鏑矢で、頭でっかちで空気抵抗が大きく、その飛び行く先も神のみぞ知るであったのだから。
そうすると、この絵馬の女性も何かを追い払うために扇の霊力を用いていると思われる。蛇は猫と並んで鼠の天敵として知られていた。前述したようにこの神社が養蚕農家の信仰を集めていたことを考えると、女性と蛇が追いやろうとしているものは蚕に害をなす鼠に他ならない。この絵馬の描かれぬその先には逃げ惑う鼠の姿がある。

『源氏物語絵巻 御法』にも赤地に金の日輪の扇が登場する。光源氏と紫の上とその養女明石の中宮の三人が一部屋に集う場面、死期が間近に迫っている紫の上に相対す光源氏の膝下にその扇が置かれている。一見すると画面にそぐわないと思われる色彩と図柄の扇であるが、これもまた寺院や神社でご祈祷やお祓いを受けた神聖で霊力の込められた呪物であり、この絵馬のように相手に向けることによって、病魔を退散させようとしたのではなかったか。ただ、半開きになって膝下に置かれている扇の姿は、その結果を暗示しているように思えてならない。
