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世界を知るたびに、「普通」は一つじゃないと気づいた



初めて子どもたちを連れてバリ島へ行った時のことを、今でも忘れられない。

観光地を歩いていると、私の子どもと同じくらいの年齢の子が近づいてきた。

「money. money」
と言って手を出してくる。

その時、最初に思ったのは、

「えっ?マジで?」

だった。

子どもたちはびっくりして私の後ろに隠れた。

でも、不思議だった。

バリの人たちは、日本みたいにせかせかしていなかった。

時間がゆっくり流れていて、みんな幸せそうに見えた。

日本では当たり前だと思っていた日常が、世界では当たり前ではない。

その子にとっては、生きていくための日常だったのかもしれない。

旅先では、幼い子どもが働く姿や、ゴミ箱をあさっている人を見かけることもあった。

一方で、笑顔いっぱいで暮らす人たちにも出会った。

物は多くなくても、家族や友人と笑い合い、今を楽しんでいる姿があった。

その時、初めて豊かさって何だろうって考えた。

幸せって何だろう。

海外に行くたびに、その答えが分からなくなり、少しずつ私の世界は広がっていった。

その後も私は、タイ、台湾、トルコ、ニューヨーク、北欧など、さまざまな国を訪れた。

言葉は通じなくても、困っていると誰かが声をかけてくれた。

地図を一緒に見てくれた人。

笑顔で料理をすすめてくれた人。

身振り手振りで道を教えてくれた人。

国籍も、宗教も、文化も違う。

それでも、人の優しさはちゃんと伝わることを、海外旅行は何度も教えてくれた。

昔の私は、「普通」は一つだと思っていた。

でも、それは日本で暮らす私の普通だった。

世界には、それぞれの文化があり、それぞれの価値観がある。

違うことは、間違いじゃない。

そう思えるようになってから、人を見る目も変わった。

「どうして?」

と決めつけるのではなく、

「そういう考え方もあるんだ。」

と思えることが増えた。

世界を変えるような力は、私にはない。

でも、未来のために私ができることはある。

偏見を持たず、違いを知ろうとすること。

相手を尊重し、世界を知ることをやめないこと。

海外旅行は、観光地を巡るだけではなかった。

世界にはいろいろな生き方があり、いろいろな幸せがあることを教えてくれた。

未来は、一人の大きな行動で変わるものではなく、一人ひとりの小さな選択が積み重なってできていく。

だから私は、これからも世界を知ることをやめない。

知らない価値観に出会い、違いを受け入れながら歩いて行きたい。

それが、未来のために私ができることだと信じている。

#未来のためにできること

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