名言集⑧「若さ」についてのことばたち
記憶というのは温めるものです。
青春の記憶というのは引き出しにしまっておいて、
ときどき取り出しては温めるものなんです。
村上春樹

〖1〗ポール・ニザンのことば

『アデン・アラビア』(1931)
大人たちは僕たちに『未来』を売ろうとする。しかし僕たちが欲しいのは、いま、この瞬間を爆破する火薬なのだ。
Adults try to sell us 'the future.' But what we want is the gunpowder to blow up this very moment.

ポール・ニザン(1905‐1940 フランス・小説家、思想家)
1931年『アデン・アラビア』で一躍有名になった。共産党員として活動しながら、ブルジョワ社会の欺瞞や知識人の無関心を激しく批判。青春の苦悩、政治的変革への渇望、反ファシズムの姿勢を硬質な文体で描き続けた。
〖2〗草野心平のことば


草野心平(1903ー1988 福島県・詩人)
生涯にわたり「蛙」をモチーフにした詩を数多く発表したことから、「蛙の詩人」として広く親しまれている。カタカナや擬音を巧みに用いた独特の生命力あふれる作風が特徴。また、詩誌『歴程』を創刊したほか、宮沢賢治の才能をいち早く見出し、その作品を世に広く紹介した功績でも知られる。1987年に文化勲章を受章。
〖3〗恩田陸のことば

昨日から歩いてきた道の大部分も、これから二度と歩くことのない道、歩くことのないところなのだ。そんなふうにして、これからどれだけ「一生に一度」を繰り返していくのだろう。いったいどれだけ、二度と会うことのない人に会うのだろう。

恩田陸(1964‐ 宮城県・小説家)
1992年に『六番目の小夜子』でデビュー。ミステリー、ファンタジー、ホラー、SFなど多岐にわたるジャンルを手がける。緻密な伏線と叙情的な情景描写による独特の世界観が特徴。2005年『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞と本屋大賞、2017年『蜜蜂と遠雷』で直木賞と2本目の本屋大賞をダブル受賞した。
〖4〗梶井基次郎のことば

※居堪らず→いたたまらず
変にくすぐったい気持が街の上の私を微笑ませた。丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪な悪漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう。
私はこの想像を熱心に追求した。「そうしたらあの気詰まりな丸善も粉葉みじんだろう」
そして私は活動写真の看板画が奇体な趣きで街を彩っている京極を下って行った。

梶井基次郎 (1901-1932 大阪・小説家)
早くから頽廃的な生活を送り肺結核に罹患したが、作家の中谷孝雄らと知り合い、文学への道を志した。その中谷らと雑誌『青空』を創刊し,同誌に『檸檬』『城のある町にて』(1925)など後に梶井の代表作とされる作品を発表したが、文壇からは注目されなかった。26年から伊豆の湯ヶ島温泉に転地療養し、その間に『冬の日』(1927)や『冬の蠅』(1928)など、生と死の極点を凝視した作品を書いた。その後病状が悪化し、『交尾』(1931)、『のんきな患者』(1932)を発表したのちに他界した。
ボードレールの『パリの憂鬱』を最愛の書としていた。

〖5〗川端康成のことば

※零れ→こぼれ
船室の洋燈が消えてしまった。船に積んだ生魚と潮の匂いが強くなった。真暗ななかで少年の体温に温まりながら、私は涙を出任せにしていた。頭が澄んだ水になってしまっていて、それがぽろぽろ零れ、その後には何も残らないような甘い快さだった。

川端康成(1899-1972 大阪・小説家)
幼くして孤児となり、叔父のもとで育った。大学在学時の1921年にデビュー、菊池寛の知遇を得て「文藝春秋」同人となった。卒業後、横光利一ら当時の新進作家たちとともに「文芸時代」を創刊し,新感覚派の運動を始めた。初期の代表作は「伊豆の踊子」(1926)。第二次世界大戦後の作品では、精緻な詩的表現によって東洋的人工美の世界を築いた。1968年ノーベル文学賞受賞。1972年に自殺した。他にも「禽獣」(1933)、「雪国」(1948)など多くの名作を残した。

〖6〗村上春樹のことば

世界にこれほど広い空間があるのに、君を受けいれてくれるだけの空間は…それはほんのささやかな空間でいいのだけれど…どこにも見あたらない。
~『海辺のカフカ』(2002)

村上春樹(1949ー 京都府・作家、翻訳家)
「風の歌を聴け」(1979)でデビュー。代表作に「中国行きのスロウボート」(1983 )、「ノルウェイの森」(1987)、「海辺のカフカ」(2002)、「アンダーグラウンド」(1997)、「1Q84」(2009‐2010)など。また、「グレート・ギャツビー」(フィッツジェラルド)、「ティファニーで朝食を」(カポーティ)、「心は孤独な狩人」(マッカラーズ)などの翻訳を手がけている。世界的に評価が高く、約50カ国で翻訳出版されている。

〖7〗ポール・サイモンのうた『アメリカ』
映画には「ロード・ムービー」というジャンルがあります。
また、アメリカの広大な大地を旅する作品は、音楽の世界にも多くあります。
サイモン&ガーファンクルの『アメリカ』もそのひとつです。
この曲で歌われているのは、若いカップルがバスやヒッチハイクで大陸を行く情景です。
窓の外の景色とともに、旅の途中で揺れ動く心の機微が、静かに描かれています。
"Kathy, I'm lost,"
I said, though I knew she was sleeping
I'm empty and aching and I don't know why
Counting the cars on the New Jersey Turnpike
They've all come to look for America
隣で眠る彼女に僕はつぶやいた
「ねえ キャシー、 道に迷ったみたいなんだ」
わけなどわからない
痛いほど空っぽなんだ
ニュージャージーの高速道路を
たくさんの車が過ぎて行く
みんな、アメリカを探しにやってきたんだ

ポール・サイモン(1941‐ アメリカ、音楽家)
アート・ガーファンクルと結成した「サイモン&ガーファンクル」として、1966年に『サウンド・オブ・サイレンス』が全米1位を獲得。『明日に架ける橋』(1970)など数々の名曲を生み出した。ソロ転向後も活躍、グラミー賞を13回受賞した。
〖8〗寺山修司のことば

《寺山修司の短歌》
海を知らぬ少女の前に
麦藁帽のわれは両手をひろげていたり
地球儀の陽のあたらざる裏がはに
われ在り一人青ざめながら
ふるさとの訛りなくせし友といて
モカ珈琲はかくまでにがし
飛べぬゆえいつも両手をひろげ眠る
自動車修理工の少年
酔えばわれラスコーリニコフ電柱に
頭おしつけひとり笑えり
きみのいる刑務所の塀に自転車を
横向きにしてすこし憩えり

寺山修司(1935‐1983 青森・歌人、詩人、劇作家、演出家、映画監督)
俳句を中心として文学活動を始め、短歌に転じて1950年代後半には前衛短歌の代表的歌人となった。1960年頃より演劇に進み、1967年には横尾忠則らと劇団「天井桟敷」を結成し、市街劇など多彩な実験演劇を展開した。代表作は、放送劇「山姥」(1964)、戯曲「毛皮のマリー」(1967)、叙事詩「地獄篇」(1974)、映画「田園に死す」(1974)など。
〖9〗ヴィクトル・ユーゴーのことば

海よりも広いものがある。それは空だ。
空よりも広いものがある。それは人の心だ。
~『レ・ミゼラブル』(1862)
There is a spectacle grander than the sea, that is the sky;
there is a spectacle grander than the sky, that is the interior of the soul.

ヴィクトル・ユーゴー(1802- 1885 フランス・詩人、小説家、政治家)
ロマン派大河小説「レ・ミゼラブル」(1862)の著者として知られる。七月王政時代からフランス第二共和政時代にかけては政治家としても活躍した。他に「ノートルダム・ド・パリ」(1831)など。
〖10〗ジャック・ケルアックのことば

everything ahead of me,
as is ever so
on the road.
『オン・ザ・ロード』(1957)
自分にとってかけがえないのは
狂った連中だった
彼らは狂ったように生きて
狂ったように語り
狂ったように救済を求め
全てをどん欲に要求する
あくびなど絶対にせず
凡俗な事など、ひと言も言わず
彼らは燃えて燃えて燃え尽きて、消えてゆく
黄色い花火が散るように
星たちを渡り行く蜘蛛みたいに
The only people for me are the mad ones, the ones who are mad to live, mad to talk, mad to be saved, desirous of everything at the same time, the ones who never yawn or say a commonplace thing, but burn, burn, burn like fabulous yellow roman candles exploding like spiders across the stars.

ジャック・ケルアック(1922-1969 アメリカ・小説家)
1950年~60年代、管理社会・物質世界からの自由を叫んだ「ビートジェネレーション」を代表する小説家。自らの放浪体験をもとにした長編「オン・ザロード」(1957)が多くの読者を獲得し、ボブ・ディランをはじめとする多くのミュージシャンや文化人にも影響を与えた。他に「禅ヒッピー」(1958)等。

〖11〗穂村弘のことば

真夜中の大観覧車にめざめれば
いましも月にせまる頂点
~『シンジケート』(1990)

穂村弘(1962‐ 北海道・歌人、詩人、批評家、翻訳家)
1990年、『シンジケート』で角川短歌賞の次点となり、デビューした(俵万智『サラダ記念日』が同年の受賞)。以降、現代短歌を代表する歌人として評論、エッセイ、絵本など幅広く活躍。『短歌の友人』(2007)で第19回伊藤整文学賞、連作「楽しい一日」で第44回短歌研究賞、『鳥肌が』(2007)で第33回講談社エッセイ賞、『水中翼船炎上中』(2018)で第23回若山牧水賞を受賞。歌集に『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』(2001)『ラインマーカーズ』(2003)など。
〖12〗江國香織のことば

「これ、好きだなぁ」
少年がそう言ったのは、くすんだ緑色の、象と木ばかりをモチーフにした細密画だった。
「古代インドはいつも初夏だったような気がする」
「ロマンチックなのね」
私が言うと、少年はてれたように笑った。

江國香織(1962- 東京・作家、翻訳家、詩人)
童話作家として執筆を始めた後、みずみずしい作風の恋愛小説等で若い女性を中心とした支持を得た。「こうばしい日々」(1990)で産経児童出版文化賞、「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」(2002)で山本周五郎賞、2004年には「号泣する準備はできていた」で直木賞を受賞した。
〖13〗ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテのことば

When the waltz commenced, and the dancers whirled around each other in the giddy maze...
ウェルテルが初めてシャ―ロッテに出会い、舞踏会で踊る場面です。
歓喜にあふれたそのひと時は、後に訪れる悲劇の始まりでもありました。

ルネサンスを経た17〜18世紀のヨーロッパは、科学の発展などを背景に「啓蒙主義」の時代を迎えました。
これは、迷信や既存の権威を妄信することなく、人間共通の普遍的な「理性」を重んじようという考え方です。
この思想は、やがてフランス革命に影響を与えたとされます。
やがて啓蒙主義に異議をとなえ、理性に対する感情の優越を主張する「シュトラム・ウント・ドランク」(疾風怒濤)という革新的な文学運動が、18世紀後半のドイツで起こりました。
その代表作がゲーテの「若きウェルテルの悩み」でした。
激しい感情を露わにする主人公のウェルテルは、こう語ります。
「僕が知ることは、誰でも知り得るのだ。しかし、僕の心は僕だけのものなのだ」
ここに、啓蒙主義(理性・秩序)とそれに対する反発(感情・個性)が短いことばで表されています。
そんな中で激しい恋に落ちたウェルテルは、短い命を焼き尽くしたのでした。

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749- 1832 ドイツ・詩人、哲学者、小説家)
「若きウェルテルの悩み」(1774)で知られる。感情の自由を強調した文学運動「シュトゥルム・ウント・ドラング」の代表的な文学者であった。その後、シラーとともにドイツ文学の古典主義時代を築いた。
〖14〗ジャック・プレヴェールのことば

夜のなかで灯す
三本のマッチ
一本目はきみの顔を見るため
二本目はきみと見つめ合うため
最後の一本はきみの口元を見るため
そして真っ暗な闇はそれらをみんな思い返すため
きみを腕に抱きしめながら。
~『夜のパリ』(1945)

ジャック・プレヴェール(1900-1977 フランス・詩人、脚本家)
シュルレアリスム運動に参加したが脱退し、1930年ころから雑誌に詩文を発表するかたわら、映画のシナリオを手がけた。処女詩集「ことば」(1946)は、読みやすい日常的言語に込められた風刺と素朴な叙情性によって広く愛され、空前の売れ行きを示した。映画作家としては「霧の波止場」(1938)や「天井桟敷の人々」(1944)などを手がけた。詩集に「言葉」(1946)、「見世物」(1951)他。有名な「枯葉」などのシャンソンの作詞者としても知られる。
〖15〗メアリー・スチュアートのことば

I would want to be a teardrop,
because I would be born in your eyes,
live on your cheeks,
and die on your lips.
『収集(Collect for Club Women / Mary Stewart's Prayer)(1904)

メアリー・スチュアート(1542~1587 スコットランドの女王)
在位1542~1567。ジェームズ5世の子。父王の死により生後1週間で即位。6歳でフランス皇太子と婚約してフランスに渡り、以後その宮廷で教育を受け、美貌で魅力に富む女性に成長した。58年皇太子と結婚。夫の死後帰国し、以後親政を行った。諸侯と改革派教会の反抗にあい、子のジェームズ6世(後のイギリス王ジェームズ1世)に譲位。イングランドのエリザベス1世に保護を求めたが、19年間監禁され、女王殺害を企てたとして処刑された。
〖16〗木下龍也のことば

《木下龍也の短歌》
つむじ風、ここにあります 菓子パンの
袋がそっと教えてくれる
詩の神に所在を問えばねむそうに
答えるAll around you
どうしたのその顔バラの花束で
私が許すとでも思った?
昔より優しくなった死にたさに
「どうしたんだ?」と問いかける夜
神様にケンカ売ったらぼこぼこに
されちまったぜまじありがとう
あなたから答えをもらうその日まで
ドラムロールは鳴り止みません
幽霊になりたてだからドアや壁
すり抜けるときおめめ閉じちゃう
あの虹を無視したら撃て
あの虹に立ち止まったら撃つなゴジラを
花束を抱えて乗ってきた人のために
みんなでつくる空間

木下龍也(1988‐ 山口県、歌人)
2013年、第1歌集『つむじ風、ここにあります』を刊行。SNSを中心に若者から爆発的な支持を得る。日常のふとした瞬間、孤独を平易な言葉でり取る作風が特徴。
〖17〗俵万智のことば

肩並べ新宿駅に向かう時もう少し続け信号の赤
金曜の六時に君に会うために 始まっている月曜の朝
年末の銀座を行けばもとはみな赤ちゃんだった人たちの群れ

俵万智(1962ー 大阪・歌人)
1986年に作品「八月の朝」50首で角川短歌賞を受賞し、歌壇の話題をさらった。第一歌集「サラダ記念日」(1987)で現代歌人協会賞を受賞。口語短歌の斬新な手法が「ライトバース」(なるべく平易な言葉で豊かに情調を表現しようとする短歌)と称された。この歌集が空前の大ベストセラーとなり、国民的歌人となった。他に「チョコレート革命」(1997)、「愛する源氏物語」(2004)、「プーさんの鼻」(2007)など。
〖18〗ジョニ・ミッチェルのことば

ジョニ・ミッチェル『サークル・ゲーム』と映画「いちご白書」
カナダの音楽家ジョニ・ミッチェルが書いた「サークル・ゲーム」という曲は、1960年代の学生闘争を描いた映画「いちご白書」The Strawberry Statement(1970)の主題歌として使われています。
「いちご白書」という題名は、コロンビア大学の学部長ハーバート・ディーンの発言に由来します。
学部長は、大学の運営についての学生の意見を、「学生たちが苺の味が好きだと言うのと同じくらい重要さを持たない」と切り捨てました。
「イチゴの味しかわからん学生が、大人の世界に口出しするな」という皮肉をこめていたのでした。
こちらが映画のハイライト・シーンと、曲のカバー・バージョン(バフィー・セントメリー)です。

ジョニ・ミッチェル(1943-~カナダ・音楽家)
母国カナダからニューヨークに出て、「サークル・ゲーム」(1967)や「Both Sides Now(青春の光と影)」(1968)、「ウッドストック」(1970)などでシンガーソングライターとしての地位を確立した。メッセージ色の強い歌詞と透明感あるヴォーカルで根強い人気を持つ。

〖19〗伊坂幸太郎のことば

「人間は後悔をする動物だが、改心はしない。繰り返すんだよ、馬鹿なことを。『歴史は繰り返す』というのは、それの言いわけだ」
~『陽気なギャングが地球を回す』(2003)

伊坂幸太郎(1975ー 千葉県・小説家)
『オーデュボンの祈り』(2000)で新潮ミステリー倶楽部賞を受賞しデビュー。2004年『アヒルと鴨のコインロッカー』で吉川英治文学新人賞、2008年『ゴールデンスランバー』で本屋大賞と山本周五郎賞を受賞。緻密なプロットと個性的なキャラクターたちによる軽妙な会話が特徴。
「あなた、一度でも、何かに立ち向かったことってある?」
映画『フィッシュ・ストーリー』(2009) 原作:伊坂幸太郎(2005)
〖20〗J.D.サリンジャーのことば

If you want to stay alive, you have to say that stuff, though.
『ライ麦畑でつかまえて』The Catcher in the Rye(1951)第十二章
「とにかくね、僕にはね、広いライ麦の畑やなんかがあってさ、そこで小さな子供たちが、みんなでなんかのゲームをしてるとこが目に見えるんだよ。何千っていう子供たちがいるんだ。そしてあたりには誰もいない――誰もって大人はだよ――僕のほかにはね。で、僕があぶない崖のふちに立っているんだ。僕のやる仕事はね、誰でも崖から転がり落ちそうになったら、その子をつかまえてやることなんだ。(中略)一日じゅう、それだけやればいいんだな。ライ麦畑のつかまえ役(The Catcher in the Rye)、そういうものに僕はなりたいんだよ。馬鹿げていることは知ってるよ。でも、ほんとになりたいものといったら、それしかないね。馬鹿げていることは知ってるけどさ」

J.D.サリンジャー(1919-2010 アメリカ・小説家)
「ライ麦畑でつかまえて」The Catcher in the Rye(1951)で一躍文壇の寵児となった。
主人公は、高校をドロップアウトした少年ホールデン・コールフィールド。ニューヨークの街を彷徨う彼の、大人社会の「インチキ」~建前や虚飾に向けられた痛切な独白は、特に若い世代の心を強くとらえた。
他には「フラニーとゾーイ」(1961)等を中心とした「グラース家年代記」の連作を執筆。神秘主義に傾倒した隠遁生活の中で作品をいくつか発表したが、1965年を最後として、早くに筆を置いた。

〖21〗バーナード・ショーのことば

『人と超人』(1903)
好きなものを手に入れることが肝心だ。
でなければ、今手にあるものを無理に好きになるはめになる。
Take care to get what you like
or you will be forced to like what you get.

バーナード・ショー(1856- 1950 アイルランド・文学者、政治家)
ヴィクトリア朝時代から近代にかけて活躍、53本もの戯曲を残し、「他に類を見ない風刺に満ち、理想性と人間性を描いた作品を送り出した」として1925年にノーベル文学賞を受賞した。代表作「ピグマリオン」(1912)は、オードリー・ヘップバーン主演の映画「マイ・フェア・レディ」(1964)の原作として知られている。
〖22〗村上春樹のことば

僕たちは一年ごと、一月ごと、一日ごとに齢を取っていく。時々僕は自分が一時間ごとに齢を取っていくような気さえする。そして恐ろしいことに、それは事実なのだ。~『風の歌を聴け』(1979)

村上春樹(1949ー 京都府・作家、翻訳家)
「風の歌を聴け」(1979)でデビュー。代表作に「中国行きのスロウボート」(1983 )、「ノルウェイの森」(1987)、「海辺のカフカ」(2002)、「アンダーグラウンド」(1997)、「1Q84」(2009‐2010)など。また、「グレート・ギャツビー」(フィッツジェラルド)、「ティファニーで朝食を」(カポーティ)、「心は孤独な狩人」(マッカラーズ)などの翻訳を手がけている。世界的に評価が高く、約50カ国で翻訳出版されている。
〖23〗 ジョン・アーヴィングのことば


ジョン・アーヴィング(1942~ アメリカ・小説家)
現代アメリカ文学を代表する作家。
1965年より大学の創作科でカート・ヴォネガットに師事、フィクションの可能性を継承し拡大させた。1968年に「熊を放つ」でデビュー。その後、「ガープの世界」(1978)が世界的ベストセラーになった。
映画化された「サイダーハウス・ルール」(1985)では自ら脚本を手がけ、アカデミー賞最優秀脚色賞を受賞。その他「ホテル・ニューハンプシャー」(1981)「オウエンのために祈りを」(1989)などの傑作を書き続けていいる。
ユーモアにあふれた彼の長編群には、不条理とエゴイズム、残酷に満ちた世界を受け入れたうえで、それを乗り越えて生き抜くための、心優しく真摯なメッセージがこめられている。
「僕は、誰かにとって必要とされる人間になりたい・・・」
孤児院で生まれ育ち、そこで働く主人公ホーマーは、初めて外の世界へ旅立ちます。
初めて見る海、初めての恋、そして彼がたどり着いたところとは・・・
~ジョン・アーヴィング原作・脚本「サイダーハウス・ルール」より

〖24〗中上健次のことば

※アルベルト・アイラー→(1936ー1970) アメリカのジャズ・サックス奏者。
ジャズが、鋭いナイフのように夜を切り裂いていた。
~『灰色のコカ・コーラ』(1975)
路地は、ぼくの肉体の一部だった。路地が消えることは、ぼくの指が一本、また一本と切り落とされるのと同じことだった。
~『路地』(1976)

中上健次(1946ー1992 和歌山・小説家)
戦後生まれで初めて芥川賞を受賞した『岬』(1976)をはじめ、ウィリアム・フォークナーに影響を受けた濃密な文体による、血脈や差別、人間の業を荒々しくも奔放に描写した作品で高く評価された。
他にも『十九歳の地図』(1974)『枯木灘』(1977)『千年の愉楽』(1982)など数々の名作を残し、純文学の旗手として昭和から平成の文壇を牽引、46歳で他界するまで、独自の物語世界を追求し続けた。
〖25〗村上龍のことば

楽しんで生きないのは罪なことだ。
わたしは、高校時代にわたしを傷つけた教師たちのことを今でも忘れてはいない。
数少ない例外の教師を除いて、彼らは本当に大切なものを奪おうとした。
彼らは人間を家畜に変える仕事を飽きずに続ける「退屈」の象徴だった。
いつの時代にあっても、教師や刑事という権力の手先は手強いものだ。
彼らをただ殴っても結局はこちらが損をすることになる。
唯一の復しゅうの方法は、彼らよりも楽しく生きることだと思う。
楽しく生きるためにはエネルギーがいる。
戦いである。
わたしは今もその戦いを続けている。
退屈な連中に自分の笑い声を聞かせてやるための戦いは死ぬまで終わることがないだろう。

村上龍(1952‐ 長崎県・小説家)
米軍基地の町で性とドラッグに溺れる若者を描いた『限りなく透明に近いブルー』(1976)で群像新人文学賞と芥川賞を受賞。日本の既成文学を破壊する鮮烈なデビューを果たした。その後も『コインロッカー・ベイビーズ』(1980)『愛と幻想のファシズム』(1987)など、制度への反逆、現代人の孤立を圧倒的熱量で描き続けている。
〖26〗ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテのことば

空はどこに行っても青いということを知るために世界をまわって見る必要はない。~『格言と省察』(1820)
You don't have to travel around the world to understand that the sky is blue everywhere.

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749- 1832 ドイツ・詩人、哲学者、小説家)
「若きウェルテルの悩み」(1774)で知られる。感情の自由を強調した文学運動「シュトゥルム・ウント・ドラング」の代表的な文学者であった。その後、シラーとともにドイツ文学の古典主義時代を築いた。
〖27〗バーナード・ショーのことば

年をとったから遊ばなくなるのではない。遊ばなくなるから年をとるのだ。~『メトセラに還れ』(1921)
We don't stop playing because we grow old; we grow old because we stop playing.

バーナード・ショー(1856- 1950 アイルランド・文学者、政治家)
ヴィクトリア朝時代から近代にかけて活躍、53本もの戯曲を残し、「他に類を見ない風刺に満ち、理想性と人間性を描いた作品を送り出した」として1925年にノーベル文学賞を受賞した。代表作「ピグマリオン」(1912)は、オードリー・ヘップバーン主演の映画「マイ・フェア・レディ」(1964)の原作として知られている。
〖28〗伊坂幸太郎のことば

「目の前の人間を救えない人が、もっとでかいことで助けられるわけないじゃないですか。歴史なんて糞食らえですよ。目の前の危機を救えばいいじゃないですか。今、目の前で泣いている人を救えない人間がね、明日、世界を救えるわけがないんですよ」

伊坂幸太郎(1975ー 千葉県・小説家)
『オーデュボンの祈り』で新潮ミステリー倶楽部賞を受賞しデビュー。2004年『アヒルと鴨のコインロッカー』で吉川英治文学新人賞、2008年『ゴールデンスランバー』で本屋大賞と山本周五郎賞を受賞。緻密なプロットと個性的なキャラクターたちによる軽妙な会話が特徴。
「神様を閉じ込めてさ、なかったことにしよ?」
~映画『アヒルと鴨のコインロッカー』(2007) 原作 伊坂幸太郎(2004)

〖29〗ヘルマン・ヘッセのことば

・・・what you need is in you.
You have the sun, the stars, the moon.
The light you are seeking dwells within you.

ヘルマン・ヘッセ(1877‐1962 ドイツ・小説家、詩人)
様々な職に就きながら著述活動を行い、穏やかな人間の生き方を描いた作品を数多く残した。代表作は「車輪の下」(1906)「デミアン」(1919)「シッダールタ」(1922)「荒野のおおかみ」(1927)など。1946年にノーベル文学賞を受賞。
〖30〗フランツ・カフカのことば

Youth is happy because it has the capacity to see beauty. Anyone who keeps the ability to see beauty never grows old.

フランツ・カフカ(1883‐1924 チェコスロバキア・作家)
法律を学んだのち保険局に勤めながら作品を執筆した。代表作は「変身」(1912)「審判」(1914)「城」(1922)など。出口のない悪夢を思わせる、不安と孤独に満ちた独特の作風で知られる。
〖31〗セーレン・キルケゴールのことば


セーレン・キルケゴール(1813-1855 デンマーク・哲学者)
代表作「死に至る病」(1849)で知られる実存主義の創始者。神への信仰によって個人が自分らしく生きることで、自己を見失い絶望に陥った存在を飛躍させることを提唱した。

誰かを好きになった記憶というのは
長い歳月にわたって
人の心をじわじわと温めてくれます。
村上春樹
~『そうだ、村上さんに聞いてみよう』(1998)

Planet Earth
