SLAM DUNKが中学校の部活動に与えた影響

コロナ禍以降、運動部に在籍する生徒の割合が減っています。
中学の男子生徒だと70%を切っており、1980年代前半と同じ水準です。
部活に入らない生徒、外部のチームに入る生徒も増えており、今や運動部絶対主義は薄れています。

運動部が1番盛んだった時期は、中学が90年代中盤、高校では00年代前半です。

出典:中澤篤史 運動部活動の戦後と現在 青弓社 2014年

中学の男子に至っては加入率が83%です。その後、割合は微減して、00年代後半には80%を切り、現在は70%を切っています。

なぜ90年代中盤が運動部のピークとなったのか?
その鍵は、漫画「SLAM DUNK」にあります。
この漫画のおかげで、バスケ部の部員数が一時的に増えたからです。

「SLAM DUNK」は少年ジャンプに1990年~1996年まで連載されて、90年代の日本にバスケブームをもたらしました。
それまでバスケはマイナースポーツでしたが、漫画やファッションと結びつけられて、一気に人気になりました。

この頃、中学生のバスケ人口が増えていきます。公益財団法人日本バスケットボール協会の資料によると、1987年には190,529人(男子のみ)だったのが、連載中の93年には233,524人、ピークの96年には299,687人まで増えます。
この当時は男子中学生の人数は、約230万人でしたから、8人に1人はバスケ部員だったのです。

90年代に入り、中学生の人口が減り続ける中、ピークを迎えるほど人気が加熱していました。
そして、ブームはあっという間に去って、99年には229,729人まで減って、2024年には107,598人です。
ちなみに、高校バスケも同じ状況で、
部員数(男子)のピークは95年で113,504人、98年には98,836人まで減り、10万人を超えた時期は93年~97年の5年間だけです。参考までに2024年は80,609人です。
ということは、90年代中盤に中学校のバスケ部へ入部した男子の7割程は、高校でバスケを続けなかったのです。

リアルタイムで「SLAM DUNK」を見て、漫画やアニメのようなプレーに憧れてバスケ部に入ったものの、現実とのギャップを感じて、中学で競技人生を終わらせた。
いわば、やる気や意思に乏しい部員が多かったのでしょう。
幽霊部員も多かったのかもしれません。
バスケは5人(補欠含めて10人)しか試合に出られませんからね。

結果として、運動部加入率という形式的な数字をピークへ引き上げただけで終わりました。
90年代中盤が量・質ともに、運動部のピークだったとは言えないでしょう。



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