忙しかった朝の記憶が、静かに意味を変えた日
朝のあの時間は、いつも慌ただしかった。
保育園に2人を預けて、フルタイムで働いていた頃。
子供番組の音だけが、唯一少しだけ呼吸できる時間だった気がする。
朝ごはんを作りながら、片付けをしながら、連絡ノートを書きながら。
自分の朝ごはんは、
気づけばキッチンで、何かをつまみながら済ませていた。
ちゃんと座って食べる余裕なんてなかった。
ただ、時間を回しているだけのような朝だった。
その横で、夫は自分のペースでコーヒーを淹れていた。
ニュースを読みながら、まだ朝の中にいるような静けさだった。
同じ空間にいるのに、流れている時間だけが違っていた。
私はずっと動いているのに、あの人は止まっているように見えた。
その差に、言葉にならない違和感だけが積もっていった。
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ある朝、その違いがはっきりとした怒りになった。
私は朝からずっと時間に追われていた。
子どもの支度、朝ごはん、片付け、自分の準備。どれも途中のまま重なっていく。
その横で、夫は変わらず自分の時間の中にいた。
同じ部屋にいるのに、別々の世界にいるみたいだった。
そのとき、リビングに置かれている夫のレコードコレクションが目に入った。
それを全部、玄関から放り投げてしまいたいと思った。
実際にそうするわけではない。
ただ、それくらいの強さでしか処理できない感情が、自分の中に溜まっていた。
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今思えば、私はあの頃、全部自分がやるものだと思い込んでいた。
初めての育児で、必要以上に神経質になっていたのかもしれない。
段取りも、準備も、気持ちの余白も、どこかで自分一人で抱え込んでいた。
夫は夫で、私の神経質な雰囲気を察してか、
そこに自然に入っていく形が最初からうまく作られていなかったのだと思う。
気づけば、それぞれのやり方のまま時間だけが積み重なっていた。
あの頃ありがたかった子供番組の内容は、ほとんど覚えていない。
それでも、あの音だけは確かに支えになっていた。
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今、子どもたちは小学生になった。
不思議なことに、あの頃見ていたその番組に、また夢中になっている。
私はその横で、久しぶりに一緒に笑っている。
内容にツッコミを入れたりしながら、ちゃんと隣で楽しめる余裕がある。
あの頃と同じ番組なのに、見えているものはまったく違う。
同じ風景が、時間によって意味を変える。
今は、そのことを静かに見つめている。
