詩 消失と覚醒
久し振りに森羅万象の世界に触れた。新鮮だった。
ずっと無機質な都会のビルを眺めていると、次第に気持ちも重苦しくなってくるようだ。
都会の中には、あらゆる苦悩が煮詰められているように思え、それを浴びると、自分が自分でなくなっていく感覚がある。
しかし、久し振りに森羅万象に触れて、確かな感覚の動きを取り戻せた気がする。これが自分なのだと思える。
手を握れば、動脈から緩やかに生命の火炎が噴出してきそうだ。
しかしこれもやはり、森という、緑や鳥や魚といった、森羅万象の結晶のようなところにやってきたからなのだ。
森の中で、次第に自分の身体性がなくなっていくように思えた。
身体が消滅するように思えた。
時間の流れはガラスの川の流れのように、透明で不可視なものとなって、だんだん消えていく。
身体は消えていくものの、それでも確かな感覚はある。心の眼は、覚醒している。
もしもこの心眼を彫刻作品にしたら、きっとロダンも息を呑むようなものになるかもしれない。
そんな自信がある。手を握れば、火炎を感じる。
今までの自分は、これらあらゆる感覚を、失ってしまっていたのだ。
都会の中で、彷徨い続け、自分が何なのかを失い、涙さえ流した。
しかし今、この手元には、自分の生命そのものがある。
生命は手に持てないが、生命が確かにそこにあることを感じる。これは確かな喜びだ。
身体性の消失のもとで、この心眼が覚醒した結果として取り戻した自分にとってかけがえのないものだ。
もう失ってはならない。失って涙に咽んでももう遅い。もう自分がどこに行けば良いのか、どこにいればいいのか、もう分かったはずだ。
自然にはきっと、無条件の帰属感がある。そこでは、自分の全てが消え、自分の全てが目覚める感覚を味わえる。
もうこれ以上失ってはならない。その誓いのもとに、この手首をどくどくと流れる火炎の予感を、確かめる必要がある。
