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闇の中に孤独な幼子がいる 最後までそばにいるよ

「休むという漢字は、木の下に人がいる」と習いましたが、本当に木々の中を歩くだけで寛げます。歩きながら、今も闇の中で一人耐えている「その子」と対話します。

寂しいなんて感じたら崩壊するような環境で育ったから、そんな感情はよほど奥深くに押し込めたようで、これまで何も感じなかったのに、皮肉にも回復とともに寂しさを感じるようになりました。正確にいうと、謎の感覚が湧き上がって、「もしや、これが寂しさか⁉️」と気づいた次第です。

こうなると厄介です。新たな葛藤が生まれました。寂しいからといって人間に近づくのは危険です。

私には安定して世話をしてくれる人とのつながりの感覚記憶が存在していないため、親密さを求めつつ恐怖で回避する傾向があります。相手からしてみれば、行動のパターンに予測がつかないので、心底疲れ果ててしまいます。

84~85ページに詳しい説明があります。

心という抽象的な問題ではなく、自律神経系と脳の問題です。然るべきケアを受けないまま努力を続けても、実ることはほぼ不可能です。実際、私の過去の恋愛は不毛なものばかり。思い出すのも嫌で、関連するデータや物を全部処分しました。

消えてしまいたいと何度思ったかわかりません。48歳にしてやっと、自分に起こっていることの意味を知り、自律神経を整えるセラピーに出会って、ほんの少しずつですが回復しているところです。とはいえ、親密な関係のような高度な人間関係のスキルはそうそう身につくものではありません。こんなときはぬいぐるみが安心です。抱っこしてよしよしします。


クライアントが人との距離を急に取ろうとするのは、過去の経験がその人に「これ以上近づけば傷つく」と警告しているからだ、という一節をみました。もろに私のことですね。親密な関係が難しい理由がこの辺りにあります。

時にゾワっとして人を避けようとする衝動が湧いてくるのは、“戦争“がまだ終わっていないしるしです。身体が過去に釘付けにされていて、警告を発しているのです。「ここは戦場だ、油断するな」。

メタセコイヤ

無明の闇を一人でとぼとぼ歩く幼子が見えます。「うん、誰もいないよね。世界中のみんなが見捨てても私はそばにいるから安心してね。」少し距離をおいて見つめながら、そうっと気持ちを送りました。


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養育環境で受けたダメージから回復するためにかけた膨大な時間とお金と労力の記録

脳の火災報知器が“誤作動”しなくなってきた
https://note.com/homoludens3839/n/nf4b02f181c00

身体が安心を感じるとお仕事の依頼がやってきた
https://note.com/homoludens3839/n/n79bcf7b3bc67


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