「トラウマによる解離からの回復」読書中の雑感
ジェニーナ・フィッシャー著「トラウマによる解離からの回復」を入手しました。これまで図書館でちまちま読んでいたのですが、これでじっくり読むことができます。まだ第1章を読み始めたばかりですが、私がどれほど長い旅をしてきたのか分かり、大変感慨深い気持ちです。自分が着実に回復の道を歩んでいることが分かってうれしい。
解説によると、本書は、約30年のキャリアのトラウマエキスパート、ジェニーナ・フィッシャー博士の集大成です。
セラピストが知識を深められるだけでなく、トラウマに苦しむクライアント自身が使えるように書かれています。心的外傷後ストレス障害(PTSD)、トラウマ関連とされるADHD、双極性障害、境界性パーソナリティ、解離性障害、さらに診断を受けていない人も含めてすべてのトラウマサバイバーが使えます。
一見トラウマを克服して地位のある職業に就き、家族にも恵まれて豊かに暮らしているように見えても人知れず苦しんでいる人がいます。そういう人に向けても希望のメッセージが発信されています。
本によると、トラウマの潜在記憶と身体の反応が理解され始めてやっと10年だということです。道理で、適切なケアにつながるのが難しいわけです。SNSではトラウマを抱えた人が医師やセラピストの間違った対応で苦しむ体験談が山ほど見られます。トラウマ(複雑性トラウマや発達性トラウマ)を正しく理解して、ケアする方法を身につけた医師やセラピストはとても少ないのだと思います。
構造的解離理論をさらに発展させた神経生理学的なモデルに基づいて書かれています。専門用語が多く、難解な印象があります。事例が豊富ですが、話が生々しいので、読者によってはフラッシュバックの危険があるかもしれなません。専門家の治療やセラピーを受けつつクライアントが自己理解を深めるために読むのが本当は安全だと思いますが、適切なトラウマケアにつながることが簡単ではないのが困ったところです。
以下の下りには身に覚えがあります。
トラウマ関連の感情や身体記憶がなんの前触れもなく起こると、個人は過去の名残である症状や反応に苦しみます。不安、うつ、恥の感情、低い自尊心、孤独や疎外感、怒りにまつわる問題、衝動性、行動化に悩まされたり、危険への警戒を慢性的に抱えることもあります。または、恐怖の突然侵入や、自己嫌悪、最悪のことをいつも予測すること、無希望・無力感、見捨てられることへの怖れ、感情からの麻痺や遮断、これらもすべて過去からの名残です。(中略)「自分を罰したくて」「自分が大嫌いで」「自分には生きている価値がない」「自分が嫌いで、死ねばいいと思って」と言うだけで、過去のことは語りたがらず、「そんなに悪いことはなかった」などと言うでしょう。
「あれはそういうことだったのか」と膝を打つ気持ちです。当時は振り回されて、何が何だかわかりませんでした。今は侵入的な思考や、感情や身体の反応がかなり減りました。
そういえば私は長らく恥や自己嫌悪が非常に強かったのですが、それにも理由がありました。養育者(親)が危険人物であるような環境では、子どもが自分の強さや力を感じること自体がトラウマ的な出来事を招いてしまうようです。子どもが自信に満ちた態度をとることが親を刺激して危険な目に遭うことがあります。我が家の場合、母は私に手を上げこそしなかったものの、常に過緊張であるせいか声の調子が固く、怒ると凄まじいヒステリーの嵐でした。私が自分の存在を恥だと思い自己嫌悪が強いと、母を刺激しなくて安全だったのかもしれません。幼子にとって親は生死を握る絶対権力者。命あっての物種ですから。
自分の中にいくつものパーツ(別の人格のようなもの)があるという考え方はまだよく理解できないのですが、トラウマを山盛り抱えていた頃の私の在り方をよく説明してくれます。「トラウマを抱えていた」と過去形で書きましたが今もあります。道のりはとても長いのです。
例えば、不公平さに触発されると、「たたかうパーツ」が出てきて、強い憤りを表現するとか、消極的になって「嫌だ」が言えなかったのは、幼い子どもの服従パーツの働きであり、「自分を相手より小さく見せる」ことで、他者を喜ばし、安全を確保してくれていると説明します。それぞれのパーツは危険な環境のもとで、生き延びようと様々なあり方をしてくれてきたのです。ですから、その断片化に意味と尊厳が与えられて当然なのです。パーツは記憶の貯蔵庫というわけではなく、「最悪のなかの最悪」を生き延びてきた手段なのです。
何か気に入らないことを言われたりされたりしたとき、その場で「嫌だ」と感じず、むしろ相手に唯々諾々としたのに、後になって嫌悪感が湧き起こることが多々ありました。「なぜその場で嫌だといえなかったのか?」。嫌だと気づいた時には遅すぎて、もう相手に伝えることができません。さっきはあんなに快諾したのに、後で態度を翻すことなんて無理です。でも確かに言われた時は何も感じなかったのです!感じたのに抑えたのではなく、本当に嫌な気持ちを感じませんでした。
この謎が解けた気がします。おそらく服従パーツが昔と同じ危険を察知して瞬時に働いたのです。遠い昔、まだ私が幼くて親と圧倒的な力の差があった頃に、「嫌だ」を言えなくすることで安全を確保した時のように。母は、私が不平不満を表明する(言葉のみならず表情でも)のをことごとく撥ね付けました。母自身にかなり問題があり、子どもは常にご機嫌でいてほしいと願い、ご機嫌以外の状態は受け止められない状態でした。成人して母に怯える必要がなくなってからも、生き延びた名残が身体に残るのですね。
パーツがちゃんと働いて生き延びることができたから、今ここにこうしていられるのです。それが分かると自分を見る目が変わり始めました。渦中にある時は何が何だかわからず、ひたすら圧倒され、自分が壊れた出来損ないに見えて仕方なかった。実はそれが、生き延びるための身体の精緻な仕組みの現れでした。身体の仕組みは、トラウマが起こった状況が解消して数十年経っても次の脅威やトラウマ関連の引き金に備えているのです。あるセラピストはその仕組みを「昔の彼氏」と呼びましたが、言い得ています。ごめんなさい、男性の方には当てはまりませんが。トラウマ反応は、もう役割を終えた「昔の彼氏」が彼なりに頑張って私を守ろうとしているかのようです。昔の彼氏には然るべき手順を踏んでサヨナラすることができます。でもさっさとおさらばしたいのが正直な気持ちですよね。
私は2020年12月から、自律神経を整えてトラウマに働きかけるセラピーを受けています。4年も受けてかなりの金額(覚えているだけで60万円ほど)を払ったのに、まだ未完了のものがあるようです。道のりが果てしなく見えて嘆きたくなることがあります。それでも、前触れなく襲ってくる不安、落ち込み、死の恐怖、憤り、焦燥感などがだいぶ減りました。身体のなかに安心の感覚が増えて、喜びの精妙な感じを感じることができるようになりました。あわせて仕事の幅も広がりました。
「トラウマによる解離からの回復」その他の良書を通じて、回復の道のりを言語化することができるのはとても嬉しい。未来に希望が少しずつ湧いてきます。読了したらどんな気持ちになるでしょうか。感想の移り変わりが楽しみです。
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