【良い!】実写版『秒速5センチメートル』を観てきた【ネタバレなし】
まず、謝らなければならないと思う。
正直、期待はしていなかった。
これまで幾度となく、原作よりも銭の匂いに忠実な実写化映画で原作ファンとしての心を傷つけられてきたから。
だから、この実写版『秒速ー』も、期待半分、いや期待25%くらいで観に行ったのだ。
ところが、素晴らしかった。
本当に素晴らしかったよ。
原作映画もしくは原作小説のファンだったら、スクリーンで観ておかなければあとで必ず後悔する、とまず言っておく。
実際に観てほしいのでここでネタバレはしないけれど、ここが良かった!というところを胸熱なうちに書き記しておきたい。
実写版『秒速5センチメートル』のここが素晴らしい(ネタバレなし)
まず、原作への愛が素晴らしい
まず、実写映画なのに「この場面見たことある!」と何回もハッとさせられ鳥肌が立った。
原作映画の画角や画面内構成を忠実に再現したカットが何箇所も出てくる。
これだけで、奥山監督が原作映画を全肯定した上で実写化したのだということが伝わってくる。
新海誠監督が本作を見て、いつの間にか「泣きながら観ていた」というのも頷ける。だってこれは新海監督へのラブレターだから。
肝心のストーリーも、原作の骨組みを壊していない。
例えるなら、原作という美しい石を散りばめた庭の石と石の隙間を、新たな美しい石で埋めていくような作り方。
もちろん、実写版で新たに加えられた要素も沢山あるけれども、どれもが原作と地続きの世界として生きている。心配はいらない。
いわゆる重鎮だったり、我の強い監督であれば「これが俺版の『秒速―』だぜ!面白くしてやったぜ!」と、カタストロフィをぶちかまして原作ファンを奈落に突き落とすところだが、奥山監督はとにかく原作を愛し尊重する。そういう想いがどのシーンからも伝わってくる。
おそらくこれは、もともとミュージックビデオやCMを手掛ける映像作家である奥山監督だからこそできたことだ。
楽曲や商品の持つ世界観を正しく解釈しつつ広がりを持って表現することに長けているからこそ、原作の世界観に「寄り添って」実写化できたのだと思う。
キャスティングが素晴らしい
原作に長く触れていると登場人物のイメージが固定化してしまって、後発のキャスティングに違和感を覚えるということは少なくない。
また、著名な俳優だと他作品に出演した時のイメージがいちいち邪魔をしてくるということも多々ある。
だが今回、そういうノイズを僕は一切感じなかった。
映画が始まってすぐ、「あ、遠野貴樹が生きている!」と思った。
篠原明里も、澄田花苗も、花苗の姉も、水野理紗も、皆が画面の中で体温を持って呼吸し、説得力を持って存在していた。
実写版で新たに加えられた他の登場人物も然り。
何が言いたいかというと、とにかく全員ハマり役だった、ということである。
この物語の特性上、幼少期、少年期、青年期でそれぞれ別々の俳優が演じなければならないのだが、遠野貴樹は子供から大人までずっと遠野貴樹であり、篠原明里もずっと篠原明里だった。
子役から大人に至るまでのシームレス感が半端ない。
よくこんな俳優たちを見つけたな、と思った。
今回は「この俳優が特に良かった!」という感想はない。
なぜなら、全員がとても良かったから。
主演の松村北斗については、『すずめの戸締まり』を観に行く前、「なんだよアイドルあがりに声優なんかできんのかよ」なんて見くびっていたら、予想の斜め上を行く名演をぶつけられて平身低頭した覚えがあるが、今回はさらにやられた感がある。
俳優としての筋が抜群に良い人なんだなあ。
どこからどう見てもあなたは遠野貴樹だったよ。
演技の温度が心地いい
いい意味で、芝居芝居していない。
普通の人が、普通の人生を生きている感じ。
これがとても心地よかった。
いかにもセリフ喋ってます、という演技を排除して、日常会話の温度を忠実にシミュレートしている。
例えるなら、ファミレスに入ったりするとよく隣のボックスから他愛もない会話が聞こえてきたりする。ふとその会話に耳をそばだてると、その切れ切れで素っ気ない言葉の上に人生の重みが乗っかっているのが分かってハッとするような、あの感じに近い。
映画一本まるまる俳優陣がそういう温度の芝居を心がけているので、むしろドキュメンタリーっぽい説得力すら感じるのだ。
もし一つでも歌舞伎の大見得を切るような芝居があったら全てぶち壊しだったが、全編を通してそういう芝居が徹底されていて、奥山監督の名采配ぶりを称えたい。
「画作り」へのこだわりが素晴らしい
奥山監督の「画作り」へのこだわりも素晴らしかった。
新海誠監督はとにかく「光」に対して尋常ではないこだわりを持っていて、それが新海映像世界の屋台骨となっているのだけれど、奥山監督もそれを踏襲していてとにかく光の描き方が美しい。
映像表現すらも、新海監督への敬意に満ちていて涙が出た。
技術的な話をすると、拡散系のフィルター(ブラックミストとかホワイトミストとか)を全てのカット(!)で使っており、目に映る全てのものが柔らかく儚い風合いを宿す。
さらにデジタル撮影したものを最終的に16ミリフィルムへ焼き付ける「フィルムコーディング」という手法が使われていて、デジタルだけどデジタルじゃない、フィルムだけどフィルムじゃない、という独特の映像表現になっている。
これがまた『秒速―』の世界観と親和性が高くて、観ていて心地良いのだ。
いや、『秒速―』だけではなくて、おそらく新海作品との親和性がすこぶる良い。
この調子で『言の葉の庭』もやって欲しい。
撮影への執念がすごい
その季節でしか撮れないものを最高の状態で撮っている。
満開の桜。条件のいい日はおそらく1日2日しかないはず。光の状態を考慮すれば、多分数時間。
東京の雪なんて、奇跡を待つようなものだろう。
雪原を行く列車、夕焼けの水平線、湧き上がる雲、挙げればきりがない。
美しい光景が、美しいままスクリーンの上に載っている。
そういう被写体を最高の状態で、さらに俳優の演技入りで撮ることがどれだけ凄まじいことか、僕も写真を撮る人なので痛いほど分かる。
やる気を超えた「執念」がなければ撮り得ないシーンが連続していて震えた。
全ての『秒速―』ファンにおすすめしたい
ネタバレ無し縛りなので語れることは限られているが、とにかく良い。
全ての『秒速―』ファンにおすすめしたい。
僕はエンドロールを見ながら、近日中のおかわり鑑賞を決めた。
この映画は初見でも十分美味しいが、さらに原作のファンであればもっと美味しいという作りになっている。
実写化にあたって、原作にあった描写が割愛された部分もあるし、あえて語られなかったセリフもあるのだが、原作に触れていればシーンとシーンの間で彼らに何があったのか分かって物語の解像度が増す。
原作と解釈も共通なので、原作をハッピーエンドに解釈できていればさらに胸が熱くなること請け合いである。
原作の考察についてはこちら ↓(※含ネタバレなので未見者注意)
最後に、レイトショーでの鑑賞だったが、エンドロールが終わって場内の明かりが点くまで、誰も席を立たなかったということを申し添えておきたい。
(了)
