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祖母の30年分の日記を、こっそり読んでしまった。



祖母には、毎日ではないけれど、
何か心に残る出来事があったときだけ書く日記帳があります。


その存在を知ったのは2年前。
祖母と一緒に暮らし始めて1年ほど経った頃でした。

祖母の部屋を掃除していると、押し入れの奥から透明な収納ケースが出てきました。

中には、同じ大きさの日記帳がきれいに並んでいて、
数えてみると、おそらく30冊ほどありました。

1冊、約1年分。
一人の人が書いたこんなにたくさんの日記帳を見たのは初めてで、思わず息をのみました。

パラパラと捲ると、中はびっしりと文字が書かれていて、祖母が30年もの間、自分の"誰にも言えない気持ち"を書き続けてきた証がありました。


"読んではいけない"

プライバシーだということも十分、分かっていました。
それでも私は、どうしても気になってしまったのです。


祖母は昔からとても穏やかな人で、
親戚が集まる場でも自分から話すことはあまり無く、誰かが話しているのを静かに頷きながら聞いている、
そんな人でした。

怒ったところもほとんど見たことがありません。

だからこそ、
祖母が本当は何を考えているのか
私はずっと分からずにいました。

そんな祖母の本音が、この30冊の日記帳の中にはあるような気がしたのです。

私は罪悪感を抱えながら、一冊をそっと開きました。
ページをめくるたびに、今まで知らなかった祖母の姿が、そこにはありました。


祖父がまだ生きていた頃。

祖父は認知症が進み、祖母は高齢になっても一人で介護を続けていました。

いわゆる「老老介護」です。

その頃のページには、こんな言葉が残されていました。

じいちゃんと二人きり。私までおかしくなりそう。
「誰にも頼れない。先の見えないこの生活はいつまで続くのか。

殴り書きのようなその日記を見た瞬間、
胸が締め付けられました。

祖母はいつも笑っている人です。
弱音なんて一度も聞いたことがありません。
だから私は、きっと大丈夫なんだと思い込んでいました。

でも、本当は違いました。

祖母は誰にも言えない苦しさを、ずっと一人で抱え込んでいたんです。

泣きたい日も、不安で眠れない日も、誰にも見せずに。
その思いを吐き出せる場所が、この日記帳だけだったんだと思います。


そして、祖父が亡くなった日のページ。
そこには、短くこう書かれていました。

じいちゃんが死んだ。次は私の番だ。

あれほど、介護に苦しんでいたはずなのに。
「やっと楽になれた」ではなく、「次は私の番」
その一文が、私の心から離れませんでした。


"介護は辛かった"

それでも祖父は、祖母にとって人生を共に歩いてきた、たった一人の存在だったのです。


その後の日記にも、月命日になるたびに祖父のことが書かれていました。

もう7か月。
一年が経った。
時間だけは当たり前のように過ぎていく。

亡くなった人だけ時間が止まり、生きている人の時間だけが淡々と流れていく
そんな寂しさが、日記帳いっぱいに綴られていました。


そして祖母自身も、
少しずつ「死」というものを身近に感じ始めているようでした。

祖父が亡くなった後も、

祖母の弟。

祖母の従兄弟。

祖父の兄弟。

長年一緒に生きてきた人たちが、
一人、また一人とこの世を去っていきました。

そのたびに祖母は、
「明日は我が身。」
そんな思いを強くしているようでした。


3年前から祖母と一緒に暮らし始め、
今は、母と私で祖母の生活を支えています。

食事を作り、買い物へ行き、病院へ付き添い、できないことを手伝う。
私は、「一緒に暮らすこと」が祖母にとって一番幸せなんだと思っていました。

でも、ある日の日記にはこんなことが書いてありました。

「娘や孫が身の回りのことをやってくれて、日中はそれぞれ仕事へ出かける。
私だけ何もせんと、ぼやーっと過ごす毎日。
このままで良いのか。」

その文章を読んだ時、
私は祖母の気持ちを全く理解できていないことに初めて気づきました。

私は祖母を支えているつもりだった。
でも祖母は、「支えられる側」になってしまった自分に苦しんでいたのです。

年齢を重ねるということは、できないことが増えるだけではありません。
「誰かの役に立ちたい。」
その気持ちまで失ってしまうことなのかもしれません。

もちろん、今さら祖母が一人で暮らすことは難しいです。
一緒に暮らしていることは、間違いなく祖母にとっても安心につながっていると思います。

それでも私は、祖母から「生きがい」を少しずつ奪ってしまってはいないだろうか
そんなことを考えるようになりました。


今の祖母には、生きる理由があります。

まだ学生の孫が、社会人になる姿を見届けたいこと。

そして、私の従兄弟が産んでくれた、小さなひ孫の成長を見ること。

このことも祖母の日記に書いてありました。

その存在が、祖母に「もう少し生きてみよう」と思わせてくれているようです。


祖母は現在87歳。

これまでずっと、自分のことは後回しで生きてきた人でした。
祖父を支え、子どもを育て、家族を一番に考えて生きてきました。

だからこそ、30年分の日記を読むと、その人生の重みが伝わってきます。


私は、祖母の日記を勝手に読んでしまったことを、
今でも良かったとは思っていません。

でも、あのとき読まなければ、祖母がこんなにも深い孤独や悲しみを抱えながら生きてきたことを、私は一生知らなかったかもしれません。

祖母に残された時間が、あとどれくらいあるのかは分かりません。
だからこそ、祖母には「今日も生きていて良かった」と思える日を、一日でも多く過ごしてほしい。

私にできることは、些細なことかもしれませんが、
一緒に笑ったり、おいしいものを食べたり、散歩をしたり、小さな楽しみを積み重ねていきたい。


祖母の日記には、悲しい言葉だけではなく、
「今日は楽しかった」と書かれる日が少しずつ増えていったらいいな。

私は、心からそう願っています。


※いつも、私の記事を読んでくださりありがとうございます。
私は、祖母とのランチ代を稼ぐために月3000円の収益を目指しています。
何かに、祖母とのことを書き留めておきたいと思ってはじめたnoteです。
少しずつ、皆さんとの信頼関係を気づけたら良いなと思っていますので、これからも応援していただけるととてもありがたいです!🫧

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Maru(まる)|87歳認知症の祖母とのゆっくりな暮らし 私の記事を読みにきてくださりありがとうございます。チップは、祖母とのランチ代に使わせていただきたいと思っています。