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【創作大賞2026 エッセイ部門】グランドピアノが去った部屋。それでも船は動き出した

倒産から宅建合格、そして今へ。
人生の荒波の中で、安心を探し続けた体験談~


【第一章】音が消えた日

家族だったピアノ


カーテンを閉めた夕方の一階は
妙に静かだった。

リビングとダイニングの間で
場所をとっていたグランドピアノ。

父が定年退職をした記念に、
初孫のためにくれた贈り物だっだ。


家族の時間がそこにあった事を教える、
床に残った3つの足跡。

大きな黒い影が無くなり、
家の空気まで変わってしまった。


長女が中学生の時、親友と2人で弾いた
J.Sバッハ「主よ、人の望みの喜びよ」。

流れるように優しい旋律が心を癒す。
連弾で娘は低音部を任された。

でも、よく知られる高音とは違い、
その調べには激しさもある事を知った。

私は、
娘の奏でる低音が本当に好きだった…


毎日同じ箇所を何度も弾いていた。

それは地区大会を抜け、
全国を控えていた頃だった。

いつも真剣に練習してたな。
だらけた日もそりゃあったけどね…


帰宅後のピアノ練習時に私は夕飯を作る。
繰り返し繰り返し弾くものだから、
こちらもメロディを覚えてしまう。

練習してない私が、
一音の間違いを指摘したりなんかして…

書道に鞍替えした母親がよく言うよね。
半年でピアノをやめた私なのにね。


学校で嫌な事があった時、
親に叱られてムシャクシャした時、
ピアノは娘の友達だった。


あなたは10年以上もピアノと共にいたのに…
弟・妹も習ってきたのに…


そのピアノが運ばれて行く。


いつも長女が弾き、
みんなで歌ってた「君をのせて」。
ピアノは家族だった。

子供は大人になり、
たまにしか音色は聴けなくなったが、

確かに、
ピアノは家族だった。


でも、
グランドピアノには
もう二度と会えなくなった。


この部屋から、音は消えてしまった。


再生したい心が脳を動かし始めた

夫の勤務先の倒産。
新しい会社の社長夜逃げ。
家の売却。
アパートへの引っ越し。


私は、
子供たちが大人になっても、

季節ごとに花を愛でながら
この家で歳を重ねていくと信じていた。

けれど人生は、
思ったより静かに崩れていった。


当時の私は
『失ったもの』ばかり見て生きていたと思う。

でも振り返ると、人生が傾いたあの時期に
知らないうちに少しずつ
脳や心の使い方を学び始めていたのだった。

そう、『安心』を探していたんだ。


【第二章】当たり前が消えても心は失くさなかった

大丈夫が崩れた日 

夫の勤務先が倒産した日、
「これからどうなるんだろう…」と
不安でいっぱいになった。

この家のローンは?
子供たちの学費は?
考えるべき事が山ほどある。

それまで当たり前と思ってた生活。
そんな普通が、一気に不安定になった。

全然、
『大丈夫』じゃなくなったのだ。

救いの手を差し伸べられて

ハローワークで職探しをしていた夫。 

倒産の場合、
自己都合ではなく会社都合退職なので
失業保険は優遇される。

失業手当を受給しながら夫は職探しをしていた。

ある日、
再就職が決まったと笑顔で帰ってきた。

意外にも、
知り合いの建設会社社長に
雇って貰えたと言うのだ。

顔見知りの社長。
同じ営業職での採用。

ありがたい。救いの手だ。
私たちはようやく安心できた。

「ここからまた頑張れば良いね。」 
2人でやっと笑えた。

久々に夕焼けを見ながら深呼吸ができた。

突然の夜逃げ

それなのに…
その安心も長くは続かなかった。

数ヵ月後、新しい会社の社長がいなくなった。
夜逃げだった。

彼は、会社のお金を持ったまま消えた。
現場は混乱し、支払いは止まった。

月末、
債権者たちが責任の無い我が家にやって来る。

夫も被害者だ。
役員じゃないから対応する必要はない。

だが「迷惑をかけてしまった」と、
夫は少しずつ返済していった。

弁護士に相談したくても
家族が食べていかなければならない。


生活していけるだろうか?
家を守れるだろうか?


玄関のチャイムが鳴るたびに、
心臓がドキドキして身震いする。

本当に怖かった。
人を信じられなくなった。

心の中は空っぽになり、
言葉さえも出てこなくなった。


物を売るたび『暮らし』も失くなった

最初に売ったのは贅沢品だった。

グランドピアノ。

優雅な曲線の黒い艶。
思い出すたびに胸が痛む。

みんなに申し訳なかった。
でも、生きていくためだ。

ダイヤの婚約指輪は
5万円の査定にしかならない。

輝いてた記憶が、
そんな値段で取り引きされるなんて…


家の中から物が減るたびに
暮らしも消えていった。



ついには、
新築して十数年の家を
売らなければならなくなった。


想い出が次々と溢れてくる。

家族でワイワイ囲んだ夕食。
入学式も卒業式も、この家から出かけた。

旧知のアメリカ人の先生に頼んで、
下の子2人はこの家で英語を習ってたなぁ…

手作りお菓子のお茶会、
お揃いの服をミシンで縫う…

この新しい家で、
数えきれない事を堪能してきた。

そして、
未来に想いを巡らせていたのに…


天から滑り落ちるような感覚。
人生は何があるかわからない。

まさか我が家がこんなことになるとは…


夫の影までうつむいている。
泣き言を言っていられない。
なんとしても支えて行かねば。


暮らしと一緒に、
未来も夢も消えたように感じた。




アパートへの引っ越しは未知との出逢い

どんなに泣いても、過ぎた事は戻らない。

新居探しで不動産屋さんをまわる頃から、
少しずつ前を向けるようになった。


初めてのアパート暮らしだ。
不思議な事に、
初体験に少しワクワクする自分がいた。

次女を、すぐそばの駅まで迎えに行った夕方。
こうべを垂れた黄金色の稲穂を、
2人で腕組み笑顔で見つめる。

北陸新幹線に逢えた日は良い事がありそうで、
ウキウキと家事をこなせるようになってた。

夫は自営業を立ち上げ、
Wワークとして夜はバイトに向かう。

家族は必死に生きていた。
絶望の縁から、わずかなときめきで
私たちは立つ事ができた。


『宅建合格』が私の背中を押した

引っ越し前から私は宅建の勉強をしていた。


派遣の仕事が満了した後で、
職業訓練を受けられるようになったのだ。

4ヶ月間6時間授業がある。
手当を頂きながら勉強できるのは幸せなこと。

最初は全くわからなくて
諦めそうにもなったけど、
毎日過去問は繰り返した。

そしてなんと、受かったのだ!
同じコースの仲間、6人全員が合格。

今まで落ち込む事が多かったけど、
新しい生活が刺激になり
私は挑戦をやめなかった。

『宅地建物取引士』の合格は、
間違いなく私の背中を押してくれた。


父と娘に戻れた日

その後実家の父が亡くなった。

父とは確執があったが、
最期を迎える前に度々逢いに行ってたので
やっと父と娘に戻れてた。

手先は良いのに心が不器用な父。

いろんな人をお酒で傷つけてきたが、
妻を早く亡くした寂しさ故と言えば
合点がいく。

今世では
寄り添う事も親孝行もできなかった。

いつか逢う日が来たなら
ちゃんと向き合いたいと思う。


【第三章】新しい暮らしと現実

和服美人の義母の片付けられない部屋

実家で父と暮らしてた義母が独りになった。

私たちは意を決し、
義母と同居する事にした。

敷地も家屋もあるので、
家族全員が住む広さには困らないが、
問題が2つあった。

元お嬢様の義母は家事ができない。
亡くなった父はいつも不満げだった。

新婚当初は嬉しそうだった父も、
次第に愚痴を漏らすようになってた。


私たちは実家の2階に暮らす事にして
下は義母の部屋と、二世帯生活を決めた。

アパートから引っ越すにしても、
まず2階の様子を確認しなければならない。

実家の階段を上がってみて驚いた!
ごみ屋敷寸前なのだ。

あぁ、もう、なんてこと!!

高齢になった義母が
2階に上がりづらいのはわかる。
足が痛いだろうし、危ないものね。

でも、それにしても、
この状況はなに?

実母なら、遠慮なく私も
2階に上がっていたであろう。

けれど熟年再婚だった義母とは、
一緒に暮らした事がなかった。

私はずっと、その部屋へ踏み込めずにいた。

日舞のお師匠さんで
遠くまでお稽古をつけに行ってた義母。

いつもちゃんとお化粧し、
小綺麗に和服を着こなして出掛けてた。

でも、家の中は惨憺たる有り様だ。
これでは私たちが暮らせない。

私は何日も何日も片付け続けた。
ゴミ袋は山のようになってた。


その数年後に夫の実家も片付けたが、
2件の大掃除をしてわかったこと。

物は、持つより手放す方がずっと大変だ。
そう思い知らされた。

私自身も洋裁が好きなため、
家の中には生地がたんまりとある。

素敵なボタンや洋裁小物も、
老後の楽しみとしてとってはある。

だが、待てよ。
今が私の老後なのかな…

もっと年を重ねたら
目はかすみ、
ミシンがけは無理かもしれない。


父が遺した機械や引出物も
倉庫にいっぱいある!

私達の代で、片付けていかなければ。


子供に迷惑をかけないうちに。
そう、自戒の念を込めて。


雪の舞う日が好きな義母の徘徊

義母は少しずつ認知症になっていった。

そしてたまに徘徊もするようになった。

暖かい頃はしないのに、
寒くなると出掛けたくなる。

小雪が降る日と決まっていた。

これでは心配で働きに出られない。
私は自宅でのパソコン仕事に切り替えることにした。


【第四章】荒波の向こうに光はあった

雨宿りのような時間


自営を立ち上げた夫は、
前職の人脈と手先の器用さを活かし、
自宅のリフォームを廉価で済ませてくれた。

いろんな事があったが、
またここがスタートラインだ。

家計が安定した訳ではないが、
雨風しのげる自分の家があり、
すぐそこに家族がいる。

やっと、
やっと心から笑えるようになった。

進まない船

これで順風満帆に行くかと思えば、
船はまっすぐ進まなかった。

ある9月の朝。
夫が脳出血で倒れた。

入院中には、
大雨の浸水がすぐ近くまで迫って来た。

さらに、
義母の妹に持ち逃げまでされて…

もう、十分でしょう…
そう思った。

救急車の中の血圧計の音、

四方から鳴り響くサイレンの朝、

父が働いた証さえ持って行かれて…

視界が歪む、崩れ落ちる…
もう私の人生にこんな物はいらない。

難破せず、せめて無人島に着きたい。


千夜一夜を願った朝

夫が倒れた後…

救急車の血圧計は200を越えていた。

大丈夫よ、大丈夫よ…

それしか言葉が出てこない。
夫の手を握り、呪文のように繰り返した。
そして自分にも言い聞かせた。

お願い、血圧の数は夫に聞かせないで…
窮地に、人は意外な事にこだわる。

信号機も細い路地も今の夫にはいらない。

アラジンのランプがあればいいのに。
夫の救急車だけ空を飛べればいいのに!

サイレンの音は永遠のように長く感じた。


『大丈夫』を探してた

やっと緊急の病院に着いた。

救急口から処置室に運ばれ、
お医者様や看護師さんが診て下さる。

私はずっと見ていた。
夫はまだしゃべれる。

私はずっと探していた。
『大丈夫』を。

それがあれば夫は生きられる。
それがあれば私も寄り添える。

探した、
探した、
全力で『大丈夫』を。

そして一つ、灯りが見えた。

先生方が慌ててないのだ。
普通に話しかけ、異様な緊迫感はない。

大丈夫!夫は大丈夫。
助かる!

その時私は感じたのだ。

検査結果もまだ出ていない。
でも、
この根拠の無い自信が、
夫への安心をもたらした。

人はきっと、
絶望の中でも安心を探すようにできている。

脳出血の部位は脳橋だった。

搬送が早く出血もわずか、
でも手術のできない箇所なので、
奇跡的に助かったと言われた。

救われた命。

ジーニーが自由を手にした時のように、
その命を大切にしていきたいと思った。


泣く夫

急を告げられ、
遠くに住む子供たちが駆けつけて来た。

夫の顔を見て、
本当に安心したようだ。

でも、夫は泣いている。
「何で俺が…」

わかるよ。

私が1人で行った時も泣き出す。
「何にも悪いことしてないのに…」

そりゃあ、そう思うよね。

泣けばいい。
今まで、いっぱい頑張ってきたものね。
また少しずつ歩けばいい。

これは神様がくれたお休みよ。
もう一度人生をやり直そう。

きっと、まだ終わりじゃない。


二度と聞きたくない音

夫はリハビリを頑張り始めた。
後遺症はほんのわずか。

本人は切ないだろうけど、
受け入れて共に歩もう。


そんな時、近くで洪水が発生した。

2019年10月。
台風19号による大雨で、
千曲川の堤防が決壊した。

濁流の中の木にしがみつく人の映像を見ると
祈らずにはいられない。
一刻も早く助けてあげてほしい。

被害は甚大だった。

2,3メートルもある盛り土の上の新幹線も、
半分は浸水した大規模な洪水だった。

決壊した千曲川から近い地域、
そこから床上浸水の被害が伝えられてくる。

日に日に、そのニュースが現実として
我が家に近づいて来た。


ある日曜の早朝。
辺りは青みがかった灰色のもやだった。


洗濯物を干そうとベランダに立った私の耳に、
四方八方から緊急車のサイレンが聞こえた。

朝早いのにその音は増幅して私に迫る。

「もうダメだ…
昨日は近くまで浸水が来たって言ってた。
だからきっとそこまで来てるんだ。
今日はうちも浸かっちゃうんだ!」

今までどんな時も、
私は人を
なだめる側でいた。
励ます側でいた。

でもダメだった。

大黒柱のいないとき。

もう心が、
自分の「怖い」と言う心が
押さえられなかった。

すぐに部屋に戻り、
長女に落ち着かせてもらった。

こんなことは嫌だ。
もうあの音は、二度と聞きたくない。


義母の通帳が消えた

夫がリハビリ病院で復帰をめざしていた頃、
義母の妹による持ち逃げが発覚した。

遠方から夕方急に来て、
姉の貯金を口座から引き出したらしい。

義母を郵便局へ連れて行き、
「預かるから。」と言って
260万円を持ち去った。

認知症になりかけてた義母は、全面的に信頼している妹を決して疑わなかったのだろう。

それはしばらくして
郵便局からのお知らせで発覚した。

とんでもない事だ。


そのお金は、
父が何十年も働いて貯めてきたお金の残り。
義母の老後の蓄えだ。

そんな事をするのは、姉妹じゃない。

義母が信じてた相手だからこそ、
余計に辛かった。


事実は小説より奇なり

それが夫の入院中だったので
私は3人の子に相談した。

「おじいちゃんが働いてきた大切なお金だよ。
絶対取り返そう!」

そう言ってくれた。

時間をかけて、
離れて住む子供たちとも何回も連絡を取り、
作戦を練った。

相手に電話をかけ、
まわりも固め、
返済の約束を取り付けた。

相手が返しにくる日の役割分担を決め、
シナリオも書いて練習した。

すごくドキドキした。

結果として、
200万円は取り返す事ができた!

「家族ってすごい!」と実感した出来事。

小説の斜め上を行くような現実だった。


動き出した船

夫は3ヶ月の入院を経て、
我が家に戻って来られた。

助かった命だ。

病み上がりで、後遺症も少しある夫には
無理だけはして欲しくない。

私はどうしたら良いか悩んでいた。

そんな時近くのお店で、フランチャイズの
個人事業主募集のチラシを見た。

全国組織で、軽トラックを運転し
高齢者宅をまわる仕事だった。

困っている人を助ける。
祖母を介護していた頃を思い出した。

この年齢で家族5人を食べさせるには、
ぴったりなのかもしれない。

事業説明を聞き、県の創業制度資金の融資も
受けられる事になり、審査も通った。

航路は決まった。

長時間労働・力仕事・夏も冬もずっと屋外…
私には荒波だ。
でも舵を取るしかなかった。

その船は動き出した。


【第五章】溺れかけてた私

やっと就航できた

冬の寒い日に自営業を開始した。
ダウンコート・毛糸の帽子・手袋…
重装備で走り出した。

最初はお互い慣れなかったが、
次第にお客様と
心を通わせられるようになった。

笑顔や感謝の言葉が、操舵の原動力となった。


公共の仕事ではないので、経営していくには
売上も上げなければならない。

「楽しい」だけでも
「献身」だけでも運営はできないのだ。

ガソリン代がすごく高くなってきた頃。
経費ばかりかかるようで不安になる。

大丈夫かな…
これから家族を養っていけるのかな…

今日もガソリンのメーターだけが
静かに減っていく。


海老で鯛は釣られない


2,3か月やってみて、
売り込みが苦手な私は心配になってきた。

県からの融資金返済や税金の支払いは
ちゃんとできるのだろうか…

それよりも、
家族を食べさせていけるのか?
私の肩に、家族の舵取りがかかっている。

まだありもしない
未来への不安に押し潰されそうだった。


新たな海図を求めて

今までの人生、
暴風雨にもてあそばれる船のようだったから、私は『安心』が欲しかった。

とにかく、
『安心』が必要だった。

収入を増やして家計を安定させたい。
家族が笑顔でいられる。

仕事をしながらも
どうすれば良いか考えてた。


開業当時は朝6:30から仕事開始、
夜9:30頃の帰宅もあった。

副業をするにも時間が無い。
個人事業主だからすべて自分の責任。

焦った。
こんな不安だらけじゃ本業にも影響が出る。

『安心』とは、
そんな遠い彼方にあるのだろうか?


甘い罠

頭の中にあるのは、
「明日からのお金」ばかりだった。
家族を守りたい一心だった。


私はとにかくお金がかからない情報を探した。

家の本を読む、
中古本を買う、
インスタグラム、
ネット記事。

そんな極限状態の時、スマホを開けば
今の自分をあざ笑うかのように

まぶしい言葉が飛び込んでくる。
キラキラした映像が刺激してくる。

・SNSでコンテンツを作り販売すれば、
未経験でも何十万と入ってくる

・マインドさえ変えれば、
お金は必ず引き寄せられる


コンテンツ販売が悪いわけではない。

適正価格で販売し、
ちゃんと再現性があれば良いのだ。
それは立派なビジネスだから。

だが、未経験で何十万も稼げるなんて…
そんなうまい話があるわけがない。
今ならわかる。

でも家計が不安で、
希望を失いかけていた私は
まさに藁をもつかむ思いだった。

SNSで流れて来た映像は夢のようだった。
いいえ、私はこんなにすごくなくて良いの。
毎日が安心できるように普通に暮らしたい…

「自分に販売できるコンテンツが無くても、
入会してから探し、作って販売する」

このやり方なら私にもできそう。
そう思って連絡してみた。
浅はかだった私。


でも、小舟が波にもまれるように、
人の心もゆらぐのだ。




必死な長女に救われた

相手からはすぐにLINEで連絡が来た。
担当講師の先生から別のLINEが来て、
電話で話すことになった。

確か入会に最低で50万円。
お得なコースは80万だったかな?

コンテンツを販売しなくても、
このシステムを誰かに紹介して、
入会して貰えば何割か入る。

うまくいけば
短期で稼げるとの事。
私はこの時点でも悩んでいた。

入るべきか?
入らざるべきか?

入ってはいけないに決まってる!

明確な自分のコンテンツがないのに、
高額なお金をオンライン上で
知らない誰かに預けるのは危険行為だ。

今ならもちろんわかる。

以前から悩んでることに気づいてた長女が、
察してまた私に言ってきた。

「お母さん、それ詐欺だよ。
SNSにある甘い話には乗っちゃダメ!」


「ちゃんと真面目にビジネスしてる人もいる。でも、大金払っても
中身が無い物もいっぱいあるの。」



「私たちは若い頃からSNSに慣れてるから、
怪しい物はわかる。

でも、お母さんたちの年代はまともに信じるから危ないの。だまされちゃダメ!」

娘の真っ直ぐな視線とその言葉に、
冷や水を浴びせられたように
ハッと我に返った。

危なかった。

お金の不安で脳がパニックをおこし、
客観的な判断を失いかけていた。

長女に、
子供に救って貰ったのだ。
心配して弟・妹にも相談してたらしい。

娘の必死な説得が、
甘い罠から引き戻してくれた。

人間窮地に立たされると、
簡単に座礁してしまうのかもしれない。

守っていた子供に、
今度は守られる番になった。

あの小さかった娘が、
私を救ってくれたのだ。


待てば海路の日和あり

コツコツやっていくしかない。
てくてく歩いていくしかない。

心が落ち着いたあと…

10年ほど前にテレビで、
「脳は意外とおバカさん」

「誰もが持ってる自分の脳をだまして、
使いこなさなきゃもったいない」

と言ってた事を思い出した。

そうだ、これだ!

今は生活に余裕がない。
サイドビジネスの時間も取れない。

それなら、自分の脳を味方につければいい。
そして、
昔から興味のあった心理学の事も
思い出していた。

私はもう1つの安心を求め、また進み始めた。



【第六章】自分の脳を使わないなんてもったいない!無料だし

脳をだます

そのテレビでやっていた事はこうだ。

「つらい時でも、指1本分だけ
口角を上げてみてください。

脳は意外にもおバカさんで
『あ、今楽しいんだな』とだまされ、
幸せホルモンを出すんですよ。」

私は本当にびっくりした。

「えっ、
脳がおバカさん?
脳がだまされる?」

脳には、「体の動きから今の感情を推測する」という不思議なクセがあったのだ。

口角が上がる。(筋肉の動き)

すると脳は、
「あれ?笑ってるってことは楽しいのかな?」と勘違いする。

その結果、幸せホルモン(セロトニン・ドーパミン・エンドルフィン)が分泌される…らしい。

それを知って以来、
私は辛い時や悔しい時、
必ず口角を上げている。

自分で少しだけ、
脳をご機嫌にしている感覚だった。

そう、天才である脳を
私がだましちゃってる!


信じる事は救われる

私は安心・安定が欲しくて、
ここ数年間は書籍を読んだり、
YouTubeで勉強したり、

脳の仕組みと心理学の情報を得まくってた。


そして古今東西の話の中で、
真理は同じだと気づいた。

SNSで発信する人の中には、
「私のサロンに入れば必ずできる」とか、
「メンターに教わらなければ変わらない」
と断言する人が見受けられる。

高額な入会金を払っても、
本当にすべての人に再現性があるなら良い。

でも現実には、
そううまくいかない人もいるらしい。

自分の持ち物である脳を、
自分でコントロールしたい。
ぜひとも。

しかも無料で!
やらない手はない。

私はまず、信じることから始めた。

脳の仕組みを知り、前向きに生きる。

それは結局、自分の行動を信じることだった。


今まで散々な目に遭ってきた。
それでも私は、そのたびに立ち上がってきた。

だったらもう、自分を信じてみよう。

私なら、きっと大丈夫!

信じきって、私は『安心』を手に入れるんだ。

心のもやが晴れていくような気がした。


95%を捨てるなんてイヤだ

人間の意識は、顕在意識と無意識に分かれる。

この無意識は、潜在意識とも言われるけど、
ここでは無意識と呼ぼう。

自分で自覚があるのは顕在意識、
無意識には自覚が無い。

この意識、氷山に例えられる事が多く、
その割合は無意識が水面下の95%と言われる。

だから、人の行動や感情は、
『自分で気付いてない思考のクセ』に
大きく影響されているのだ。

この無意識、
知れば知るほどホント面白い!

例えば、
何も考えず自転車に乗られるようになる、
車の運転をスムーズに行える…など、
体の動き1つ1つを確認しなくてできる。
これが無意識。

無意識と脳のメカニズムはこうだ。

脳はエネルギー消費を抑えるために、
繰り返しの行動、つまり自転車や歯みがきや、
感情のクセまでも、
無意識領域にプログラミングしているのだ。

そして、直感やひらめきも出してくる。
これは、脳がこれまでにインプットしてきた経験や知識といった、たくさんのデータを高速で出力してくれてるということ。

『火事場の馬鹿力』も
無意識のなせる技だと言われている。

いつもなら怖くて動けないような場面でも、
とっさに体が動く。

考えるより先に、
脳が守ろうとしてくれるのだ。


脳ってすごいなぁ!

脳は天才だけどおバカさんでもあるから、
クセが多い。

でも、うまく手なずけて味方に引き入れれば
人生が好転していくかもしれない。

だって昔話でもそうでしょ?

意地悪ばかりするおばあさんより、
いつもニコニコなおばあさんの方が
幸せになるもの。


みんなが持ってる自分の脳。

高額講座もメンターもいらない。
無料でできるなら良くない?

私は諦めたくない。

95%を捨てるのは嫌だ。

私はこの無意識を使いこなしてみせる!

そう心に誓った。

窓の外、雨上がりに虹が出ていた。


それでも船は進んで行く

人生は思い通りにはならない。
本当にいろんな事があった。

まるで暴風雨の海を、
小さな船で漂流しているようだった。

私は安心が欲しかった。
ただ普通に暮らしたかった。

家族で笑って、
ご飯を食べて、

「お帰り」と言える毎日が
欲しかっただけなのに、

人生は何度も私たちを揺さぶった。

それでも。

私はその度に、誰かに支えられてきた。

夫に。子供たちに。
そして、
必死に立ち上がろうとしてきた自分自身に。


脳の仕組みを知った時、
私は少しだけ救われた気がした。

人の脳は見たいものを探し、
信じた方向へ少しずつ進もうとする。

だったら私は、
これからも安心を探して生きていきたい。

小さな幸せを見つけながら、
口角を少し上げながら、
また今日も前を向いていきたい。


あの日、
グランドピアノが運ばれた部屋から
音は消えてしまった。

でも人生の船は、静かに動き続けていた。


脳の仕組みを知る事は、
「自分を責め続ける人生」から抜け出す
第一歩だった。


そして今、
私はもう一度、自分の人生を信じ始めている。



あの日の私のように、
不安の中にいる誰かへ。


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