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エビはおいしい。だが、顔がこわい。

― エビの体の構造と一生


昔のこくちゃんは、エビとかイナゴとか、そういう「節が多いもの」が食卓に上ると、どうしても食べられなかった。

いや、わかってる。
食べ物に対して失礼なのはわかってる。命に手を合わせていただく。そういう気持ちはある。あるんだけど。

みそ汁とかお吸い物の中から、エビが顔を出してくるじゃないですか。

こんにちは

って。

あれ、無理だった。
目が合うもんね。

タイの姿焼きとか、サンマの塩焼きは、まだいいのよ。彼らの目はもう「こちら側を見ていない」のがわかる。横を向いているし、なんというか、魚としての営業はすでに終了している。こちらも手を合わせて「いただきます」と言える。うまいし。

ところが、エビやカニみたいな脊椎動物じゃないヤツらは、目が違う
黒い。
何を考えてるかわからない。
いや、考えているかどうかもわからない。

宇宙生物感がすごい。
台所に小型の深海探査機が混入している。

しかも口元がまた、どうなってるかわからない。脚なのかヒゲなのか口なのか、全部が小刻みにギミックしている。あれは食材というより、変形前のロボである。

でも人間は成長する。というか、都合よく慣れる。

最近は、ありがたいことに頭部が取り去られて、筋肉のおいしい部分だけで出てくることが多い。回転ずしで甘エビが流れてくると、皿数を勘定しながら、

いっちゃう?
いっちゃうのか?
もう一皿いっちゃう?

となる。

甘エビ、うめえ

で、ふと思うわけです。

問題は、取り去られたあの頭部だ。
あそこ、どうなってるん?

ついでに、エビの一生ってどうなってんの?
あと、昔お店で見た「乾いた状態で売ってて、水を入れると復活するエビみたいなやつ」、あれ何?

疑問がエビの脚みたいにワラワラ出てきたので、チャッピーに聞いてみた。
以下、チャッピーの解説を、こくちゃんがなるべく楽しく紹介していこう。

エビの体は「頭・胸・腹」ではなく「頭胸部・腹」

まず、エビの体。

人間の感覚だと、生き物はなんとなく「頭、胴体、足」くらいで見てしまう。
でもエビはそのへんがややこしい。

エビの前半部分は、頭胸部という。
読んで字のごとく、頭と胸が合体している。

頭と胸が合体。

もうこの時点で、こちらの常識を置いていかれる。
人間でいうと、顔と上半身が一体型ボディになっていて、その上から硬い装甲がかぶさっている感じである。SFのパワードスーツか。いや、エビ本人にとっては普段着です。

この頭胸部には、目、触角、口、歩く脚などが集まっている。
つまり、こくちゃんが昔「うわ、顔がこっち見てる」と思っていたあのあたりに、重要機能がギュッと詰まっている。

触角は、ただのヒゲではない。
におい、接触、水の流れなどを探るセンサーだ。

エビはあの長いアンテナで、周囲の情報を拾っている。
仮面ライダーの悪役怪人みたいな顔をしているが、本人はかなり真剣に生きている。(てか逆だな。甲殻類をモチーフに怪人をデザインしてる。)

そして腹部。
ここが私たちの大好きな「エビの身」である。

プリプリしているところ。
寿司で「ありがとう」と思うところ。
天ぷらで「衣をまとってもなお主役」と思うところ。

あのプリプリは、体を曲げて泳ぐための筋肉だ。
エビは危険を感じると、尾を使ってビュンと後ろ向きに逃げる。あの瞬発力のための筋肉を、我々は「食感がいいですね」とか言いながら食べている。

生き物として見れば運動器官。
食卓で見ればごちそう。

人間、なかなか業が深い。
でもうまい。

エビの脚は、ただ多いだけじゃない

エビは十脚類の仲間だ。
十脚類というのは、ざっくり言えば「胸の脚が5対、つまり10本ある甲殻類」のグループ。カニ、ヤドカリ、ロブスターもこのへんの親戚である。

親戚一同、だいたい甲羅が硬くて、目が黒くて、こちらの情緒に配慮してくれない。

ただ、エビの脚は単に「いっぱいある」わけではない。
役割分担がある。

歩く脚。
餌を扱う脚。
泳ぐための脚。
卵を抱えるのに関わる脚。

つまり、エビの下半身はかなり多機能である。
我々が「脚、多っ」と雑に見ているところで、エビ側は「これは歩行、これは遊泳、これは生活管理」と分業している。

会社だったら部署が多いタイプだ。
しかも全員が小刻みに動いている。
会議室がずっとざわざわしている。

殻は鎧。でも成長には邪魔

エビの体を語るうえで外せないのが、殻である。

エビは外骨格の生き物だ。
つまり、骨が内側にある私たちとは違って、硬い構造を外側にまとっている。

これは防御には便利だ。
でも困ることがある。

硬い服を着たままでは、大きくなれない。

そこでエビは脱皮する。

古い殻の内側に新しい殻を準備して、古い殻を脱ぎ、体を大きくしてから、新しい殻を固める。
言葉にするとシンプルだが、かなり命がけである。

人間でたとえるなら、成長するたびに全身の服と皮膚の境界があいまいになり、「よし、今から全部脱ぎます」と言って、しばらく柔らかい状態(全裸)で世界にさらされるようなものだ。

怖すぎる。
エビ、よくやってる。

こくちゃんだったら脱皮前日の夜、緊張で寝られない。
「明日、殻、脱げるかな……」「全裸だいじょうぶかな?」ってスマホで検索して、よけい不安になるタイプである。

ここで、毎度おなじみ、こくちゃんの脱線、余談であるが、
ストリーキング(街を全裸で走るパフォーマンス)やったことあるのよ。
もう30年以上前だから、時効じゃね?
学生時代のアパートのお風呂がヘンテコな作りになってたんだ。
普通、バス、トイレは内側から鍵かけるようになってるじゃない。
そこは外側からひねってかける鍵がついてたの。とにかくおかしなつくりで、脱衣場にピンク電話(10円入れてかける共用電話)があって、電話中に裸の人が出てきちゃ困るから、という設計なんだと思う。
で、若い娘さんが彼氏と長電話したりするの(携帯電話はまだ存在していない)。そりゃ、盛り上がってる最中に、彼氏でもない汚い男の裸は見たくないか。
案の定、ある日、入浴して出ようと思ったら、外から鍵かかってる。あまったるい鼻にかかった声がする。「この女、普段はもっと野太い声じゃね?」とか思いながら、このままでは、のぼせるっつか、こくちゃん、エビの蒸し焼きみたいになっちゃうから、中で修行僧みたいに真水かぶったり、屈伸運動したり、素数を順に数えたりして、小一時間待ったんだ。で、その女の子がようやく電話を切って、帰っていった。ゆだった状態で、あぶねえ、あぶねえ、と思いながら、ドアのノブをにぎったね。まだ鍵がかかってんよ。
こくちゃん、普段汚い言葉を使わないが、自然にでたね。「あのアマなにしてけつかる!」完全にとじこめられたわ。
幸いにして、その浴室、小窓がある。ここから脱出可能だ。でなきゃ、ここで朝にはふやけきって食べごろぷりぷりのこくちゃん蒸し焼きができあがる。
アルミサッシに大事な局部をぶつけんよう細心の注意で、出たね。外に。
夜風が冷たかったよ。通りに車影はない。遅い時間だ。いや、待て、一台通り過ぎる。よし、今だ。アパートを巡る一周を猛スピードで走る全裸の男。
このとき、こくちゃんの逃げ足、エビの背面ダッシュに匹敵したはず。
やばい、後ろからヘッドライトで照らされてる。もう、後戻りできん。さっと玄関に飛び込んだ。「ただいま」で、なんとか事なきを得た。いや、たぶん、運転手は怖すぎて通報するいとまはなかったはずだ。うん、めでたし、めでたし。

脱皮直後のエビは、たぶんこうだぜ。

エビは卵からすぐエビになるわけじゃない

そして、エビの一生。

ここがまた面白い。

私たちはつい、卵から小さいエビが出てきて、それがだんだん大きくなると思ってしまう。
だって、カブトムシとかチョウみたいに劇的に変わるイメージがあまりないから。

でも、海産のエビの多くは、卵から出た瞬間に「ミニチュアのエビ」ではない。

幼生として生まれる。
しかも、その姿が大人のエビとけっこう違う。

ざっくり言うと、エビの一生はこんな感じだ。

卵 → ノープリウス幼生 → ゾエア系の幼生 → ミシス幼生 → ポストラーバ → 稚エビ → 成体

名前が急に呪文みたいになる。

ノープリウス。
ゾエア。
ミシス。
ポストラーバ。

ファンタジーRPGの地名か。
「勇者よ、ゾエアの谷を越え、ミシスの塔へ向かうのだ」みたいな響きがある。

でもこれは本当にエビの発生段階の名前で、幼生は海中を漂いながら、脱皮と変態を繰り返して形を変えていく。

ここで大事なのは、エビの子ども時代はかなり「浮遊生活」だということだ。
大人のエビは海底近くを歩いたり泳いだりしているイメージがあるが、幼生の時期はプランクトン的に水中を漂う。

人生序盤、潮まかせ。

履歴書に書くなら、

幼少期:海流に流される
特技:変態
志望動機:底生生活への移行

である。

もちろん種類によって違いはある。
海で産卵するもの、河口や沿岸域を利用するもの、淡水で暮らすもの、水槽でおなじみの小型エビなど、エビと一口に言っても暮らしはさまざまだ。

ここを雑に「エビはこう」と言い切ると、エビ界から抗議文が届く。
たぶん小さい字でびっしり書いてある。脚が多いので署名も多い。

あの“水で復活するエビ”の正体

さて、こくちゃんが気になっていたもう一つの謎。

乾いた状態で売っていて、水を入れると復活するエビみたいな生き物。
昔、そういうおもちゃっぽいものを見た記憶がある人もいるかもしれない。

あれはたぶん、アルテミア
ブラインシュリンプとも呼ばれる小さな甲殻類である。
観賞魚の餌としても有名だし、「シーモンキー」という名前で売られていたものも、この仲間だ。

ただし、ここはちょっと注意が必要。

乾いた大人のエビが、水を入れたら「ふぅ、寝てた寝てた」と起き上がるわけではない。

それはそれで見たいけど、違う。

売られているのは、多くの場合、乾燥に強い休眠卵のようなものだ。
専門的にはシストと呼ばれる。

このシストが、条件の合う塩水に入ると水を吸い、発生を再開して、幼生が孵化する。
つまり「エビが復活」というより、

過酷な環境に耐えるモードで待機していた胚が、水を合図に再起動する

に近い。

アルテミアのすごいところは、この「待機能力」だ。
乾燥や厳しい環境に耐える状態でじっとして、条件がよくなったら動き出す。

これ、冷静に考えるとかなりすごい。

こくちゃんなんて、湿度が低いだけで唇が割れて不機嫌になる。
アルテミアは乾いた状態で待つ。
生命力の格が違う。(この手の王者、クマムシ、もいるが)

ただし、これも「不死身」とは違う。
どんな条件でも永遠に生きるわけではないし、乾燥に強いのは特定の段階の話だ。
ここを盛ると、急に怪しい健康商品の広告みたいになる。 
条件が合わないと、発生しない。

エビは“おいしい宇宙生物”である

こうして見ると、エビは本当に変な生き物だ。

頭と胸が合体している。
触角で世界を探っている。
脚が役割分担している。
外骨格を脱ぎながら成長する。
子どものころは海中を漂う別キャラ。
親戚っぽいアルテミアには、乾いたシストから再起動するようなものまでいる。

そして我々は、その腹部の筋肉を見て、

「プリプリしてておいしい」

と言っている。

間違ってはいない。
でも、それだけではだいぶ見逃している。

エビは、食卓に上がると急に「食品」になる。
寿司ネタ、天ぷら、エビチリ、ガーリックシュリンプ。どれも偉い。全面的にうまい。

でも、生き物としてのエビに目を向けると、そこには小さな機械のような体と、変態をくり返す一生と、環境に合わせて生きのびる工夫がある。全面的に必死で生きてる生物だ。

昔のこくちゃんは、エビと目が合うのが怖かった。
黒い目でこちらを見てくる気がして、「何を考えてるんだお前は」と思っていた。

今なら少しだけわかる。

たぶんエビは、人間に向かって何か深遠なメッセージを送っていたわけではない。
ただ、自分のセンサーで世界を探り、自分の殻を脱ぎ、自分の段階を進みながら、生きていた。けなげに。でも、たくましく。

それでも、あの顔はやっぱりちょっと宇宙っぽい。

そして私たちは今日も、頭部が取り去られた甘エビを前にして、皿数を数えながら迷う。

いっちゃう?
いっちゃう?

エビを知ると、食べにくくなるかと思いきや、少し違う。
むしろ「お前、そんな人生を経てここに……」という気持ちになる。

手を合わせる理由が、ちょっと増える

そして結局、食べる。

甘エビうめえ。

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