【戦術分析】張本智和 vs 松島輝空②|松島の対策をさらに攻略した張本。「対策の上に対策を重ねる」
前編では、1・2ゲームで張本智和が松島輝空のロングサーブを攻略し、その対策として松島がサーブの回転とコースを変更した流れを見てきた。
松島は3・4ゲームで、
張本のレシーブをフォア側に限定する
→ 松島のバック側へ返球させる
→ 得意なバックハンド・回り込みへ持ち込む
という戦術を作り、流れを完全に引き戻した。
しかし、松島の戦術には一つの弱点があった。
横回転系のサーブに対して、張本がチキータで攻撃できることだ。
そして4ゲーム終盤、張本はそこに目をつける。
ここから、この試合はさらに一段階高度な戦術戦へ入っていく。
⸻
4ゲーム終盤|張本が横回転を逆手に取る
松島が3・4ゲームで使った横回転系サーブ。
このサーブには、張本のレシーブを限定しやすいというメリットがある。
一方で、横回転があることでチキータを仕掛けやすくなるという側面もある。
張本は4ゲーム終盤から、松島の横回転系サーブに対して、松島のフォア側へ強めのチキータを仕掛けるようになっていった。
これは松島にとって新たな問題になる。
せっかく横回転系のサーブによって張本のレシーブを限定していたのに、その回転を利用されてチキータで先手を取られてしまう可能性が出てきたからだ。
つまり、
松島が張本のレシーブを限定する
↓
しかし、そのために使った横回転がチキータの材料になる
という矛盾が生まれた。
ここで松島は、再びサーブを変える。
⸻
5ゲーム目|松島が再び縦回転系へ
松島は5ゲーム目に入ると、1・2ゲームで使っていた縦回転系のサーブをフォア側へ出すようになる。
これは、横回転系サーブに対して張本がチキータで攻撃してくることへの対応だと考えられる。
横回転で張本にチキータを打たれるなら、
縦回転系に戻して、チキータを仕掛けにくくする。
非常に合理的な修正だ。
しかし、ここで今度は別の問題が生まれる。
縦回転系のサーブに戻したことで、張本には再び、
* ストップ
* ツッツキ
などの選択肢が生まれる。
そして張本が選択したのが、
松島のフォア前へのストップ
だった。
⸻
張本が「そもそもバック側へ返さない」という対策をする
ここで、この試合の戦術の流れが一本につながる。
松島が3・4ゲームで成功させた戦術は、
「張本のレシーブを松島のバック側へ集める」
ことだった。
ならば、それに対する張本の答えはシンプルだ。
「そもそも松島のバック側へ返球しない」
そこで張本は、フォア前へのサーブに対して、松島のフォア前へストップする。
これによって松島は、台の中に入ってフォア側でボールを処理しなければならない。
つまり3・4ゲームで作っていた、
松島がバック側で待つ
↓
バックハンドを振る
↓
必要に応じて回り込む
という得意な展開そのものを消すことができる。
張本は単純に「短く返した」のではない。
松島がバック側で待つことを防ぐために、フォア前へストップした。
ここが非常に重要だ。
⸻
「なぜ張本は最初からストップしなかったのか?」
ここは、この試合を見ていて疑問に思う人もいるかもしれない。
「松島のフォア前へストップできるなら、最初からやればよかったのでは?」
と思うかもしれない。
しかし、卓球では常に同じ技術が最適解になるわけではない。
相手が何をしているかによって、その瞬間の最適解は変わる。
1・2ゲームでは、張本のロングサーブへのレシーブが機能していた。
松島はロングサーブを減らす必要があり、張本が主導権を握っていた。
ところが松島が3・4ゲームでサーブの回転とコースを変えたことで、
「張本のレシーブを松島のバック側へ集める」
という新しい戦術が生まれた。
そこで初めて、
「このままバック側へ返球していると、松島の得意な展開になる」
という問題が明確になった。
だから張本は、その問題に対してレシーブを変えた。
つまり、最初からストップを隠していたというより、
松島が作った問題に対して、張本が新しい答えを出した
と考える方が、この試合の本質に近い。
⸻
張本はストップの「次」まで考えていた
さらに、このストップは単発の技術ではない。
松島がフォア前のストップを処理した後、考えられる返球は大きく2つ。
ダブルストップ
または
張本のバック側へのツッツキ
だ。
ここに対して張本も、次のボールを準備していた。
松島がダブルストップを選択した場合、
張本は4球目にチキータを狙う。
一方、松島が張本のバック側へツッツキしてきた場合、
張本は松島のフォア側へバックハンドを送る。
すると松島は、そのボールに対してカウンターを狙うことになる。
しかし、松島は直前にフォア前でストップを処理している。
つまり台の中に入った状態から、さらにフォア側へ対応しなければならない。
十分に体勢を整える時間がないままカウンターを狙うことになるため、ミスが生まれやすくなる。
張本が狙っていたのは、単に「短く返す」ことではない。
ストップを起点にして、その後の展開まで自分に有利な形へ持っていくことだった。
⸻
さらに張本は「構え」まで利用する
ここでもう一つ、非常に面白い変化がある。
松島が3・4ゲームで使っていた横回転系のフォア前サーブ。
このサーブに対して、それまで張本の主な選択肢は、
チキータかツッツキ
だった。
しかし張本は5ゲーム目以降、単純にこの2つを使い分けるだけではなくなっていった。
ポイントになったのが、
レシーブの構え
だ。
張本はチキータを打つような姿勢を作る。
松島からすれば、
「チキータが来る」
と考える。
ところが、張本が最終的に選択するのは、
松島のフォア前へのストップ。
つまり、
構えはチキータ。
しかし、最終的なゴールはストップ。
という変化を見せる。
これは非常に重要なポイントだ。
卓球では、レシーブの種類そのものだけでなく、
「相手に何を予測させるか」
も重要になる。
張本はチキータを打てる姿勢を作ることで、松島にチキータを警戒させる。
そして、その姿勢からストップへ変化する。
これによって松島は、
チキータが来るのか。
ツッツキなのか。
ストップなのか。
最後まで判断しなければならなくなる。
張本は単純にレシーブの選択肢を増やしただけではない。
同じような構えから複数のレシーブを出すことで、松島に的を絞らせなくしていた。
⸻
「技術」ではなく「選択肢」を奪い合っていた
ここまでを見ると、この試合で起きていたことがかなり明確になる。
単純に、
「松島がフォア前にサーブを出した」
「張本がストップした」
という話ではない。
重要なのは、
サーブの回転によって、張本のレシーブの選択肢が変化していたこと。
そして、そのレシーブによって、
次にどちらが得意なラリーを作れるのか
まで変化していたことだ。
つまり、この試合では両者が「技術」を奪い合っていたというより、
相手が持っている選択肢を奪い合っていた。
松島はサーブによって張本のレシーブを限定した。
張本はストップによって松島の得意なバック側の展開を消した。
さらに張本は、チキータの構えからストップへ変化することで、松島の予測まで難しくした。
このレベルになると、卓球は単純な技術勝負ではなく、
「相手にどの選択肢を残し、どの選択肢を消すか」
というゲームになってくる。
⸻
この試合は「サーブの回転」と「レシーブの選択肢」の戦いだった
ここまでを時系列で整理すると、この試合の流れがより分かりやすくなる。
1・2ゲーム
松島が縦回転系を使う。
↓
張本はストップ・ツッツキなど複数の選択肢を持つ。
↓
張本のロングサーブへのレシーブが機能する。
↓
松島がロングサーブを使いにくくなる。
↓
張本が1・2ゲームを取る。
⸻
3・4ゲーム
松島が横回転系へ変更。
↓
フォア前・フォアサイドへのサーブで張本をフォア側で処理させる。
↓
レシーブの選択肢を限定する。
↓
張本の返球を松島のバック側へ集める。
↓
松島が得意なバックハンド・回り込みの展開へ。
↓
松島が3・4ゲームを取る。
⸻
4ゲーム終盤
しかし、横回転系サーブにはチキータを仕掛けやすいという特徴もある。
↓
張本が松島のフォア側へ強いチキータ。
↓
松島が再び対応する必要が生まれる。
⸻
5ゲーム目
松島が1・2ゲームで使っていた縦回転系へ戻す。
↓
チキータを防ぎやすくする。
↓
しかし今度は張本がストップを選択できる。
↓
張本が松島のフォア前へストップ。
↓
松島のバック側での得意な展開を消す。
↓
さらにストップ後の展開でも松島をフォア側へ動かす。
↓
張本が5・6ゲームを取る。
⸻
この試合の本質は「対策の応酬」
ここまでを一言でまとめるなら、この試合は、
「対策の上に、さらに対策を重ねた試合」
だった。
張本がロングサーブを攻略する。
↓
松島がサーブの回転を変える。
↓
張本のレシーブをフォア側へ限定する。
↓
松島のバック側へ返球させる。
↓
松島が得意なバックハンド・回り込みを展開する。
↓
張本が横回転に対してチキータを仕掛ける。
↓
松島が縦回転へ戻す。
↓
張本がフォア前へストップする。
↓
さらにチキータを打つ構えからストップへ変化する。
この流れを見ると、4-2というスコア以上に、この試合がいかに高度な戦術戦だったかが分かる。
⸻
まとめ|張本が勝利した要因は「対応力」
この試合で最も印象的だったのは、張本の技術力だけでも、松島の勢いだけでもない。
相手の変化に対して、自分の戦術も変化させ続けたことだ。
松島は、張本のレシーブによってロングサーブが使いにくくなると、サーブの回転を変えた。
さらにフォア前・フォアサイドへのサーブを使うことで、張本のレシーブを限定し、自分のバック側へ返球を集めた。
これによって3・4ゲームを取り返した。
しかし、張本もそこで終わらなかった。
横回転系サーブに対してはチキータで対応し、松島が縦回転系に戻せば、今度はストップを使う。
さらに、チキータを打つ構えからストップへ変化することで、松島にレシーブの種類を読ませない。
つまり張本は、
「相手の戦術を攻略する」
だけではなく、
「相手が自分への対策を変えたら、それに合わせて自分も変える」
ということを繰り返していた。
この試合の勝敗を分けた最大のポイントは、単純な技術力の差というよりも、
「相手が作った問題に対して、どちらが先に新しい答えを出せるか」
だったのではないだろうか。
卓球は、ただ速いボールを打つスポーツではない。
相手が何を狙っているのか。
その狙いをどうすれば消せるのか。
そして、自分の対策に相手がどう対応してくるのか。
その先まで考えながら、一球一球を選択していく。
今回の張本智和 vs 松島輝空は、まさにそんな世界トップクラスの「読み合い」と「対応力」を見ることができる試合だった。
卓球の戦術とは、正解を知っていることではない。
相手によって、その瞬間の正解を変え続けることだ。
張本が対策する。
松島が対策する。
そして張本が、さらにその上をいく。
4-2というスコアの裏側には、そんな高度な戦術の応酬があった。
