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事大根性

 <終戦後、祖父が感じていたことを満州からの引揚者とそれを出迎える人との二人の対話調で表現したエッセー。内容は時代を感じさせるものではありますがシニカルで現代にも通じる物があると思います。祖父の遺稿をそのまま掲載していますが、旧仮名遣いは現代仮名に直しています。ただ、「ぢ」「づ」等でそのままでも読めるものは敢えて直しませんでした。また、孫の私の付記した部分は<>で括っています。> 
  
 満洲からの引揚者を停車場に出迎えての帰途、黒塀の大きな門構えの家にさしかかると耳の立った大きな犬がギャンギャン、ワンワン吼え懸って来る。癪にさわって石を投ずれば門の内に遁走して行く。
「あれが糞犬根性と云うものですな。自分より弱いと見るとやたらに吼えたり飛び掛かって来たりする。あそこに弱い小サな犬でも連れて行ったら大威張りで咬みつくでしょうが、強いブルドックでも連れて行ったら、しっぽを巻いて奥の方に引込んで仕舞うことでしょう。満洲や蒙古にはあの種の犬が沢山居ります。特に日本人であってあの糞犬のような根性を持った奴が沢山居ります。」
「つまり自分より弱い、勢力も無いと思った者に対しては、飽くまでも強く、惨酷であり、自分より強いと見たらそれに対しては、何処までも恭順な態度を示し、而かも其の強者に対すると弱者に対するとの態度は常に豹変、其処には主義も節操も無い。糞犬根性の持主は、今貴方が引揚げて来た日本内地にも、沢山居りますから、逐次御覧になれることでしょう。」
「満洲に於いても終戦そして引続き蘇聯<ソ連>軍進駐となったら今日の今日まで哈爾濱<ハルピン>あたりに住んで居る露西亜人に対して傲慢不遜の態度を以って事毎に望んでいた満人共が急に豹変、お世辞だらだら恭順其のもののような態度を以ってしたのみならず日本人に対してはあらゆる掠奪暴力いたらざるなく、昨日まで肝膽相照らして背く無き者と信じて居った者にさえ裏切られて、苦境に立った男も数知れぬ程ありますが、それはそれであたりまえと考えても日本人にして日本人を裏切り、露語の片言が出来るのを幸い、蘇聯軍に対して進んで恭順の意を表し、其の手先となって東奔西走日本人の苦難に拍車を掛けるような男が沢山居ったことは誠に残念でたまりませんでしたネ」
「然し、それは数世紀間の長期に亘って『泣く子と地頭には勝たれない』『長いものには巻かれろ』などと云う裡言の下に、糞犬根性と云うか、事大主義と云うか、昔からそんな思想に慣らされて来た日本人のことだから嘆かわしいと云えば嘆かわしい事だが、已むを得ないと云えばやむを得ないことでしょう。内地の日本人には寧ろ満洲で見られたよりも更に程度の甚だしいものがあったではないかとも思われる位ですよ。」
「大陸に出て、いろいろ経験して見ると、日本人なんか其の精神から見ても全くあわれな存在で痩せても枯れても日本人と云ったような偉大さと云うか何と云うか、一寸も頼もしいと云うような点が見られませんでしたネ。其の臆病なこと!卑屈なこと!団結も無ければ結束も無し。長いものに巻かれて自分さえ存在をすれば、あとはどうでもよいと云った犬猫にも劣るような根性を暴露して居りますよ。これでは大国民どころか、絶海の孤島に住み共に相食む野蛮人と評せされても、今日の処仕方はありますまいネ」
「内地の例で見ましたら、未だ非道いものがありますよ!事大主義思想と云えば動物から人間の大部にかけて保有される本能的な存在かも知れませんし単に日本人と云うだけで無く何れの国民にも見得る処ではありましょうが、然し乍ら『弱きを助け強くをくぢく』のが日本人の特性だとか武士道の精神だとか云って居た。そして其処に絶大な誇りと自尊心を持って居た筈の日本人が、いざ終戦となると此の醜態ですから幻滅の悲哀を感ぜざるわけには行きませんネ。終戦と同時に日本はポツダム宣言の受諾となり、忍び難きを忍び、堪え難きに耐えねばならぬこととなった。其の瞬間からそれを見て取った朝鮮人、台湾人の或る者は急に威張りだした。のみならず遽かに思い上った傍若無人の暴行沙汰さえあったが、而かも其の時です。其の不当の乱暴に対して日本人が無条件に卑屈になって屈従しているかの感があった。正々堂々と当然正面から之を抗争し得べき場合でさえ『仕方が無い』と云う卑屈さ。其の根性が逆に言えば今日まで不必要に朝鮮人、台湾人に対して不遜な態度を執って居ったからだと思うと日本人の多くは事大主義の持主、其処には意気地も大国民の雅量も志操も無かったのだと思われて其の点甚だ残念に思われます。」
「弱者に対して強い者ほど、其れに比例して強者には恭順ですよ!
満洲に於いて、終戦後満人に裏切られた、などと云うのも所詮我身を振返って過去を見れば、其の罪は自分にあった、と云う男が多いのです。結局日本人の自業自得と云ったことになるかもと思われます。
其の証拠には昨日まで、日本人の羽振りのよかったときに、多少でも苦境にあった満人に対しても、よく面倒を見、義理を盡して居った者は、今度の場合何れも、満人の為に、危機一髪の時に救われて、虎口を脱して居るものが、沢山あります。弱い者に対して親切だったものは、自分が弱くなったときに、施されるのが之また国境を越えた人情の麗しい処であって、現に私なども平素面倒を見て居った満人に救われて今日今此処に健在で居るような始末です。」
「弱きに対して矯慢、強きに対して卑屈恭順、此の機会主義的な精神は、終戦後の日本人から、早く脱皮させなければ、日本も愈々駄目と云うことになりましょうね!兎に角日本人には自己の正義心と其の所信を貫徹すると云う迫力が乏しいようです。
長いものには巻かれろ!嘗て政党華やかなりし其の全盛時代には、其の横暴跋扈に甘んじ、満州事変以来軍閥台頭すれば、又泣く子と地頭には勝てぬと称して、既往の政党を袖にして為すが儘に卑屈其もののような態度で之に屈従したにも拘らず愈々終戦となれば更に又掌を返すが如くに無条件に軍閥に対して罵詈讒謗の旗色を鮮明にし、而も嘗て属領民であった鮮人、台湾人の横暴なる振舞いに雌伏し、卑屈に立ち廻わり、進駐軍来たって腰を下ろせば、一も二も無く進駐軍に平身しマックァーサー司令部に低頭する。全く其の精神たるや虎の威を借る狐か然らずんば糞犬根性の例に類するもので、而も島国根性で、狭い領域のうちに同胞相食み近隣の諸国民と事を構えんとする。誠に慨嘆に堪えぬ次第です。」
「私達大陸に居った経験から見ますと今後は吾々東亜の民族と東亜に於いてどうしても相結束し相携えて原生の途を誦して行かなければならぬように思うのであります。然らずんば日本も朝鮮も中華民国も何れもが自滅の道を辿るより外<ほか>無いと思うのでありますが、其の最も障碍<しょうがい>となるものは此の事大主義思想だと思います。蘇聯が強ければ確たる思想も信念もなく之になびくと云った心得は甚だよくない傾向だと思います。」
「事大主義思想と云うのは結局自己の生活力が弱く乏しい結果其の生存の上に信念が無く、徹底した自己本位、自己擁護に随すると云う処から来るのぢゃないでしょうか?」
「そんなことも云えると思います。正義の貫徹、道徳の実践或いは義侠と云った観点から強かるべき処に強く抗すると云うことは結局自己の生活とか生存とかの破滅を結果するから、長い者には巻かれろと云った卑屈な考えが生まれ出ることも確かに其の心理の半面ではありますが、更に自己の判断力が乏しい結果確たる定見を持ち得ないと云う無知低識と云った処からも由来すると思います。
商品に就いて見ても戦争前の日本には紡績製品などで相当優秀なるものがあったにも拘らず舶来品と称して外国殊に強国の商品であったら無条件で買い入れる。其処に品物の内容を鑑別する眼識を持たないが為に、一も二もなく舶来品舶来品と流れを追い、甚だしきに至っては、日本の製品を印度<インド:イギリス領だった時代の話>まで持って行ってメードインイングランドとレッテルを張り替えて来ると日本に来てから数倍の値段で売れたと云うこともあったし又最近では日本文字で薬品の名前を付けるよりも仮名で横文字にした商品名を附けると売れ行きがよいと云う話もある。是等もやはり事大思想の一つでありますまいか?」
「そんな例は沢山あるようですネ。満洲などでは夫れがなかなかはげしかったようです。極く最近の例ですが某デパートの如き、値段を高く書いて置きさえすればよく売れると云うんです。其の店では丸帯五百円の正札を附けて置いたがなかなか売れなかったが思い切って正札を二千円と書いて置いたら即座に売れたと云う話もあります。判断力と云うか、鑑識眼の欠如と云うか、其の辺から来る一つの事大思想の一つだと思います。」
「事大主義的思想の例としてはまだまだありますよ。未だ終戦とならない前、所謂軍閥全旺の時代には『私は陸軍省の要職にある某々と懇意にして居ります。』とか、『自分は海軍の某大将と竹馬の友だった。』とか、単に夫れだけのことが、如何にも自分の名誉ででもあるが如く得意がって吹聴して、歩いた男もありました。而もそんな男に限って一度軍閥転落すると、一八○度転廻、軍人や軍閥の関係者には寄っても附かぬ。昨日までは喋々旧知の如く同胞の親交ででもあるが如く語り会って居ったものが、今日からは路傍の人間視して居ると云う態度です。而して進駐軍来れば凡有手段を尽くして其の交友を求めると云う始末だ。」
「彼らに云わせると政治の指導原理など如何でもよろしい。皇道主義可なり、社会主義可なり、共産主義又之を容るべし。自由主義でも三民主義でもよろしい。ファシズムもよければナチズムでもかまわない。要するに早く飯が食えて、甘いものでも手に入る時代が来れば、それで結構。米国から食糧品がきて楽な時代が来るならアメリカの保護国になろうと、属領になろうと我不関焉だと。斯くして小さな自分自身だけせいぜい其の家族までが無事息災であれば親族、友人等は如何なってもよろしいと云うのである。」
「是等は悪い政治が長く続いて政治が国民の信用を失い国民は政治に無関心となったときに起る思想ではありますまいか。」
「今度満洲人などのうちには五族協和の主義で安居楽業の出来た満洲国が今消えて行くのは誠に残念だった。日本人また来てくれと云う声も沢山あったわけですから事大思想の発生は亦政治の良否にも関することだと思います。」
「国民に一貫した主義主張が無く既に宗教信仰如きものが特に破壊せられんとし、道徳は頽廃する。国民は単に其の日其の日の生活的欲求を充たし得るものだけを本能的に追い廻すと云うことになると、其処に国民の精神が據るべき信念を失って機会主義的傾向を帯び迎合主義となり其れ等の変形したものが事大主義の思潮となって露骨に現れ来るかも知れませんな。現在の日本は正に其んな処を往来する禽獣にも等しい状態と云ってもよいではないでしょうか?」
「日本人が蛇蝎視して見下げて居る満洲の馬賊でさえ一定の主義主張や定見を持って居りますし、義理人情の為には命を賭しても向かうべき処に進んで行くと云う勇敢さを以って居りますから、日本人の現状を精神的に見たら馬賊の夫れにも劣る。唾棄すべきものがありますよ。」
「時に先生、満洲で如何なることを営まれて居りましたか?失礼ですけれど?」
「此引揚までは一寸した商売もやって居りましたが、嘗ては馬賊の仲間にも加わって居ったことがありますよ。まあ満洲ゴロの一人と云った方が早いでしょう?アハゝ…。」
「我々が満洲の馬賊と聞くと身の毛もよだつような、怖ろしさと其の惨虐性を直感的に思い浮べられるのですが、其の辺は如何なもんですか?」
「馬賊にも大小いろいろありますから一概にどんなもんだと云うわけにも行きませんが、決して人を殺すのみが能ぢゃありませんし、其の地盤とする地方民に対しては極めて好意的であり、寧ろ其の保護者である場合が多く、官の不当就中<なかんずく>其の搾取や官兵の不法就中その暴力などに対しては其の地方民に対し徹底した味方です。」
「では清水の次郎長、国定忠治てな風の親分肌があるわけですな。」
「まあそんなものでしょう!だから国の政治が善政あること満洲国政府の如きであったら馬賊もこれを理解するに従って逐次其の影を秘そめることになりますが梟雄張作霖の如きものが出て多少でも理不尽な圧政的政治をやるような事になりますと匪賊の活動は極めて活発になって来るわけですナ。」
「でも人質などを取って之を脅迫し大金を捲き上げたりするそうではありませんか。」
「不当な手段で金を溜めて出すべき金を出し吝しみしたりすると直ちに其の者が狙われると云うことにもなります。日本によくある食うに困って強窃盗をやると仝様な小サな物の数にも入らない馬賊は別ですが苟も地盤を持って其の地方に顔を売ってる馬賊はそんなもんです。極めて義理難く人情にも厚く威力もありますが、情けもあるし、困る人を助けると云うことも知って居ります。日本に於ける高利貸しや、軍属成金、終戦成金其の他不義にして富み且つ貴うとしと云った者共は、満洲では馬賊の狙いの的となるわけですな。又それでなければ馬賊なんてな仕事は成り立って行きませんよ。つまり悪政をやる官から見れば匪賊なのですが、地方民から見れば其の立派な擁護者なわけです。」
「それは初めて聞く面白い話ですが、日本にも最近法匪と云うような言葉が出来て此の法匪討伐をやらなければならないなどと云っている者もありますが。」
「それは一時、満洲国にもありましたよ。つまり日系官吏と云う者が満洲国政府内に沢山入り込んだ。仕事も出来もせん癖に矢鱈な月給を貰って人民の実情に即応しない。法律を矢継ぎ早やに作っては住民を法網に引っ掛けて之を苦しめる、と云う処からそんな言葉が出て来たわけでして言わば法律と云う平和的手段に依って民を苦しめるから法匪と云う言葉になったことでしょう。現在は日本にも出来ましたか。政府や政体の変革する或いは革命があるドサクサの場合によく出るものだと思います。」
「此の法匪と云う奴、低識無智の我々百姓から見ると、誠に困ったもんです。」
「満洲国の法匪でも仝じわけだったと思いますが、彼等が法律を作ると云う動機は頗るよかったのでありますが、其の結果から見れば住民の実情を知らず、其の生活様相を知らないために観念的に机上で作り上げた法律だったから結局住民を苦しめて、悪い意味に於いての匪賊行為と仝様、人心に不安を与え治安を乱した結果になったのであると思います。」
「日本に於ける法匪は其の善意さえ疑われる実情です。いや供出、やれ統制、物価の公定、何々等々と矢継ぎ早やに法令を発布する。例えば法律第何号某月某日公布即日施行と云った調子です。処が我々農民が毎日官報を見得るわけでもないし、新聞にも現れないものがあるし、村の常会の話題にも登らずにドンドンと改廃せられゆく法令には到底追い付くことも出来ないと云う始末でうかうかして知らずにやってると意外に善意にやってることでも、法網にかかると云う始末であぶなっかしくて、世の中が渡れないで誠に不安に脅かされております。」
「自由主義の世の中にも法律上の拘束はあるわけだし、殊に自己の自由意思で代議士を選出し、其の代議士連中が寄ってたかって論議した揚句成立した法律には絶対に服従せなければならないのだから、理論的には自分の意思に反した法令が次から次へと矢継ぎ早に発布されて見た処で仕方なく泣き寝入りと云うわけだが、相当に圧政的な拘束を要求するような政治が行われると云う矛盾が生ずるわけですネ。」
「法令を作って発布することには異論は無いにしても、如何にして其の発布された法令が我々の頭の中に徹底するかの時間的問題があるわけです。」
「日本はあまり中央集権に過ぎるから、結局地方の実情に適さない法令が出ると云うことになるので、農政などは地方庁に委かすこととして農林省など廃止した方がよいかも知れませんネ。」
「現在ではまるで闇商人や営団関係者の懐を肥やす為に農林省があるようなもので全く農民の為にはあってもなくてもいい農林省のようですナ。」
「結局農政を行う官僚達と農民の気持ちとが完全に遊離して居て法令悉くが農民から見れば法匪の作った法令と云うことに見えるわけでしょう。」
「例えばです。営々辛苦自分で作った米を正直に供出せよと云うから、真正直に供出した。七月頃になると自分の保有米が無くなったので其の配給を待って居たら何時までたっても配給は無い。保有米が無くなったら、配給してくれる筈の其の米が来ない。結局背に腹は代えられぬから、闇屋から頗る高い値段に買って辛うじて其の日の糧に充てる。処が其の金は、百姓の金は全部封鎖されて仕舞ってあるので、結局近所の高利貸しから鍋釜抵当に秋まで約束で借金すると云う始末。此んなことなら初めから供出せずに闇で米を売っとけばよかった。現に供出せずに闇で売り飛ばした奴も居る。其の人達は新円を沢山持って居るから農民の金は全部封鎖と云うことになっても痛くも痒くも無いわけだが、正直者の我々は全然生きて行けぬ世の中になったわけです。先達ても還元米の配給があったと思って喜んで居たら一度配給して置いて其の翌日配給米が足りなくなって来たから又それを出せと云って持って行かれて仕舞った。こんな百姓を愚弄するのは結局法匪あるが為だ。
満洲の馬賊なら仰るように義理人情にも富んで居るからこんな時には大いに活躍してくれるわけであろうが日本の法匪は闇商人の都合のよい法令を出し法網をくぐり得る邪腕のある不徳漢がたらふく食って沢山の金を持つと云うことにもなっているわけです。」
「汽車の中などで途中聞いてきた話では、農民は終戦後非常に景気が良いと云う話だったがそうでもないわけですネ。」
「土地を比較的多く持って沢山耕作し法網をくぐり統制の眼を誤魔化して行く不徳漢には恵まれたよい時代かも知れませんがそんなのは村でも三分の一にも上りますまい。あとは皆々ピーピー其の日の糧にも困るものばかりです。」
「事大主義の法匪は弱い百姓ばかりいぢめていると云うわけですネ。」
「法匪達は有力商社の重役には決して頭があがらないらしい。第一は彼等よりの収賄によってであり、第二に法匪のうちには彼等の親戚縁者が居るから其の迷惑になるような法律は決して作らない。第三には法匪は何れも事大思想の持主だから弱い百姓はいぢめても会社の重役にはペコペコと云うわけですか。」
「そんなもんですかネ…。」
「全くそうとしか思いませんネ。三月三日に行われた旧円の封鎖にしてもチャンと其処にはぬけ道があって法律の詳しい奴はドンドン株式に切り替えて新円にすることが出来たが、ボンヤリして居た百姓達は医者にかかるにしても其の支払いの手続きだとか農会に行くとか随分めんどうな思いで、田植えの忙しい時に三日も四日もあちらに行きこちらに走って漸く始末をつけることが出来たと云うわけです。肥料会社に勤めて居る労務者は一か月八百円とか一千円とかべらぼうに高い新円を手に入れて居るのに、国民生活に欠くべからざる米を作る百姓の生産品は供出の名に於いてドンドン低廉に奪い去って行く。而も百姓に必要な肥料、農具、地下足袋等の必要品は殆ど絶対と云ってもよい位入手できない現状です。斯くも農民を愚弄し圧迫し行く法匪、彼らは事大主義、機会主義、迎合主義、出世主義、全く何時かは彼等の首玉をひんねぢってやりたいようです。」
「事大思想!それは確かに日本に取って病根の一つである。」


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