何かを持っていないと社会とつながることはできないのか?
「つながり」
ありふれた言葉。
でも、普段それについて改めて考えることは少ない言葉だとも思う。
どんなときにそれを感じ、どんなときにそれを失ったと感じるのか。
もし、つながりについて考える必要がなく、「つながりがなくて辛い」とも感じることもないのなら、それは「特権を持っている」と言えるのかもしれない。
日本に、こんなデータがある。
就業率(15歳以上人口に占める就業者の割合):61.7%
精神障害者の正社員及び正社員以外での就業割合:27.3%
どこでつながりを感じるか。
様々あるだろうが、その一つには「はたらくこと」があると思う。
上記のデータからは、現状として「精神障害を理由として就労率に差がある」と言わざるを得ない。
「はたらく」、そのときに活かせるものはどんなものだろう。
1.スキル(技能・技術)
2.経験・知識
3.個性・特性
4.環境への適応力
「何かを持っていること」が悪いわけではない。
自分の「持ちもの」を活かして、つながりが生まれる場面もあるだろう。
何かを手に入れることやそのプロセスに喜びを感じることもあるだろう。
ただ、「何かを持っていないと全くつながりが持てない社会」は息苦しい。
それは、言い換えると「つながりを保つために常に何かを持たされる社会」だからだ。
今ある「つながり」の中で、「自分の持ち物を手放した状態」であっても、継続される「つながり」はどんなものだろう。
自分の「持ちもの」ではなく、「持ち味」を活かして継続される。
そんな「つながり」もあるべきだと思う。
「つながり」を持つためには、何が必要なのか。
もしくは、何かが必要なのか。
皆さんは、どう考え、感じるだろう。
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