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失意に引きずられない

今、ブラッドベリチャレンジで、「歩くという哲学」という本を読んでいる。
今日読んだページにこんなことが書かれていた。

サティヤーグラヒ(不服従者)の主たる徳とは、内面的なセルフコントロールである。殴られても殴り返さずにいられること、不当に逮捕されても抵抗しないこと、屈辱的な仕打ちをされても、罵倒されても、侮辱されても、一切反応せずにいられるように心を整えておくこと、このコントロールは二重のものであり、カッとせずに、怒りの発作を抑えることだけでなく、失意や
怯懦きょうだに引きずられないということでもある。

宗教的精神と政治(ガンディー)

二重のコントロールのうち、「失意や怯懦に引きずられない」というもの。
これはどのように体現できるのだろう。
殴られても殴り返さない、嫌な言葉に嫌な言葉で言い返さない、うんざりする態度にうんざりする態度を取らない。
このように一時的に「カッと」なることは抑えられたとしても、後から「失意や怯懦」に引きずられてしまうこともある。
それは、嫌な言葉に対して、「何も言い返さなかった」というところから生じるのかもしれない。
嫌な言葉では反応したくないけれど、「ただ、自分でいたい」のだ。
ただ、「それは自分にとって嫌な言葉です」と、その場に置きたいのだ。
自分の言葉を置くことができたのなら、「失意や怯懦」にも引きずられずに済むかもしれない。
無反応でいることと、ただ自分でいることは、違う。

ガンディーが体現していたこととは違うのかもしれないけど、そう思った。

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