探検?遭難?サバイバルアマゾンツアー⑤
⑤ワニを食べるのか、ワニに食べられるのか、それが大問題だ
サラサラの真っ白なシーツが敷かれたベッドで目が覚め、昨晩の真夜中の脱出劇は悪い夢だったんだ、やっぱりわが家はいいよね~
という夢から覚めると、全身泥まみれのずぶぬれの僕が荷台に転がるトラックは、停車していた。しぶしぶ現実を受け入れ起き上がると、目の前には昨日ピラニア釣りをした湖の倍ぐらいの広さの水面が広がっている。
脱出後、朝日を見た記憶はあるが、完全に数時間、爆睡(気絶)していたらしい。太陽はほぼ天頂に位置し、凶暴な日差しが降り注いでいる。
「いや~、さすがに昨日の嵐には参ったな。hahaha~」と、一ミリも悪びれることなくホルヘが笑う。もうツッコむ気力もない…。
とりあえず、クーラーボックスに入れていたおかげで浸水を免れたパンとハムなどを流し込み朝食兼昼食とする。少し元気が出てきた。
それから湖の水をバケツで汲んで、頭からざんぶとかぶる。わずか一日で、ひ弱な現代日本人の五感はシリシリと摩耗し、もうどうにでもなれと行動が分かりやすく雑になってきている。当時僕はバリバリの20代、若さってすごい。
40代の中年おっさんらは、僕の倍速で完全回復した模様で、「たった今スタートラインに着きましたけど何か?」ぐらいのテンションで、トラックの荷台に積んでいたボート(10人くらいが乗れる結構なサイズ)を、よいさよいさと降ろし湖に浮かべた。
くわえタバコのホルヘが、満面の笑みでボートのエンジンを始動させながら叫ぶ。
「よーしお前ら、今回のツアーのメインイベントだ! ここは俺のとっておきの穴場だ。ボートで沖まで行けば、大物が釣り放題だぜ!!」
読者の皆さんはもうお気づきだと思うが、ホルヘの洞察力、判断力、説得力、いずれもかなりヤバい。うっかりピッチャーとしてマウンドに送り込んでしまったら、おそらく全球デッドボールをたたき出すだろう。
が意外にもホルヘは、ボートには乗らないと言う。
「おれは、もうここには何回も来てるからな。ナンドと一緒に、森で狩りをしてるさ。夕食は派手にバーベキューといこうじゃねえか!楽しみにしてろよ!」
鉄砲を担いだホルヘと森に入るのはまっぴらごめんなので、僕は迷わずボートに乗った。
7~8人のおっさんと一緒に乗り込んだボートは、軽快なエンジン音をたてながら湖の沖へ向かって走る。こんなでかい湖が、アマゾンには数えきれないほど点在しているのだ。
岸からかなり離れたポイントでエンジンを止め、釣り糸を垂れる。おっさんらは、50センチくらいはある、見たことないデザインの淡水魚を次々と釣りあげる。好きな人には堪らないシチュエーションだろうが、ド素人の僕はピラニアしか釣れない。(「ピラニアしか」と思ってる時点で、もうかなりズレている…)
2時間もたつと、食べきれないほどの魚でボートはいっぱいになり、飽きっぽいおっさんらは、「もういいだろ、戻ってビールにしようぜ。」
エンジン再始動。 「ブルンブルン、プスンプスン、シーン」。
乗客全員が「えっ?」。
さあもう一度、「ブルンブルン、プスンプスン、シーン」。
三回目だ、「ブルッ、シーーーン。」
エンジン完全停止! もう、ウンともスンともいわない。
と、その瞬間、ボートから10メートルほど離れた湖面に、「どぅぼん」という擬態語とともに、茶色の物体が一瞬現れた。10秒後、今度ははっきり、「3メートル大のワニの背中状の物体」が「どぅぼん」。
「ねえ、今のまさかワニじゃないよね?」と隣のおっさんを見ると、引きっつった笑いを浮かべ、「あのでかさはヤバイ…。おいっ! みんな、オールを出せ! オールがない奴は板でも何でもいいから漕げっ!」
そこからは全員が声にならない叫び声と、汗と鼻水を垂れ流し、全力で岸に向かって漕いだ。僕も一生分漕いだ。漕ぎながら恐る恐る後ろを見ると、ギザギザ背中がぴたりとついてきている。あの巨体で体当たりでもされた日にゃ、こんなボートは木っ端みじんで、夕食のおかずになるのは自分たちだ。
実写版ワニワニパニックだ。こんなシーン、昭和のトムとジェリーでしか見たことないぞ。
いったい何分くらい漕いでたのか分からないが、食材になる前にポンコツボートは岸に突っ込んだ。全員、転がり落ちるようにボートから飛び出し、最速の四つん這いで水面から逃げた。食いっぱぐれたワニは、残念そうに沖に消えていったのであった。
とりあえず、今日も僕は、生きている。
