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マゼランは地図を持たない②

マゼラン艦隊は、案の定、地獄よりも地獄を味わうことになる。

1519年にヨーロッパの港を、5隻300人弱で旅立ったマゼラン艦隊が、1522年に奇跡的に地球を一周して戻ってきたとき、18人になっていた。当のマゼラン船長は、かかわる必要のない争いごとに首を突っ込み、東南アジアで殺害されている。

パタゴニア最南端のフエゴ島はだいたい南緯50度。現代の船乗りたちからも「吠える40度」「狂う50度」「絶叫する60度」と恐れられる凶暴な海で、さらに周辺の地形も複雑、海流も風も不規則とめちゃくちゃなのだ。当然、死ぬほど寒い。うっかり濡れれば即死だろう。
そんなところに、食料も水も尽き、栄養失調と壊血病で体はボロボロ、地図も無線もGPSもなく、行くも地獄引くも地獄、で突っ込んでいくしかなかったマゼラン艦隊が気の毒でならない…。

人間の気配がゼロの場所を、その先に何がどうなっているのかわからない状態で進む、という状況は、人間が味わう恐怖の中で最大級のものではないだろうか。
「俺の人生、どこで間違った…」
「ヨーロッパの地獄にとどまっていた方が、まだましだった」
「こんなことになるくらいなら、こんなことになるくらいなら」
「何でもしますから神様、故郷に帰してください」
「故郷に帰れなくてもいいから、ここから出してくれ!」

人間が味わう最大級の後悔と呪いの言葉をまき散らしながら、マゼラン艦隊は奇跡的にこの迷宮をくぐり抜けた。
が、その目の前には、世界最大の、ヨーロッパ人にとって未知の「太平洋」という地獄が広がっていることを、まだ誰も気づいていない。
このルートは、のちに「マゼラン海峡」と呼ばれることになる。

「ペンション・ウエノ」があるウシュワイアの町は、「マゼラン海峡」よりもさらに南に位置する。
この町の目の前の海は、「ビーグル水道」と呼ばれている。あの有名なチャールズ・ダーウィンが乗った「ビーグル号」が通過したことからこの名がついたらしい。

1997年の僕は、この海を、のんきな観光船でサンドイッチをかじりながら通過した。
マゼランたちも見たであろう、野生のアザラシやペンギンが、のんびりとゆったりと海面を漂っている。ウシュワイアの上野さん夫婦の、仙人のような穏やかな笑顔が重なる。

人は生き方を選べるのだ。