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僕と生物学は、こんなつきあいでした①

僕は、植物や動物を「愛でる力」がかなり低いと思う。
が、生物が嫌いなわけでも、大の苦手というわけでもない。
小学生の頃はごく普通にカブトムシの飼育や昆虫採集もしていたし、今でもヤモリやGも平気で対応できる。
妻や娘は、僕のことを「即日無料対応・いきもの係」と思っている節があり、やれ玄関の隙間からヤモリが入った、やれ天井にカナブンが止まっている、などなどクダラナイ緊急要請の度に出動する忙しい日々を送っている。

しかし、農家の息子として生まれたのに、サボテンすら枯らしてしまうし、10年近く飼っている雑種犬タロウ(そもそも名前が雑)と戯れ合ったことは5回くらいしかない。
きれいだな、かわいいな、とは思うが、動植物園には行かないし、動物番組も全く見ない。

しかし、「生物学者という生物」にはとても興味がある。
人間の言葉で会話ができない相手を何とか理解したいという執念。
エントロピー増大の法則に一見反する「生命」がなぜ存在し、なぜ存続してきたのかの謎を知りたいという、汗まみれ大格闘の記録は、読んでいて本当にわくわくする。この人たちの人生は本当に楽しそうだなと思う。

その分野で最近読んだストライクの本を数冊ご紹介します。


『ハチは心をもっている』(ラース・チットカ、みすず書房)

小学か中学の時の国語の教科書に、「ミツバチはダンスでエサの在りかを仲間に知らせている」みたいな話があって、へえ~と思った記憶がある。

たまたま見つけたこの本は、ここ一年間で読んだ本の中でもかなり上位に入る面白さだった。

社会性昆虫の、ダンスどころじゃない知性に関する最新の研究記録だ。
例えば、われらが人間さまは、

「3年生の先輩の動きを遠目に見て、生徒指導の先生に見つからない穴場を1年生が知る」
「いつもとちがう少しお高いスイーツを食べると、なんとなく気持ちがポジティブになる」
「引っ越し先の候補をいくつか内見したうえで、通勤距離や周囲の飲食店などを比較し、家族会議で最終的に一つに絞る」 
「初めてドライブする道だけど、なんとなくコンビニがありそうな場所が分かる」
「寝る前に明日の仕事のシミュレーションを脳内でやってみる」

等の行為を意識的に、無意識的に日々やっている。

「それと同じようなこと全部、ハチも、やってるようですよ」という本。

単なる「人間目線の勝手な思い込み」ではなく、どうすれば客観的・科学的に昆虫の「心(知性・感情・意識)」を推し量り、証明できるのか?

比喩でも何でもなく、ハチ(昆虫)に心が宿っているようだという事実もすごいが、そこにたどり着くために、科学者が考案してきた数々の実験がとにかく面白い。
「人間は、動物を見てこんなふうに決めつけがちだが、このような思い込みの可能性もあるので、ここを対照実験で比較すれば、この疑いは晴れる」。
全く伝わらないが、そんな事例が目白押しだ。

最新技術の進歩にも、うなるしかない。
ハチの脳波を解剖学的に調べたり、一匹ずつの背中にセンサーを装着することで、ハチの一生(数週間程度)の全行動をモニターしたり…。

そして、その変数だらけの複雑なデータを、
「すごい、こんなふうに分かりやすくまとめて図示するのか!」という点もマニアックに面白かった。


ハチの脳とその認知能力についての大きな謎は、「どうして、ハチのような小さい脳の動物に、これほど複雑なことがいろいろできるのか」ということではない。むしろその逆だ。「なぜ、ハチのような大きい脳を必要とするのか?」

『ハチは心をもっている』P204

「こんな単純な仕組みしか持たない生物が、人間みたいな複雑なことができるってすごいですね!」という視点のテレビや本はこれまでもあった。

が、答えはもっと、すごくシンプルかもしれないのだ。
「人間の文明や文化に近いものを作れる生物は、少なくとも人間に近い知性や意識をもっている」
「大きく複雑な脳を持っているということは、日々考え事をする必要があるから」なのかもしれない。人間さまが認めたくなくても。


僕は小学生のころ、春休みに近所の田んぼで野球をしようと、友達数人でレンゲ草をむしり取り、グラウンドとして整地した。そのレンゲ草を積み重ねてベッドを作りごきげんに昼寝をしていて、ミツバチに手の甲をブスリとやられたことがある。

あの時、僕を刺したハチは、
「自分の家を攻撃する害獣の体の範囲がここからここまでであるということをきちんと認識し、自分の内臓に連結された毒針ユニットを引きちぎる痛みと覚悟をもって、自分が育った巣と仲間の顔を思い出しながら死んだ」
かもしれないのだ。
小説でも安っぽい擬人化でもなく、科学的事実として!

令和の現在、ハチに刺される経験は、「マムシに噛まれました」というくらいレアなことになりつつあるかもしれないが、人間が日々食べている野菜や果物は、ハチの受粉行動なくしては成り立たない。

近年、そのハチが集団で姿を消してしまう謎の現象が世界中で問題になっている。単純なマシーンとして扱ってきた(そう思わないと殺虫剤は撒けない)昆虫などに、本当に「心(知性・感情・意識)」があるならば、僕たちはどうふるまえばいいのか? ニンゲンみんなが読む価値がある本だと思う。

「僕と生物学は、こんなつきあいでした②」に続く。