☕書く意味、そして意義。気まぐれに書くエッセイ⑦―「それでも書き続ける理由」を、もう少しだけ考えてみる
誰に頼まれたわけでもなく、
収益を求めたわけでもなく、
ただ「書きたい」という気持ちに導かれるように続けてきた日々。
不思議ですよね。
自分はなぜ、ここまでして文章を書きたくなるのでしょう。
最近その理由を、もう少し深く考えるようになりました。
✏️ 書くことで、心の奥に沈んでいたものがすくい上がる
忙しさや疲れの中で曖昧になっていた気持ちが、
文章にすると途端に輪郭を持ちはじめます。
「ああ、自分はこう感じていたのか」
その発見が、静かに心をほどいていく。
文章はやっぱり、自分の内側に降りていく作業です。
書きながら整理され、整えながらまた書く。
その反復の中で、少しずつ自分に戻っていく。
🌙 そして、言葉の奥には「誰か」の存在がいる
不思議なことに、
無料で書いていても、文章って“独り言”にはなりません。
画面の向こうに、
「読むかもしれない誰か」が必ず浮かんでくる。
スキがなくても、コメントがなくても、
その存在をぼんやりと想定して書いている自分がいる。
だからこそ、
読みやすくしようと思うし、
構成も整えようと思うし、
“誰かの時間を奪わないように”という線引きが生まれる。
無料で書いている今のほうが、
むしろ言葉の純度は高いのかもしれません。
🕰️ 読むことは「他人の時間を分けてもらう」こと
最近は、自分が誰かの文章を読む時間が増えました。
もともと読書は好きでした。
フィクションも、ノンフィクションも、
エッセイも、日記も、ノウハウ記事も。
読むたびに思うのです。
その人が何年も積み重ねてきた経験が、
たった数分で自分の中に流れ込んでくる。
これはもう、
「学ぶ」というより
“時間をもらっている” 感覚に近い。
だからこそ、読む行為は尊い。
本を読むことも、
文章を読むこともやめられないのは、
自分の中にない世界を分けてもらえるからなんですよね。
🌿 誰かの言葉に触れると、自分の言葉も動き出す
最近、いろんな文章に触れていて実感します。
丁寧に書かれた文章は、
その向こう側にある生活や価値観まで伝わってくる。
熱のある文章は、
書き手の人生がそのままにじみ出てくる。
淡々とした文章は、
読む人の心をそっと落ち着かせてくれる。
そんな文章たちに触れると、
自然と自分もまた書きたくなる。
書きたくなるから読むし、
読むからまた書きたくなる。
この静かな循環が、
今の私を支えている気がします。
🌌 無料で書いている今だからこそ、見えてくる景色がある
エッセイを書いているとき、
私はまだ“学ばせてもらっている側”だと思っています。
たくさんの文章を読み、
感じ、学び、吸収している最中だからこそ、
自由に書けることが嬉しい。
書くことが目的ではなく、
誰かと静かにつながるための手段でもなく、
ただ「この瞬間の自分を確かめる行為」であり続ける。
そんな今が、とても心地いいのです。
📘 おわりに ― あなたの時間を受け取って書いています
文章を読むという行為は、
自分の人生の時間を差し出すことです。
その時間を、
あなたがこの文章に預けてくれたこと。
それは決して当たり前ではありません。
その重さを忘れずに、
私はこれからも、静かに言葉を綴っていきます。
読んでくださって、ありがとうございます。
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