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【GS】途上国とインドネシアが教室にやってきた、静岡サレジオGSクラスの探究 Vol.8

「正解のない時代」。
しばしば耳にするこの言葉。
それでは「本当の学び」って一体どこにあるんだろう?

教科書をめくり、英単語を暗記し、テストの点数に一喜一憂する。
そんな「当たり前」の風景のすぐ隣で、全く異なる次元の学びが産声を上げていました。

2026年6月20日(土)静岡サレジオ高校、GS(グローバル・スタディーズ)クラス。
総合的な探究の時間」が3時間行われました。

バングラデシュ・ケニヤ・ネパールなどの若者とスマコレでつながり、インドネシアの教育現場から「役割の融解」という哲学を学ぶ。

そのような、普通の高校の授業という枠組みを軽々と飛び越え、教室そのものが世界の一部へと変貌した、濃密すぎる一日の記録を詳しくお届けします。

1. 「途上国が日本を救う」? 常識を覆す逆転の発想

1限目。

まずスタートを切ったのはスマコレの企画・設計者である田阪真之介さん。柔らかな物腰ながら、その瞳の奥には教育への強い信念が宿っていました。

田阪さんの語るビジョンは、前回の探究の時間につながる「逆転の発想」でした。

「これまでは、先進国が途上国を一方的に支援し、教えるのが当たり前だと思われてきました。
でも、スマコレが目指すのはその逆です。
『途上国の若者たちの知性とバイタリティを借りて、日本の英語教育が抱える課題を解決する』
これが僕たちのビジネスモデルであり、教育モデルです」

日本の生徒は、安価で質の高い、そして何より「人間味のある」フィードバックを、海を越えて受け取ることができる。
一方で、バングラデシュなどの優秀な若者たちには、自らの教育的素養を活かした正当な報酬と、日本の子どもたちの成長を支えるという「誇りある仕事」が生まれる。
これは単なるボランティアではなく、持続可能なWin-Winのグローバル・パートナーシップなのです。」

田阪さんは、最新のテクノロジーと向き合う生徒たちに、あえて厳しい言葉も投げかけました。

「今の時代、AIを使えば、一瞬でそれっぽい英文を完成させることはできるでしょう。
でも、それは心のない、いわば『はんだ細工』のような、脆くて冷たい文章です。
AIは効率的にミスを指摘してくれますが、あなたの考えに共感し、応援してくれることはありません
だからこそ、効率の罠に陥らず、必ず自分の言葉で、生身の人間として世界と向き合ってください

効率化と自動化が加速する現代において、あえて「人間同士の泥臭いつながり」を教育の核に据える。
その力強い哲学に、生徒たちは静かに、しかし深く頷きながら、真剣な眼差しを向けていました。

2. 英語は「お勉強」じゃない、世界と対話する「ツール」だ


1限目の途中と2限目。

GSクラスの担任、アンドリュー先生の授業は、文法の解説でも単語のテストでもなく、いきなり「文学」と「五感」への問いかけから始まりました。

スクリーンに映し出されたのは、「FOOD is FANTASTIC!」という、思わずお腹が鳴ってしまいそうな鮮やかなスライド。

アンドリュー先生が導入に選んだのは、フランス文学の巨塔、マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』でした。

紅茶に浸したマドレーヌの味と香りをきっかけに、主人公の幼少期の記憶が鮮やかに蘇る。心理学でも有名な「プルースト効果」のエピソードです。

「料理は単なる栄養補給じゃない。それは文化であり、個人の記憶であり、そして未知の世界とつながるための最も身近な入り口なんだ」

アンドリュー先生の情熱的な語り口に、生徒たちは身を乗り出します。
取り組む課題は、日本食と洋食の比較や、自分の住む静岡の町の魅力を英語で表現すること。
しかし、ここからがサレジオGSクラスの真骨頂です。ここで使われるのが、「スマコレ(スマートコレクション)」という画期的なツールです。

 これは、単にAIが機械的に赤字を入れる添削サービスではありません。
生徒たちがキーボードを叩き、画面の向こう側に送信した英文をリアルタイムで受け取り、丁寧に添削してくれるのは、バングラデシュやケニアといった途上国で暮らす、極めて優秀な若者たちなのです。

生徒のPC画面を覗き込むと、「Brian from Kenya」といった添削者の顔写真と名前が表示されています。
「あ、ブライアンが私の書いた英作文に『It sounds interesting!』ってコメントしてくれた!」 一人の生徒が嬉しそうに声を上げます。

「誰に伝えたいか」という宛先が明確になった瞬間、生徒たちのペン(キーボード)には、単なる課題消化ではない「命」が宿ります
文法が正しいかどうかを気にする前に、「自分の好きなものを、遠く離れた国の友人に分かってほしい」という切実な欲求が先行する。

英語を「学ぶ」対象としてではなく、世界と対話するための「血の通ったツール」として使いこなす。
そのワクワクとした高揚感が、教室の隅々まで満たされていました。

3. カナダを経てインドネシアへ。ロールモデルが語る「学びの形」

休憩を挟んだ3限の後半。
教室の空気が一段と熱を帯びました。

GSクラスが誇る「最大のロールモデル」の一人、野中大暉(のなかだいち)くんが登壇したからです。

野中くんのこれまでの歩みは、まさに「探究」という言葉を体現したような、驚きに満ちたものでした。
静岡サレジオにわずか4ヶ月在籍した後、単身カナダの高校へ留学
そこでの経験を経て、彼が次に向かったのは、多くの日本人が想像する「先進国」ではなく、急成長を遂げる東南アジアの大国、インドネシアでした。現地のキリスト教系エリート校(SDH)に一人で飛び込み、2年間を過ごししました。

そして2年間のインドネシアでの高校生活が終わり、日本に戻った翌日にこの講演をしてくれたのです。

ちなみに野中君が飛び込んだSDHは、静岡サレジオがまもなく提携するインドネシアの21の学校の一つです。

 スライドに映し出されたタイトルは、「学びの形を探して 〜サレジオ→カナダ→インドネシア〜」

彼が語るインドネシアの教育現場の実態は、僕たちのステレオタイプを鮮やかに裏切るものでした。

インドネシアのSDHでは、ほぼ全ての教科がPBL(課題解決型学習)をベースに進められます
教室では英語が当たり前のように飛び交い、生徒たちが自ら社会の課題を見つけ出し、その解決策を求めて激しく議論する。
そこには、日本の教室ではなかなかお目にかかれないような、圧倒的な熱量と当事者意識がありました」

 もちろん、その道のりは決して平坦ではありませんでした。
スライドには、現地での何気ない日常の風景とともに、言葉が通じず孤立しそうになった瞬間や、文化の違いに戸惑った経験も率直に綴られていました。
しかし、それらの壁を乗り越えさせたのは、インドネシアの友人たちが差し伸べてくれた温かい手と、野中くん自身の「もっと知りたい、もっと深く繋がりたい」という純粋な情熱でした。

また彼はインドネシアについてこのようにも語りました。

かつては支援の対象だったインドネシア
しかし革新的な教育システムや、自国を自分たちの手で発展させる熱気と面白い人材を知るにつれ、僕の中でリスペクトの対象となっていきました。」

「今では経済的な意味合いを超えて、次世代を生きる日本の学生にとって、共に成長する最高のパートナーとなる国だと確信しています。」

現在、インドネシアの大学受験に向けて準備を進めているという野中君。
彼の言葉には、机上の空論ではない、自らの足で歩き、自らの目で見てきた実体験に裏打ちされた、ずっしりとした重みがありました。

後輩である生徒たちは、少し年上の「先輩」が語る壮大な冒険譚に、自分たちの未来を重ね合わせるように見入っていました。

4. 「教える人」と「教わる人」が溶け合う瞬間

野中くんの講演の中で、僕の心に最も深く突き刺さった言葉があります。
それが、「役割が溶ける瞬間」という表現です。

 「学校には通常、教える先生がいて、教わる生徒がいる。
でも、本当の学びが起きる場所では、その固定された関係性が溶け合って、全員がフラットな『学ぶ人』になるんです」

この「役割の融解」というコンセプトこそ、サレジオGSクラスが目指している教育の本質そのものです。
先生も生徒も、日本人も外国人も、あるいは支援者も被支援者も。
既存のラベルを脱ぎ捨て、対等なパートナーとして、まだ誰も答えを知らない複雑な社会課題に挑んでいく

5.インドネシア研修旅行第2回説明会

午後に開催された、インドネシア教育旅行第2回生徒・保護者説明会にも野中君は参加してくれました。

そしてホームステイ先でのリアルな生活や、現地校での交流プログラムについて具体的に語ると、会場にいた保護者の方々の表情が、最初は不安げだったものから、次第に「我が子にもこんな経験をさせたい」というワクワクとした期待の色へと変わっていくのが分かりました。

 6. 終わりに:サレジオGSクラスで、世界はもっと近くなる

土曜日のわずか数時間。
しかし、その短い時間の中で語られたのは、地球の裏側で懸命に生きる誰かの人生であり、テクノロジーが切り拓く未来の教育の形であり、そして何より「自分はこの世界でどう生きたいか」という、根源的な問いでした。

静岡サレジオGSクラスの探究で行われているのは、単なる「知識の伝達」ではないということです。
それは、英語というツールを武器として手にし、テクノロジーを駆使して物理的な距離を無効化し、そして何より「他者への想像力と共感」をエネルギーにして、世界という広大なフィールドへ飛び出すための、力強い助走期間なのです。

もしあなたが、「学校の勉強って、一体何のためにあるんだろう?」と、無味乾燥な教科書を前に立ち止まったことがあるなら。
もしあなたが、「ここではないどこか、もっと広い世界を見てみたい」と、心の奥底で願っているなら。

ぜひ一度、静岡サレジオGSクラスの扉を叩いてみてください。 そこには、あなたの凝り固まった「役割」を優しく溶かし、まだ見ぬ新しい自分に出会わせてくれる、世界で一番熱い学びが待っています。

さあ、あなたも「学びの形」を探す、終わりのない旅に出かけませんか?


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