『白虎の路』 甲州街道とうりゃんせ 9
その9 「1stデート」
1stデート
1.ふるさと湘南
浅川直人が宮下公園横にアストロを停めると、程なくして桐嶋奈津子が現れた。
「よぉ、久しぶりっ!」
「おまたせぇー!」
「あ、バック後ろの席に置いとけば」
日帰りのデートの割には、大きなバックだ。 直人は、そのバックを受け取るとセカンドシートの上に置いた。
「ありがと」
奈津子が助手席に乗り込んでシートベルトを締めたのを確認すると、直人はアストロを走らせ始めた。
「とりあえず、江ノ島でも良いかな?」
「うん、でも、なんで江ノ島?」
「俺んち、実家、鎌倉なんだ」
「へぇー、そうだったんだ」
とりとめのない会話を交わしながら、ルート246を南下、玉川インターから第三京浜に入って江ノ島へと向かって行った。
江ノ島に着いて、アストロを駐車場に停めると防波堤へと足を運んだ。
「うーっ、なぁんか、天気も良いし、気持ちいい!」
「うん、ほぉーんと良い気持ちだね」
「でもなんか、腹へらね」
「へっへぇー、ハイっ!」
そう言うと奈津子は包みを差し出した。
「ん、なに?」
「なっちゃん、お弁当つくって来たよ」
「えっ、なに、マジっ、やたっ!」
「卵焼きだけ、だけどね(笑)」
思いがけない,奈津子お手製の弁当は、今目の前にあると云うだけで、未だ口を付けるどころか見てさえいないのに、直人は、腹が満たされたような温かな満足感に包まれていた。
「ねっ、食べよっ!」
「あ、あぁ、うん!」
空いているところに腰掛けて、何処を見るというでもなく、ただ海の方を眺めながら、二人並んで、おにぎりを頬張った。
「うっ・・・」
「ほら、あわてて食べるからだよぉ・・ はいっ!」
そう言うと奈津子は、温かいお茶の入ったカップを差し出した。
「お、おぅ、サンキュっ!」
差し出されたお茶を一口啜ると、直人は言った。
「おっ前、ホント、良い嫁なれるって(笑)」
「なっちゃんのこと見直した?」
「あ、あぁ、見直した」
「へへぇ、んじゃ、はぁーい!」
そう言って奈津子は、卵焼きを直人の口先に持ってきた。
直人は、もう何も言わず、黙って金魚の如く、その卵焼きに食らいついた。
未だ日は高く日差しは強いが、終盤を迎えつつある秋の潮風は、頬に心地好い。 食べ終わって、一息つきながら、奈津子の横顔を覗いてみたら、眩しいくらいに輝いて見えた。
その横顔は、奈津子を自分のものにすることを直人に決心させるに充分だった。
「なあ、展望灯台、行ってみる?」
「うん、行きたい!」
サムエルコッキング苑から、シーキャンドルと呼ばれる展望灯台へと上がると富士山を見ることが出来た。
「ほら、富士山、見えてるよ」
「えっ、何処に、どこに?」
「こっち、こっち」
「あっ、ホントだ」
岸の方へ眼をやると浜辺が見える。
「ねぇ、あそこんとこの浜辺なに?」
「んと、七里ヶ浜じゃね」
「なっちゃん、あそこの浜、行きたい」
「しゃあねーな、たく、 んじゃ行くか」
「やったあ!」
2.七里ヶ浜
江ノ島から七里ヶ浜へ抜ける海岸沿いの道路をゆっくり進ませていると、江ノ電が並行して走ってきた。
「わっ、江ノ電、えのでん、可愛い!」
「江ノ電、可愛いんだ(笑)」
海岸沿いの駐車場にアストロを停めて浜に出た。
「きゃっ、砂浜、すなはまっ!」
「奈津子、お前さぁ、ホント、何でも喜ぶねぇ(笑)」
「ふぁあー、なにそれ、なんか悪いっ!」
「いやぁ、ま、連れてきた甲斐、あっけどさぁ」
それから、空のペットボトルに海の水を汲みに行っては、二人して、ペタペタと砂の城作りが始まった。
砂の城が完成した頃にはもう、夕刻近くになっていた。
「なぁ、腹へらね?」
「うん、少し」
「道路沿いのカフェでも行くか?」
「やったぁ!」
道路沿いを歩いて往くと、イタリアンの店があったので、入ることにした。
とりあえず、サラダ、ピザ、パスタ、リゾットなど、一通り注文することに・・ 料理が運ばれてくると、奈津子は、その度に甲斐甲斐しく取り分けてくれるが、その割には、殆ど食べようとはしない。
「ん、どしたの、お腹空いてないの?」
「なっちゃん、女の子だから、これしか食べられないのっ!」
「あ、そなの(笑) だけど、も少し、食べれば」
「良いの、いいの、男の人が食べてんの見るのが好きだから(笑)」
直人が、取り分けられたものを食べ終わると・・
「はいっ」
そう言って、自分の取り皿にあったリゾットをすくって直人に食べさせた。 直人は、何だか、とっても幸せな気分に浸っていた。
ふと、我に返った直人が口を開いた。
「わっ、やっべぇ、もうこんな時間だ」
「ん、どうしたの?」
「いや、鎌倉、案内しようって考えてたからさ」
「いいよ、また今度連れて来てくれれば」
”また今度” その言葉を噛みしめながら、直人が言った。
「よしっ、じゃ、せめて、高徳院に寄って大仏だけでも観て帰ろうぜっ!」
「はぁーい(笑)」
鎌倉で大仏と云えば高徳院である。
直人と奈津子は、食事を終え、高徳院へと向かった。
十分ほど境内を彷徨いていた二人は、ライトアップされた大仏を後にした。
3.観覧車
アストロを発車させて直ぐに、直人が言った。
「さ、行こうかっ!」
「ん、どこへ?」
「決まってんじゃん」
「えっ、なに?」
「観覧車!」
「えっ、ホントっ?」
「おぅ、連れてってやるって、指切りしたろ」
「やたっ、観覧車、かんらんしゃぁー!」
「ただぁーし、 ダイビングコースター乗ってからねっ!」
「えーっ、やだぁーっ」
「え、何、なに、奈津子、ジェットコースター怖いんだぁ(笑)」
「なっちゃん、怖くなんかないもんっ!」
「なら、良いじゃん」
「良いよ、ふんっ」
「おっ、ふてくされてっと、また一段と可愛いじゃん(笑)」
「ばかっ!」
一時間ほどで、横浜レンガ倉庫に着いた二人は、近くの駐車場にアストロを停めて、コスモワールドへと歩いて向かった。
直人が、観覧車ではなく、ダイビングコースターの方へ向かおうとすると、奈津子が聞いた。
「何処、行くのよっ!」
「ダイビングコースター乗るっていったべ(笑)」
「ホントに乗るのぉ?」
「おめ、意外と往生際悪いね(笑)」
なんだかんだ言いながら、結局、コースターに乗り込んだ。
しかも、一番前に。。。
「わぁーっ! きゃあーっ! ぎゃあーっ! やだっ、なおとっ! 直人、なおとっ、ばかぁーっ!・・ な・お・と・・・」
奈津子は、直人の左腕を掴んで、必死で直人の方へくっつこうとするが、安全バーに阻まれてどうにも出来ない。
コースターを降りてからも、半ば放心状態で、直人の左腕にしがみついた儘、離れようとしない。
「ご、ごめん、そんなに怖かったんだ・・・」
少し可哀想になった直人が言った。
こくり、奈津子は少し首を傾げて頷いただけで、声も出せない様子だった。
「観覧車、行こっか」
「うん」
二人は、ゴンドラを待つ行列に並んだ。
4.ファーストキス
自分たちの番になり、紫色のゴンドラが来ると、奈津子を先に乗せてから、直人も乗り込んだ。
「横、座っても良い?」
「えーっ、ってもう座ってんじゃん。(笑)」
「へへっ、(笑)でしたっ!」
観覧車が、その天辺近くになって往くに連れて汚れたものも、都会の喧噪も、それまで瞳に映っていた嫌悪するもの全てが、光りの海の中へと埋没して逝き、二人を繭籠の中に包み込んでくれる。
ガイドのナレーションさえ聞こえなければ、世の中二人きり、二人だけの世界だ。 直ぐ近くで、インターコンチネンタルホテルの切り落とされた断面のような壁面にある窓の灯が、まるで暗号を含んだドット画像のように飛び飛びに点っているのが見えている。
「ねぇ、なにしてるのかなぁ?」
「さあねぇ、んなことどうでも良いよ」
「もうっ、も少し気の利いた答え、ないのぉ!」
「観覧車、観てんじゃね(笑)」
それを実際に想像すると、二人とも笑いがこみ上げて来た。
「ぷぅーっ! きゃはは(笑)」
「ぷぅーっ! ぎゃはは(笑)」
二人同時に吹き出して笑った。
ガイドのナレーションは、日本語から英語へと切り替わっていた。
「ねぇ、ねぇ、何してんのかなあ?」
「しぃーっ!」
そう言うと直人は、しつこく訊いていた奈津子の口を直人の唇で覆うようにして塞いだ。 横浜の闇と夜景に包まれながら、直人と奈津子は、初めてのキスを交わした。
観覧車は天辺を通過しようとしていた。 いつの間にか、観覧車は、そんなに高くまで昇ってきていた。
「あーあぁ、なっちゃんのこと、落としちゃったな。。 いいのかなぁ・・」
「良いの、いいの、良いに決まってんじゃん」
「なっちゃん、こわいよぉー、知らないんだぞぉー」
「なんでやねん(笑)」
直人は、お笑い芸人のように、わざと関西弁で突っ込んだ。
「ふぁあー、もぉ,ぜぇーんぜん、ロマンチックじゃなぁーい!」
「えっ、そぉう?」
「ばぁーか!」
「馬鹿ですよぉー(笑)」
「・・・うふふ(笑)」
当時、直人は、最初のデートでキス以上、二度目のデートで最後まで、と云うのを何故か自分自身に義務付けて行動していた。
馬鹿げた話ではあるが、そうして己を駆り立てることで、若く有り余った性欲に振り回されまいと必死で踏ん張っていたのだ。
第一義務をクリアした直人は、心の中で、 ”うっしゃあー!” とガッツポーズをとった。 ”なっちゃん、こわいよぉー” の本当の意味を後で思い知らされることになるとも知らずに・・
ふとした拍子に、微かな罪悪感とともに浮かんでくる高里愛との熱く粘っこいキスを掻き消そうとして、観覧車が元の位置に戻りつくまでの間、わざとくだらないジョークを飛ばしたり、戯けて見せたりした。
5.老舗の布団屋
奈津子を送って中央道、大月を過ぎ、河口湖のインターを下りた。
アストロのベンチシートに横たわり、直人の股間に頭を埋めて、くぅ、くぅと寝息を立てている。
中央道に入った辺りから、ずっとこの状態だったので、襲いたくなる衝動と妄想で、ここまで勃起と収縮を繰り返しながら辿り着いた。 気持ちを入れ替えて、奈津子を起こすと直人は言った。
「今日は、ちゃんと家の前まで送っていくから」
「うん、あっ、そこ左に曲がって、その細いとこ入って行って」
「えっ、この前と方向違うけど・・」
「少し狭いけど、裏道、一方通行だから、反対側から入れないんだけど、この道だと家の前まで行けるんだよね」
電車道の方へ向かって細く狭い路地を抜けて行くと、商店街らしき所に出て来た。 商店街と云ってもアーケードも何も無く、石畳が続いているだけの細い路地だ。
まだ遠く向こうに、駅らしき灯りが見えている。
「あ、そこそこ、左に “綿福” って看板見えるでしょ!」
「あ、うん」
「あそこ、あたしの家だから」
「へぇー、お前んち、実家って布団屋だったんだあ」
「そうだよ、江戸時代から続く老舗なんだよっ!」
「すっげぇじゃん」
「昔は、もう一本裏の筋に花街があったんだってさ」
「じゃ、遊郭もお得意さんだったってことだね(笑)」
「ばかっ、なっちゃん、そこまで知らないもん」
「あ、ごめん・・・」
「婚礼布団だって、ちゃんとあるんだからねぇー!」
「奈津子には不要だねっ!」
「なんでよっ!」
「だって、お子ちゃまは、結婚しないでしょ」
「ふぁあー、お子ちゃまにキスしたの誰よっ!」
「着いた、ついた、お家に着いたよぉ~!」
「直人のバカッ!」
降りようとする奈津子を引き止めて、バックシートから直人が何やら持って来た。
「はいっ!」
直人は、霞草だけがギッシリ詰まった花束を奈津子に渡した。
「あっ、霞草、可愛いっ!」
「気に入った?」
「うん、とっても、ありがとう!」
直人は、助手席側に回り込んでドアを開け、プリンセスを扱うように手を差し伸べると、奈津子をアストロから降ろした。
「覚えててくれたんだぁ」
「えっ、なにを?」
「なっちゃんが霞草好きだってことぉ・・」
「あ、あぁ・・んじゃ、おやすみ」
霞草を手渡したものの、何だか少し照れくさかったので、その場を早く立ち去りたかった。
「おやすみ、直人、チュッ!」
直人のホッペに軽くキスした奈津子は、扉の前まで行って振り向いた。
運転席に乗り込み、発車させて少し行ったが、サイドミラーには、まだ手を振る奈津子が映っていた。
6.有頂天の中央道
まっすぐ、二、三百メートルほど進むと河口湖駅が見えて来た。
河口湖駅に着いて、時刻は未だ午後十一時を少し回ったくらいだったが、商店街は何処も店を閉め、閑散としている。
直人は、河口湖のインターまで戻ると、再び中央道へと入り、帰途についた。 大月を過ぎた辺りから少し風が強く吹き始めた。風を切る音が、アストロの車内まで聞こえている。
「やったあーっ!」
直人の歓喜の叫びは、風切り音を打ち消して、アストロ車内に響き渡った。
「ひゃっほぉーい、やった、やった、やったあーっ!」
有頂天のアストロは、小躍りする直人を乗せて、中央道を高井戸で下りると、世田谷新町のマンション、サニーサイド新町へと帰って行った。
部屋に入って、ポケットから携帯を出したら奈津子からの着信があったのでリダイアル。
「あ、奈津子、どしたあ?」
「ううん、別に用はないんだけど・・」
「あ、あぁ」
「んとねぇ、直人、今日、ありがとう。 なっちゃん、すっごい楽しかった。 それから・・・」
「それから?」
「おやすみなさい」
「うん、オレも楽しかったよ。 おやすみ」
