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『白虎の路』 甲州街道とうりゃんせ 6

その6 「キングタット紳士倶楽部」



キングタット紳士倶楽部

1.エントランスにて

 首都高を飯倉で降りて外苑東通りを六本木方面に五百メートルほど行ったところで、右に曲がると左手に “King-TUT” という絢爛豪華なネオン看板が見えてきた。
エントランスの前面には、かなり広い敷地のフリースペースが設けられており、表の道路に面した左端からエントランス前を通って右端へと抜ける私道が通っている。 その左右にある道路の出入り口の角の所には、それぞれ一体ずつ、ブルーの大理石でできたアヌビスの立像が居る。

 先頭を走っていた東野がエントランス前でワーゲンポルシェを停めて降り立つと、制服姿のボーイが走り寄ってきた。

「東野さま、お帰りなさいませ!」

 リッツのような高級ホテル同様、初めての来店でも、“いらっしゃいませ”  でも “お待ちしておりました”  でもなく、 “お帰りなさいませ”  と出迎えてくれる。
東野が車のキーを渡すと、既に車のナンバーが刻印されたパーキングチケットが渡された。いわゆるバレーパーキングというやつで、キングタットでは、プラチナ会員しか利用することが出来ない。
高里愛が、ワーゲンポルシェの助手席側のドアを開けようとすると、透かさずボーイが開けに来た。

「ありがとう!」

 そう一言、丁寧に礼を言うと、まるで何処かの国のプリンセスのように降り立って、静々と東野の待つ赤絨毯の敷き詰められたエントランスへと向かって歩き出した。

「あーっ、なっちゃんもぉー!」

 アストロの助手席から、前の様子を伺っていた奈津子が言った。

「なんだぁ?」

「あんな、お姫様みたいに降ろして欲しいんだもぉん」

「あ、そなのっ、はいはい、でも残念ながら、俺っちプラチナ会員ぢゃないから地下のセルフパーキングへと直行でぇーす!」

 直人は、そう言うと東野達とはエントランスホールで待ち合わせることにして、車を地下駐車場へと向かわせた。
そして、香取彩を乗せた北村のBMWもそれに続いた。

 エントランスホールへと続くレッドカーペットを歩いて行くと、入り口扉の両脇に、今度は、スフィンクスのように寝そべった漆黒のアヌビスが出迎えてくれる。両開きで重厚な入り口扉は、電動だが、係の者に操作して貰わないと開かない。
東野と高里愛は、そこからエントランスホールへと入っていった。

 地下駐車場、エレベーター近くのエリアにアストロを停めると直人は、降りようとする奈津子を静止して、先に降り、助手席側のドアを開けに行った。

「どうぞぉ、プリンセス奈津子」

 ドアを開けた直人は、そう言って片手を差し出した。

 すると差し出された手を掴んで降りながら、奈津子が言った。

「うん、苦しゅうない。 良きに計らえぇ」

「かぁー,おめぇ、何もんだよぉ。 ばぁーか!(笑)」

 二人のやり取りをセカンドシートで静観していた秋彦と利紗世の二人が、声を揃えて言った。

「ばぁーか!」
「ばぁーか!」

 北村達とエレベーターで合流し、エントランスロビーに着くと東野達が、ふかふかのソファに身を沈めて待っていた。
ソファは、金糸にショッキングブルーの縁取り、その横に置かれているツタンカーメンの胸像は、金箔にショッキングブルーのストライプ、高里愛の彩りは、キングタットのそれと、気味の悪いほどマッチしている。

「げっ、愛ちゃん、タットに来んの知ってたんじゃね?」

「なんでよっ!」

「だって配色、同じじゃん(笑)」

「んもぅ,直人さんったら、やだぁ(笑)」

 言いながら直人は、超ミニから投げ出された高里愛の形よい太股から目が離せずにいた。

 やっとの思いで、目を逸らせて横を向くと、秋彦が利紗世に小突かれていた。

「もう、いつまで愛のミニ覗いてんのよっ! すけべっ!」

「きゃはは、秋彦、ばっかだねぇー!」

 直人が、そう言いながら視線と殺気を感じて、反対側を向くと、奈津子の突き刺すような眼差しが直人を捉えていた。

「ふぁあー、直人もでしょっ! ふんっ!」

「わちゃっ、バレてやんの(笑)」

 直人は頭を掻いて誤魔化そうとしたが、奈津子の眼に笑いはなかった。

2.キングタット紳士倶楽部

 ここキングタット、正式には ”キングタット紳士倶楽部” は、クローズドな会員制の社交倶楽部なので、基本的に一般の人は入館できない。だから、厳密に言うとクラブや飲食店と云うわけではない。
キングタットが、続に黒服と呼ばれていたような店員が居たような従来の低級なディスコやクラブではなく、完全会員制の選ばれた人達だけが集う場所であることを誇示するために、キングタットが発行する会員証には、”キングタット紳士倶楽部” と明記されているだけでなく、すべての会員証は証明写真入りの電子IDカードになっている。また、キングタット紳士倶楽部は、その名の示す通り紳士倶楽部であり、会員に成れるのは男性だけである。
つまり、女性は会員に成れないのだが、女人禁制という訳ではなく、会員記名の招待券を持っているか、会員同伴であれば入館も可能である。
よくあるクラブの黒服が特権としてやっていたように、従業員が勝手に、こっそり入れようものなら、その従業員は仕事を無くすことになる。

 ”キングタット” とは、ツタンカーメン王のことで、紀元前1320年頃、古代エジプト第十八王朝のファラオだったと云われている。古代エジプトの王様の気分を味わって貰おうという趣向で、”キングタット紳士倶楽部” と命名されたらしい。

 其処此処に贅の限りが施されており、その雰囲気は、まるで古代エジプトの王宮と云った感じである。
無論、基本的な色調は、ゴールドとショッキングブルーである。色彩の中でも補色関係にある黄色と青色、その中でも一段と鮮やかな発色のゴールドとショッキングブルーの組み合わせがベースだ。
エントランスだけでなく、ビルの内部全体が古代エジプトの雰囲気を醸し出している。

 クラブとライブハウスが合体したような感じのイベントフロアがあり、前方にはライブステージ、イベントフロアの中程、左右にポールバー付のダンスステージがある。そこでは専用のダンサーが踊っていた。
後方には、専用のPAシステムを備えたダンスフロアがあり、その向こう正面、一番奥にはDJブースが見えている。
イベントフロアでの飲食は、バイキング形式のセルフサービスで、基本的な飲食代金は、入館料に含まれているため全てフリーだ。

 イベントフロアを奥へと進んで行くと、プラチナ会員専用のラグジュアリースペースがある。いわゆるVIPルームのようなものなのだが、そこには、金糸を織り込まれた山吹色の薄絹が張り巡らされ、毛足の長いショッキングブルーの絨毯が敷き詰められている。ソファや辺り一面に捨て置かれているクッションは全てゴールドだ。
ラグジュアリースペース内には、常に数人の給仕達が待機しており、ここでは彼が飲食物をサーブしてくれる。このラグジュアリースペースの給仕達は、男女ともに言葉遣いや礼儀をわきまえている上に、スタイルがよくアラビアンナイトを彷彿とさせる衣装を身に纏っているため、まさに王族の気分を味わうことができる。

 先程、VIPルームのようなものと書いたが、実はキングタットでVIPルームと呼ばれている部屋は、同じビルの階上にある。 そしてこのVIPルーム群は、その全てが高級ホテルのスイートに匹敵する部屋であり、中には、それを陵駕する設備の部屋もある。
VIPルームには休憩も宿泊も出来るが、一番安い部屋で一泊二十万、休憩は3時間単位だが、どんな部屋でも宿泊料金の半額を支払わなくてはならない。
このプラチナ会員専用VIPルームへは、ラグジュアリースペースの奥にある直通エレベーターから出ないと上がれない。

3.ラグジュアリースペース

 東野博を除く、全員がセキュリティチェックを受けてゲスト専用の電子式入館カードを受け取ると、その先には、ブルーの大理石で出来た巨大なアーチが眼前に聳え立っていた。 アーチの表面には金文字のヒエログリフが浮き立っている。アーチを抜けて、狭くなった通路を一人ずつ前進すると、一人通る度に後ろでドアが閉まる。一瞬、縦長のボックスに閉じ込められるが、入館カードをカードリーダーの上に置くと、前のドアが開くので奥へと進むことが出来る。
天井が低く、狭い洞穴のような長い通路を抜けると、三階建てを一気にぶち抜いたような吹き抜けの空間、イベントフロアへと辿り着いた。

「きゃっ、出たぁーっ!」

「ひゃぁー、マッジぃー、なにぃこれぇーっ!」

「うわぁーっ、すっごぉーい、信じらんなぁーい!」

「あっ・・・、ふぅーっ。。。」

 初めて来た女の子達は、口々に感嘆の声を漏らしている。

 東野を先頭に一行は、そのままイベントフロアを抜けて、奥にあるラグジュアリースペースの方へと向かって行った。
ラグジュアリースペース入り口横手にあるカウンター、と云っても小窓があるだけなのだが、東野が全員の入館カードを集めて自身のカードと共に小窓の奥へと差し出した。数分後、全てのカードは何ごとも無かった可のように返却された。

 返却されたカードを全員に配りながら、東野が言った。

「これで、みんなラグジュアリースペースんとこ、出入り自由になったからね」

 要するに、プラチナ会員のお墨付きが貰えた訳である。

4.ストレイト、ノーチェイサー!

 各々が、ラグジュアリースペースのゲートをクリアして入室すると、女の子達が再び奇声を上げた。

 全員がコの字型、と云うより楕円の一角を切り取った感じのソファに座り終えると、給仕が一人近づいてきて皿に盛ったフルーツをテーブルに置きソファの横で跪いた。

「お帰りなさいませ。 何かお飲み物をお持ち致しましょうか?」

 東野が、それに答えて言った。

「俺、ギネスの生ねっ」

 言い終えると、東野は隣に座っていた高里愛を指さした。

「あ、ヒューガルデンとかあります?」

「はい、ヒューガルデンホワイトで宜しかったでしょうか?」

「お願いします」

「えっ、なにそれぇー!」

 それを聞いていた奈津子が言った。

「んとね、ちょっとフルーティなベルギーのビアだよ」

 そう、高里愛が答えると

「じゃ、あたしもそれっ!」

 奈津子が言うより先に、利紗世がオーダーした。

「んもうっ、なっちゃんもっ!」

「彩もそれにしなよっ!」

「う、うん。 じゃ私もそれ下さい」

 利紗世に促されるようにして、香取彩が答えた。

「なに、お前ら女子チーム全員ヒューガルデンか?」

 そう言った秋彦に噛み付くように、利紗世が言った。

「秋彦、あんたなんか文句あんのぉ!」

「いやぁ、べっつにぃ。 てか、俺もそのガルデンねっ!(笑)」

「なんじゃ、そりゃ、ま、いいけどぉー、うっとぉ,俺、バーボンソーダ、ビームズのブラックで」

 直人が頼み終わっても、北村信也は、未だ黙っていた。

「あの、そちらの方は、如何致しましょう?」

 給仕に、そう聞かれて初めて口を開いた。

「あ、僕っ、ぼくねぇ、ベイシルヘイディン」

北村は、何事も聞かれるまで口を開かないのがカッコ良いと思っている。
ルパン三世の次元大介が好きで、お手本にしているらしい。
北村の風貌は、背もスラリと高く、キリッとした男前で誰よりも男気があって信頼でき、本当に良い奴なのだが、表向きの格好良さにやたらと拘るところがある。しかし、本人がカッコ良いと思ってやっている、その仕草や言葉遣いは、あまりに滑稽で、仲間内では常に笑いの的とされている。

「飲み方は、どう致しましょうか?」

「ストレイト、ノーチェスター!」

 北村は迷いもせず、チェスターと言ったが、チェイサーと言ったつもりなのだろう。
チェイサーとは、強い酒をストレイトで呑む場合に、バーテンの気遣いとして、それよりも度数の弱いもの、一般的にはミネラルウォーター、要するに水を一緒に出してくれることがあるのだが、何処でどう間違えたのか、北村は、それをチェスターと呼ぶのだと思い込んでいるようだ。
留学経験があり、英語の分かる直人は、直ぐに気付いて笑いそうになったが、その笑いをぐっと飲み込んだ。

「あ、はい、畏まりました。」
 給仕は、一瞬、戸惑ったように見えたが、何事も無かったかのように北村のオーダーを受けると去って行った。
直人が、ウォーターグラスを持って水を飲みながら、帰国子女で英語の堪能な高里愛の方を見ると目が泳いでいた。

「ぷぅーっ!」

 それを見た直人は、堪えきれずに飲みかけの水を噴き出してしまった。

「わっ、やだ直人、きったなぁーい」

「ん、なに、どしたの?」

 奈津子に続いて、北村が怪訝な顔つきで言った。

「なにってさぁ、おめえ、そりゃ、チェスターぢゃなくて、チェイサーだってぇー!(笑) ほら、モンクの曲で、マイルスもやってんじゃん。。 日頃、ジャズとかのウンチクたれてる割に、んなことも知らねんだ」

 北村信也にとっては、音楽もファッションのようなものだから、そんなこと知る由も無い。

「たははは・・・(笑)」

 北村は、都合が悪くなるといつもこの変な笑いで誤魔化す。

「まいっか」

 これは直人の口癖だ。

5.逆いっせいのせゲーム

「はぁーい、んじゃ、逆いっせいのせゲぇーム!」

 秋彦のかけ声で、なんとなくゲームが始まることに

「えーっ、なにそれぇ」

「ンと、だからぁ,普通だと数当てた人が勝ち抜けでしょ。 そじゃなくて、数当てちゃったり、ありえない数言ったら負けの罰ゲームってやつよぉ(笑)」

「へぇー、良いじゃん、やろぅやろうっ!」

「じゃ、じゃ、じゃあ、罰ゲーム何にしよっかぁ」

「イッキ飲みなんてつまんねえの、やめようぜぇ。 車だしよぉ」

「あぁ、てか、もう呑んでんじゃん(笑)」

「あー、こんなのどぉう?」

「何、なに?」

「負けたら、なにか一枚トイレ行って脱いで持ってくるってのは?」

「げぇー、なにそれっ、やだぁー!」

「あ、おもしれぇ、やろやろ(笑)」

「えっ、マジでぇ?」

「マジ、まじ(笑)」

 そんな感じで、半ば強引にゲームは始まった。

「いっせいので、6ぅ!」

「はぁーい、秋彦、負けぇ!」

「げっ、いきなりじゃん。 ちぇっ、んでだよぉー!」

 ブツブツ言いながら、トイレに向かうと、脱いだトランクスを振り回しながらやって来た。

「きゃー!(笑)」

「こらこら、くっせぇデカパン振り回すんじゃねっつうのぉ」

 気が付くと、いつの間にか飲み物が運ばれて来ていた。

「あ、ドリンク揃ったみたいだし、とりあえずカンパぁーイ!」

 皆ひとくち、口を付けただけで、ゲームは再開された。
何事も無く、一周廻って、奈津子の番がやって来た。

「いっせので、16っ!」

 そう言うと同時に、奈津子は右親指を倒した。

「はい、なっちゃん、アウトっ!」

「えーっ、なんでよぉ、なっちゃん負けてないもん。 だって16本も立ってないじゃんよぉ!」

「なっちゃん、指折ってるし、ぜんぶ揃ったって絶対16なんか、なる訳ないっしょ。 ありえない数言ったから、なっちゃんの負けぇ!」

「ふぁあー、なにそれっ!」

 秋彦に言い負かされた奈津子は、半分べそを掻きながら渋々トイレへ行くと、右手に何やらフリルの付いた綿地のようなものを握り締めて戻って来た。

 それをちらっと見た直人は ”うわっ、マジっ、すげぇーパンティかよぉ” そう心の中で思うと同時に唾液がどこからともなく湧いて来て、思わずゴクリと音をたてて喉を鳴らしてしまった。

 その音が奈津子には聞こえていたのだろうか、持つ手を返して手の平を開きながら、直人の方を見て奈津子が言った。

「ばぁーか、パンティじゃないもぉーん(笑)」

開かれた手の平に乗っていたのは、フリルの付いたフェイスタオルだった。

「なにそれっ、つか、これ下着じゃねぇしっ! おめ、もっかい行って来いよなぁ」

 内心ホッとしていたくせに、そう言ってしまう直人だった。

「ふんっ、フェイントだもぉん。 下着だってちゃんと外してきたもんっ!」

 そう言うと奈津子は、如何にもお嬢様という感じの、毛羽立つカラフルなシャネルのジャケットから、何やらもそもそ取り出した。

「じゃぁーん!」

「ん、 なにそれっ?」

「見てわかんないのぉ?」

「いちおぅ、ギャザーの入った下着みたく見えるけどさぁ」

「なっちゃん愛用の子供用腹巻きでぇーす!」

「なにそれっ、奈津子、おめ、マジガキじゃん(笑)」

「まぁ、確かに下着だよね」

 直人は、ふざけてからかっただけだったが、優しい北村は、助け船を出してフォローした。

「これ、今働いてる会社の製品、おなか冷えないから、けっこう良いよぉ」

「もう、いいって、はい、次、つぎっ!」

 それから、誰も当たらずに三巡くらい廻った頃、今度は利紗世が負けた。
颯爽とトイレから戻ってきた利紗世は、何の躊躇いも無く、 ”あいよっ!” と云うとテーブルの空いていた所に、ポンとレースのFカップブラを投げ出した。

「うわっ、でけぇっ!」

 そう言って見ていたものの、眼のやり場に困った直人が、秋彦の方を見ると秋彦が言った。

「おめ、はっずかしくねぇのぉ?」

「見せブラだから、平気だしぃ、ぜんぜん恥ずかしくないモォーン!」

「見せブラだっ、つってもさぁ、こう目の前に広げられっとさぁ、乳首の立ってるとことか想像しちゃうしよぉ。 なんか興奮しねぇ?」

「そんなの考えるの秋彦ぐらいだっつうにぃ!」

 そう返した利紗世に、直人が突っ込んで言った。

「ンにゃ、興奮する、する。 しなきゃ男じゃねぇってば(笑)」

「げっ、直くんもなのぉ・・ 幻滅ぅー(笑)」

「直人さんも、そうなんだぁ」

 利紗世に続けて,高里愛が意味ありげに言った後、それを追うように奈津子が直人に向かって言った。

「すけべっ!」

「あぁ、スケベだよっ、それが、な・に・か?(笑)」

6.ダンスフロアにて

「おぅ、なんか別のゲームしねぇ?」

 秋彦は言ったが、これ以上ゲームしたくなかった直人は言った。

「あ、俺、踊ってこっと!」

「わたし、一緒に行くっ!」

 奈津子も何か言いたげだったが、先にそう言ったのは、高里愛だった。

「ほぃほぃ、んじゃ、愛ちゃん一緒に行きますかぁ」

「はぁーい!」

 奈津子が突き刺すような視線を一瞬、直人に向けた。
直人が、それに気付かない振りをして、ラグジュアリースペースを出口の方へ向かって歩き出すと、後ろから追いかけてきた高里愛が、べったりと恋人のように腕を組んできた。
奈津子に後ろ髪引かれる思いを残しながらも、高里愛に気を惹かれて往く自分がいる。気の多い自分にあきれ果てながらも、 ”まいっかぁ” いつの間にか心の中でそう呟いていた。

 ダンスフロアへと歩いて向かって行く間中、高里愛は、その豊満な乳房をぐいぐいと直人の組んだ腕に押しつけてくる。 おまけに鼻腔はプワゾンに侵されて、既に放心状態だ。 ”やっべぇー,愛ちゃんお持ち帰りしたくなって来ちゃった” そう、思い始めると、さっき向けられた奈津子の鋭い眼差しや、えくぼの可愛い笑顔が浮かんでは消える。
いつもの直人なら、このまま高里愛を連れ出して二人で何処かへしけ込んでいるところなのだが、後ろ髪引かれる奈津子への想いのために踏み留まった。

 高里愛と踊りながらも、そのスタイル、仕草、その香り、そして容姿の醸し出す妖艶さに取り憑かれていた。
ひとしきり踊ると、高里愛が耳元で囁いた。

「ねぇ、直人さん、のど渇かない?」

「うん、なんか飲み行く?」

「ええ」

 バーカウンターで、高里愛はシャンディガフ、直人は、カウンター越しにフィリップドブルゴーニュが見えたので、それを水割りで頼んだ。

「へぇー、直人さん、カシスも水割りなんだぁ」

「あ、いや、カシスによるけどさ、これ結構いけるよ。 ほらっ!」

 そう言ってグラスを渡すと

「わぁー,ホントだぁ、美味しい。なんか新鮮なジュースみたいだねぇ」

「だろっ、あっ、間接キーッス!(笑)」

「やだ、もう直人さんったらぁ!」

 思わず奪いたくなるような熱く湿って、捲れた唇が直人の眼前にあった。 直人は、その衝動を抑えようと思わず話を変えた。

「あ、あの店、知ってる?」

「えっ?」

「んと、渋谷に新しくオープンした ”タンタン” っていう四川風の中華の店なんだけどさぁ」

「へぇー」

「飲茶ランチが結構いけるんだよねぇ」

「ふぅーん」

「でね、食べ放題なんだけどさ、バイキングとかじゃなくて、ちゃんと一品、いっぴん、オーダーしてからサーブしてくれるんだぁ」

「あ、知ってるぅ!」

「なんだ、知ってんの」

「うん、でもまだ行ったことなくて、行ってみたかったんだぁ」

「あ、そなんだぁ・・」

「ねぇ、直人さん、今度、連れてってよぉ!」

「あ、あぁ良いよぉ」

「やったぁー!」

「うっ・・・」

 そう言うが早いか、捲れた唇が直人の口を覆ったかと思うと熱いものが直人の唇を押し退けて入って来た。 自身が主導権を握っている時には、野獣にでも成れるくせに、攻めてこられると一瞬、呻いただけで、何もできずに、ただ固まっている直人が居た。
それは、ほんの数秒の出来事だったが、直人には何分ものように感じた。

「約束したからねっ!」

 いつもなら、まるで携帯番号収集家の如く、自分から切り出す直人が、高里愛に言われる儘に携帯番号とメアドを交換していた。

 奈津子の突き刺すような視線を思い出すと、なんとなく、後ろめたいような気もしたが、別に、奈津子と付き合っている訳でもない。
気を取り直して、ラグジュアリースペースへと戻ることにした。

 ラグジュアリースペースへと戻る道すがら、出てきた時以上に、高里愛が、べったりくっついていたことは言うまでもない。無論、直人の片腕は、柔らかく膨らんだ胸の中に埋まっていた。

7.リップグロスの光沢

 高里愛は、ラグジュアリースペースの中に入っても、掴んだ腕を放そうとしない。

「あ、トイレ、トイレっ!」

 そう言って、直人は胸に埋まっていた腕を振り解いて、一目散にトイレへと駆け込んだ。
唇に付いた、高里愛のリップグロスを綺麗に拭い去ると、直人はトイレを後にした。

 トイレから戻って、元居た場所に座ろうとすると、奈津子の視線が、また痛いほど突き刺さって来た。

「あーっ、直くん、なにそれぇっ、ほっぺにあっかいのぉ」

 利紗世は、からかっただけだったが、直人はドキッとして一瞬、身を固くした。

「なぁーんちゃって(笑)」

 ”なんて趣味の悪い冗談だ” 直人は心の中で冷や汗を掻いていた。

 少しすると、高里愛もトイレから戻ってきた。
捲れた唇は、新しく塗り上げられたグロスと唾液で妖しく光り、着けたばかりで、まださほど甘さを感じさせないプワゾンの芳香に包まれた高里愛が歩いてくる。
気のせいか、直人の左隣に腰を下ろした高里愛は、容姿、その仕草ともに、踊りに立つ前より一段と妖艶で、女を発散させているように感じた。右隣りの可愛いが幼さを感じさせる奈津子とは何を取っても対照的だった。

 それから、雑談で三十分ほど経過しただろうか・・

「なぁ、そろそろ、ここ出ようか?」

 直人が言った。

「ああ、出よう」

 秋彦が、それに答えて言った。
直人も、秋彦もおなじ所にずっと居るのは、苦手な質だ。

 二人の言葉に促されるように、八人は、キングタット紳士倶楽部を後にした。

その7 「秋彦の部屋」に続く


#創作大賞2026 #恋愛小説部門

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