全自動ガンダム起動セズ(12)
爆弾真犯人宣言
1、「ピース缶爆弾」(以下「P缶」「P」と略す)製造・配布の真犯人は我々である。現在「被告」となっている増淵君達は無関係である。また、我々は直接関与していないが、「八・九機動隊」「アメリカ文化センター」両使用事件についても、それらはともに我々が赤軍派に渡した「P缶」を、赤軍派に属する諸君が使用したものであると確信している。
2、我々「ピース缶爆弾」製造配布グループは、自称も他称も持たなかった。また具体的な政治行動を一緒にやるための「組織」として結成された訳でもない。一九六九年秋期闘争を「軍事的に具体化」するために、言い換えれば、口先だけの大言壮語主義を許さぬために、武器を調達し配布するという限定的な目的のために結集した「機関」というべきものであった。
提唱者は私、牧田吉明であり、三潴末雄君が賛同し他の諸君を集めた。(……)
牧田吉明「我が闘争 スニーカーミドルの爆烈弾」
ガンダム工場の三悪人
西武池袋線に乗るのは、何年ぶりだろう。
石塚は各駅停車の車窓を流れる家並みを眺めていた。
茨城から上京した二十数年前、最初に住んだ街がこの沿線にあった。
表向きは家業の塗装業を嫌って地元を離れたのだが、有機溶剤を不良グループに横流ししていた件がばれて実家を追い出されたのが真相だった。
その後、例の襲撃事件を起こし、家族とは事実上縁が切れている。
しかし、相続が起きれば、突然乗り込んで貰えるものは貰うつもりでいた。
石塚は指定の駅で降りると、コンビニでビールとレモンサワー、さきイカ、スナック菓子などを購入、スマホに送られてきた地図を見ながら、☆印がつけられたアパートを探し歩いた。
ブルーメ桜木。
ここだ。
荷台にデリバリーバッグを載せた自転車が停めてある。
尾上が仕事で使っているものだ。
彼はここまで自転車を漕いできたようだ。
石塚は階段を上がり、201のチャイムを鳴らそうとしたが、「故障中」の張り紙がある。
部屋番号を再度確かめてからノックした。
「どうぞ、開いてるよ」
ドアを開けると、細長い部屋の奥、防塵マスクとゴーグルをつけた二人の姿があった。
胡坐をかいて作業を続ける二人の横に、完成したプラモデルが三体、置かれていた。
石塚もガンダムには詳しくないが、三体のうち一体が「ザク」だということだけはわかった。
部屋の隅には、まだ開封前のプラモデルの箱がうず高く積み上げられていた。
今日はここ、藤谷の部屋で尾上と三人、ガンプラ作りに励むのである。
石塚は昨夜、東北方面への運送を終え、一寝入りしてからの参加だった。

東京都江東区青海1-1-10 ダイバーシティ東京
「お邪魔します」
玄関に尾上のものだろう、くたびれたアディダスのスニーカーが乱雑に脱ぎ捨てられている。
石塚は自分の靴を揃えたついでに尾上の靴も揃えてから、中へ入った。
「狭くて殺風景だろう」
物珍しげに部屋を眺めていた石塚に気づき、藤谷が言った。
「どうした? 部屋中に魔除けの護符でも貼ってあると思ったか?」
藤谷が笑った。
「いや、いい部屋だなと思って」
共同トイレ、共同浴場の運送会社のプレハブ寮で暮らす、これは石塚の本音だった。
「刑務所の独居房よりはいい環境だ。エアコンとテレビがあるからな」
出所後、藤谷はここで暮らしている。
「まあ、好きなところに座ってくれよ」
好きなところと言っても、狭い部屋には広げられた新聞紙の上に制作中にガンプラのパーツが並び、二人がどっかりと座り込んでいて、もう石塚が入れるスペースは今立っている足元のそこだけだ。
石塚は藤谷に差し入れを手渡した。
「これはどうも。じゃあ、休憩にしようか」
藤谷と尾上はゴーグルとマスクを外した。
「では遠慮なく」
藤谷は缶ビールを選んだ。
「おれも一本頂きます」
弱い癖に酒好きの尾上は缶酎ハイを手に取った。
石塚も缶ビールを開け、三人は乾杯した。
「しかし、この年になってプラモを作り始めるなんて思いませんでしたよ」と尾上。
「君はまだ若いからいいさ」と藤谷。
「ムショ帰りの五十過ぎのおっさんが、急にこんなロボットのオタク趣味なんて、洒落にならんよ」
「ガンダムのオタクは『ガノタ』って言うらしいですよ。ガンオタ略してガノタです。癖が強くて面倒な奴が多いとか。おれたちにぴったりですよ」と笑う尾上。
「それは大変結構だが、オノウエ君。プラモデルはもっと丁寧に作ってくれよ。君は、作業が雑だ。きっちり作らないと中身が漏れるだろう。ニッパーはこう持って、こう使うんだよ」
「フジタニさんは元工員だから、細かい作業はお手の物でしょうよ。おれは手先が不器用な上に性格も大雑把なもので。デリバリーも雑だと苦情が来るんですよね」
「これはただのプラモじゃないんだぞ。慎重に組み立ててもらわないと。世界の行方を左右するロボットなんだから」
「ロボットじゃないですよ、フジタニさん。モビルスーツです。いい加減覚えてください」
「機動戦士と書いてナントカスーツだったか。スーツって何だよ。紳士服じゃないんだから。オタク言葉は面倒で困る」
一番若い尾上は多少ガンダムに詳しいようだ。若いと言ってももう三十よりは四十近い年齢だった。
「戦争も今じゃドローンを飛ばして攻撃する時代だ。戦場にガンダムみたいなロボットが投入されるのも時間の問題だろう。おれたちはこのガンプラで、いち早くそれを実現させようとしているわけだがな」
酒も入って、二人はご機嫌だった。
石塚は完成したプラモデルを一つ手に取った。
紫色のボディーに、目が一つ。
胴が太く、足も太い。
「あ。それは、ドムです」と尾上。
「フジタニさんの作だから、仕上がりがきれいでしょう」
石塚はドムのガンプラを手のひらに載せ、角度を変えながら観察していた。
「これは敵方のロボット……モビルスーツですね」
完成済みの他の二体も、見るからに敵っぽい悪そうな姿をしている。
「ガンプラって言うけど、肝腎のガンダムらしいものがないようですが」
「ガンダムはスマートでカッコいいが、あまり実用的ではない」と藤谷。
「胴体の空間が狭くて、中に充填しづらいんだ」
石塚はドムの背中を見た。
そこには指先ほどの穴が開けられていた。
穴の縁が溶けている。
ライターで焼いた金属棒で刺した穴だという。
「こっちを持ってみろ」
藤谷が石塚の前へ、一体のプラモを差し出した。
「それは、ズゴックです」と尾上。
ドムよりも不格好で悪そうな形をしている。
「ズゴックは水陸両用のモビルスーツなんですよ。体型がカニっぽいでしょう」
確かに、カニのハサミのように爪が長く尖っている。
石塚が受け取ると、手のひらへ、ずしっと来た。
見た目の重量感に反して軽いドムと違って、このズゴックはカニの甲羅の中身がぎっしり詰まっているように重い。
「そいつは試作品だが、効果は十分だった」
藤谷が言った。
「じゃ、これが、ニュースの?」
石塚はズゴックをひっくり返してみた。
背中に銀のガムテープが貼られ、穴が塞がれている。
胴体の中へ「充填」が済んでいるようだ。
耳元へ近づけ、音が出ないか振ってみた。
「おい。あまり振ると爆発するぞ」
石塚はぎょっとして、振る手を止めた。
「冗談だ」藤谷が笑う。
「でも、立派な危険物ですよ。何しろ、心臓、直撃ですからね」と尾上も笑う。
「直撃ではない。側撃だ。街路樹に落ちた雷が、横にいた日本中産党にもちょっと流れて、おばさん議員のペースメーカーが止まったんだ」
「死んだんでしたっけ、あのババア」
女性の大学教授を殺すのは嫌だと言っていたくせに女性議員は構わないのか、尾上は何だか嬉しそうだ。
「無事だよ。不整脈が酷くなって一瞬危なかったようだが、スーパーのすぐ隣のマンションにAEDが設置されていたんだ。救命措置のあと病院へ運ばれて、もう退院しているだろう」
「中産党のクソババアもまさか、ガンプラにやられるとは思わなかったでしょうね」
「世界中に害悪をまき散らした中産主義を未だに信奉して、自由と平和と繁栄の象徴であり現代人の生活の基盤でもあるスーパーマーケットの前で邪教への信仰を語るなど、中産主義の犠牲となった夥しい数の死者と人類の歴史への冒涜以外の何物でもない。そんな中産主義者の心臓など鳥貴族のハート塩のようにまとめて串刺しにしても飽き足りないくらいだ」
何の話かと言えば、落雷で区議会議員が倒れた件だ。
「ほんの二、三滴混ぜただけの試作品で、この成果だ。これは正に世界を変えるロボットだよ」
「だからフジタニさん、モビルスーツだってえの!」
中産党の区議は、練馬区のスーパーの前で定期的に街頭演説をするのだが、その日は天候が急変、突然雷鳴が鳴り響き、惨事は起きた。
欅の街路樹に命中した雷が、演説中の区議が持っていたマイクへ伝わり、右腕から襟元の議員バッチへ抜け、途中にあったペースメーカーの電気回路を破壊したのだ。
元々心臓が悪かった区議はショックで路上に倒れ、警察と救急車が駆けつけ、スーパー周辺は一時騒然となった。
これが何と、自然現象を使ったテロだったのである。
事件が起きたスーパーは、藤谷俊彦のバイト先だった。
この日の演説は午前中だったが、予報では午後からの悪天候が見込まれていた。
絶好の実験日和だった。
藤谷は店頭でショッピングカートの整理をしながら隙を窺い、演説準備中の区議のすぐ背後の生垣に、この「充填」済みのガンプラ「HG 1/144 ズゴック」を忍ばせた。
雷はその25分後に落ちた。
騒ぎにまぎれて、藤谷はガンプラを回収。
証拠を消して、現場を離れた。
完全犯罪と言っていいだろう。
藤谷からSNSで「実験大成功!!」の知らせを受けた二人の反応は────
「やった!」「やりましたね!!!」と尾上。
「え、噓」石塚は半信半疑のまま「マジで!?」と返した。

東京都江東区青海1-1-10 ダイバーシティ東京
「まだ信じていないようだな」
藤谷が言った。
「別に疑っているわけではないです。現実に起きたことは起きたことだし……」
石塚は「凶器」のズゴックを藤谷に返した。
「でも、何でこんなことができるのか、不思議だな、と」
「不思議だろう。おれもそう思う」
藤谷は続けた。
「何でこんな現象が起きるのかもわからないが、おれはそれを深く追求する気もない。ただ、雷でも植木鉢でも落ちてほしい人間の頭の上へ落ちてくれたらそれでいい。おれはそう思っている」
「確かに……」
不確かな心のまま石塚は相槌を返していた。
「呪いのヒトガタは本物だよ」
藤谷はボールを弄ぶように、ズゴックを右手から左手へ、左手から右手へ放った。
「別にこのヒトガタが怪談の生きた人形のように動き回って人を殺すわけではない。ヒトガタは闇のパワーで自然界の気をほんの少し動かすだけだ。それでも十分、人は殺せる。雷を起こす力はないが、落ちる場所はある程度、指定できる。地震でも台風でもゲリラ豪雨でも、現実に発生する自然現象の力を利用して相手を倒す技術だと思えばいい」
「何か合気道みたいですね。合気道よく知らんけど」と尾上。
「災害に勝る破壊のエネルギーを人類はまだ手にしていないという意味では、これは最強の兵器と言えるかもしれない。このガンプラを量産すれば、あのデカい法燈電力ビルでも破壊できる。国土を汚染した大罪から逃げきった国策企業の社員どもを100人単位で殺害できる」
「すげぇ、それはもう大量虐殺ですね」
尾上はもう酔っているのかやけに陽気だ。
「考えてみれば、ガンダムは大量破壊兵器ですからね。だって、たった一機で何百人も殺しているんだから。何と言っても、連邦の白い悪魔、ですからね」
「この犯行は誰にも気づかれない。これこそ神の怒り。天罰だ」
「神風だ、神風。連邦の白い神風!」
藤谷は謎の力を得て、自信を深めている。
尾上はただ浮かれている。
石塚は黙って聞いていた。
何が気になるのだろう。
何が気に入らないのか、自分でもわからない。
「不満がありそうだな」
藤谷がそれを察した。
「言ってみろ」
「何というか」
石塚は言いかけて、詰まった。
話す代わりに、ビールをあおった。
「直に手を下さないことは、汚いことだろうか? 姿を隠して表に出ないことを、潔くないと思うか?」
「いや。そうではなく、何というか……」
「何なんですか、イシヅカさん」
尾上がもどかしげに絡んだ。
「はっきり言ってくださいよ」
「イシヅカ君、君は根っからの武闘派だからな。君が考えるテロのイメージ、サバイバルナイフかナタを持って正面突破する勇ましさとは、この犯行はかけ離れている。納得がいかないのも無理はないと思う」
「うーん……」石塚は部屋の天井を見上げた。
「自然現象には犯行声明もない。YouTubeのライブ配信もない。おれたちは完全に黒子だ。この現象の一部でしかない。ほとんど無に近い。世間は不幸な災害か偶発的な事故と受け取るだろう。それでもこれは、テロリズムだ。人間界の汚れた司法と階級に守られ罪から逃れる者たちに鉄槌をくらわす。天の裁きを代行する尊い役目だとは思わないか」
「そうですよ。原発事故当時の経営幹部はうまいこと逃げ切りましたが、現在の法電社員も同じ恩恵を受けているわけです。この呪いも堂々と受けてもらいましょうよ。新入社員だってインターンだってテロの対象です。当然の報いですよ」
その理屈はわかる。
先祖の因縁が子孫に祟るように、旧経営陣の悪行は現役の血で贖われるべきだ。
そうか。
そうだ。
そうなのだ。
放っておいてもこの国では毎年、様々な天災で無差別に人命が失われている。
無辜の人間が災害で死ぬのは悲劇だが、死ぬべき人間が雷に撃たれて死ぬなら、そこには正義がある。
大いなる自然の力を利用して殺したい人間を殺せるなら、それもテロには違いない。
「いや、いいと思います。これで行きましょう」
「よし。決まったな」
「そうだそうだ!」
尾上が握った拳を突き上げた。
と、盛り上がったところで、ノックの音だ。
石塚は電撃を食らったように、びくんッと、背を正していた。
誰かがドアを叩いている。
三人が顔を見合わせた。
一同に緊張が走っている。
藤谷が立ってドアへ向かった。
誰だろう?
藤谷がドア口で相手と話している。
新聞か何かの勧誘だろうか。
長引くようなら、自分が出ていって追い返してやろう。
石塚がドアの方へ注意を向けていると、藤谷の肩越しに、ちらりと相手の顔が見えた。
髪の薄い老爺だ。
「……ちょうど仲間と酒を飲んでたところです」
藤谷の声が漏れてきた。
「……おお、そりゃよかった」
老爺の声もする。
藤谷の肩越しにまた老爺の顔が見えた。
老爺がこちらを覗き込んでいる。
握ったままでいた拳を開いて
「どうもー」
尾上が陽気に挨拶した。
石塚はとっさに顔を伏せていた。
「……調子に乗って飲み過ぎないように」
「……はい。気をつけます」
話が終わり、藤谷が戻ってきた。
「誰ですか? あの爺さん」
「ここの大家だ。これをもらった」
プラスチックのケースに入った食品だった。
「奥多摩で採ってきた、天然のマイタケだとさ」
マイタケご飯。
それにマイタケの天ぷら。
「大変貴重なものらしいぞ。おれは食わないから、よかったら君たち、持って帰れ」
「すいませんが、おれキノコは苦手なもので」
尾上が苦い顔で答えた。
「今、顔を見られましたよ」
石塚は焦っていた。
「始末したほうがいいんじゃないですか」
「おいおい」
藤谷が笑った。
「山歩きが趣味のただの爺さんだ」
「いや、しかし」
あの橘襲撃犯の三人が、こうして集まっているのだ。
また何か良からぬことを企んでいるのではないか、と疑われても不思議はない。
「もう引退しているが、元はこの地域の保護司だよ。おれの今の担当とも知り合いだ。時々様子を見に来て、たぶん報告もしているのだろう」
だったら尚更、危険ではないか。
藤谷は仮釈放、保護観察中。
尾上と自分は、執行猶予期間を無事越えたとはいえ前科者だ。
通報されたら、ただでは済まないだろう。
「逆だよ。おれが一人、部屋で悶々としているほうが問題だ」
藤谷は動じなかった。
「大丈夫だ。見ろよ。これは、仲間と楽しくプラモを作りながらの飲み会以外の何物でもない」
「しかし……」
「こうした真っ当な暮らしぶりを見せておけば、もしもの時のアリバイにもなる」
「そういうものですか」
「健全なテロは健全な生活に宿る、と言うだろう」
「言いますよね。いや、言わないだろう」
尾上が下手なツッコミを入れる。
「それより君たち、そろそろ作業に戻らないと、本当にただの飲み会になってしまうぞ」
藤谷の言葉で休憩は終わった。
石塚の気分も来たときよりは、かなり晴れてきた。
仲間と会話を交わし、心に陽も差してきた感じだ。
東北自動車道を夜通し走った疲れもあって、少しナーバスになっていたようだ。

藤谷が言う方法でテロがうまくいくなら、それでいいのだ。
プラモデルで人が殺せるなら、こんな楽なことはない。
自分も「ガンプラ」作りに取りかかろう。
おっと、その前に────。
「フジタニさん、大事なものを忘れていました」
石塚はトートバッグから〝ブツ〟を出した。
「おお、そうだった。おれもすっかり忘れていたよ」
石塚はビニール袋に入ったそれを藤谷に渡した。
「これが、フクシマの土か」
「松川インターチェンジの裏の畑の土ですよ。いいんですか、こんなもので?」
宮城まで行く仕事が入ったと藤谷に知らせると、福島で土を掘ってこいと言われたのだった。
なるべく廃炉になった法電の原発に近いほうがいいとの話だったが、仕事中にそんな場所へ寄り道している暇はなく、トイレに寄った福島県内のパーキングエリアでササッと掘ってきただけなのだが、藤谷はこれで十分だと言う。
「別に放射能に汚染されていなくてもいい。こいつがフクシマの土ならそれでいいんだ。フクシマなんてただの記号なんだから」
藤谷は言う。
「呪いの魔術とは、物理的な力でも、化学的な反応でもない。ましてや数学的に術式を組み上げるのでもない。言わば文学なのだ。文学とは、文字と象徴の集合体だ。記号を操作して情念に形を与える行為だ。呪いの本質は言霊の実体化だよ。ヒトガタは呪いの言葉を糧に生きる、それ自体が一つの生命体であり、ヒトガタに込められた呪いの力は、時間と空間を越え、現実へと作用する」
何を言っているのかさっぱりわからない。
「別にわかる必要はないさ。はっきり言って、おれにもわからない。ただこの本には、そう書いてある」
藤谷は傍に置かれていた紙の束を持ち上げた。本をコピーしたものらしい。
表紙には
「㊙江川英竜研究」
「矢田部郷雲『Alles over Eiryuu golem』現代語訳」
「付記 英竜式呪いの土人形についての一考察」
と書かれている。

「ガンプラをヒトガタに決めたのは、おれのナイスアイデアだけどな。江戸時代はこんな中空の薄くて軽い丈夫な素材はなかったのだろう。土と小麦粉を練ってパンのように焼き上げたり、いろいろ工夫を凝らしてヒトガタにしていたようだ」
「プラスチックは人類の最大の発明品ですよ。何がマイクロプラスチック汚染だ。プラスチック万歳!」
藤谷はサンプルのズゴックをまた手に取った。
「こいつの中身は、近所の土。すぐそこの共鳴党のポスターが貼ってある家の土だ。中産党と共鳴党は犬猿の仲で有名だから、呪いのシンボルに適していると踏んだのだ」
「前に住んでたアパートの隣が共鳴党の夫婦でしたよ」
共鳴党と聞いて、尾上が反応した。
「あいつら朝っぱらから、お経がうるさいんですよね。コケコッコーみたいに、ホーホケキョホーホケキョって」
「破いた共鳴党ポスターの切れ端と、表面上は対立していたソビエト連邦の古銭も一枚入れておいたが、果して意味があったのかどうか。それでも実験は成功した。この本に書かれていたことは真実だった」
藤谷が立ち上がった。
ユニットバスのほうへ向かうと、右手に青いバケツ、左手にペットボトルを持って戻ってきた。
2リットル入りのペットボトルの中では、何やら赤黒い液体が揺れている。
「プラモデルは甲虫の外骨格みたいなものだ。その内部へ、フクシマの核という体液を注ぎ込めば、呪いのヒトガタは完成する」
藤谷はビニール袋を開け、フクシマの土をバケツに入れた。
「その土、ふるいにかけなくてもいいんですか?」
石塚が尋ねた。
土は畑の畔をただシャベルですくってきただけなので、草や小石も混じっている。
「むしろこのままがいい。生のままのフクシマがここにあると思えばな」
藤谷が答えた。
「これを着けろ」
藤谷が石塚に防塵マスクとゴーグルを渡してきた。
「着けないと鼻と目にガツンと来るぞ」
藤谷も尾上もすでに装着済みだ。
「何しろ、160年物の呪いのワインだからな」
言われるまま、石塚もマスクとゴーグルを着けた。
藤谷はペットボトルを開け、バケツに液体を注いだ。
ツンとする刺激臭が石塚の鼻先まで漂ってきた。
木のへらを使って、土を液体を混ぜ合わせるのは尾上の役目だ。
「いい感じですよ。まるで血の池みたいですね」
藤谷がコップですくったドロドロの土を、金口のついた絞り袋に入れ始めた。
「どうだ。ケーキ作りみたいだろう」
完成したガンプラ「ザク」の背中に開けた穴から、泥土を絞り入れていった。
こうして、この世にまた一体、呪いの新型土人形・ガンプラが誕生した。
「フジタニさん」
石塚は気になっていたことを口にした。
「この液体の正体は? これをどこで手に入れたのですか? その本も一般に売ってるものじゃないでしょう」
「この液体は」
藤谷が答えた。
「幕末、江川という侍が黒船を追い返すために開発した魔術の薬品だ。液体のうちは何も起きない。ヒトガタに固まると液体に封じられた魔術が発動し始める。ヒトガタに呪いをかけたい相手の対立物を加え、呪文というパスワードを唱えればいいのだ。解き放たれた力が、作用する自然の気が小さければ小さな害が、大きければ大きな害が発生するだろう。それ以上のことは、おれにもわからない。あえて知る必要もない。おれたちはテロリストであって、魔術師ではないからな」
「魔術師でテロリストってのもキャラが立ってていいかもですね。どこかのラノベに出てきそうだ」
「液体をどこでどうやって手に入れたか。それについては答えられない。君たちは知る必要のないことだ。誤解しないでくれ。これは組織を守るためだ。もしもの時は、おれ一人が罪をかぶればそれで済む」
「フジタニさん……」
正当な手段で手に入れたものではないことは間違いなさそうだ。
「君たちは何も知らずに、ただガンプラを作って遊んでいただけだ。そういうことにしておいてくれ」
石塚はそれ以上、問わなかった。
* * *
その日、解散するまでに完成したガンプラは全部で11体。
尾上は3体、石塚も3体、それぞれ自宅へ持ち帰ることにした。
残りは藤谷が、テロ決行の日まで保管する。
安全のための分散管理だ。
魔術発動の最後のキーとなる呪文も、安全のため藤谷は二人に明かさなかった。
石塚は土が詰まってずっしりと重いガンプラと、貰い物の天然マイタケご飯、天ぷらを持って、藤谷の部屋をあとにした。
石塚が持ち帰ったのは、ジオン軍のザクが3体。
1体は「シャア専用」の赤いザクだ。
これからしばらく、この呪われたモビルスーツと暮らすことになる。
テロの対象が、電力会社であることは、もう重要ではなくなっていた。
ヒトガタの呪いで、一体どれだけの被害が出せるものなのか。
それ次第で今後の活動の規模も方向性も決まるはずだ。
情弱を返上、魔術を手に入れた三人によるガンプラ・テロは、関東が台風シーズンへ突入する秋の天赦日を予定していた。
(つづく)

「機動戦士ガンダム」 カセットカバー・ブック
我が家に残る数少ないガンダムの資料の一つだが
これはVHSビデオ用のラベルではなく
何とカセットテープ用のラベルである

確か一台30万円近くはしたはずだ
現在の感覚では50万円以上だろうか
当然一般家庭にはまだ普及していない
だから当時のアニメファンの多くは
ラジカセでアニメの音声だけ録音していたのだ

「戦死者の記録」
「あらすじ」
「ホワイトベースの現在位置」が記されている
架空の宇宙世紀を「史実」として捉える感覚が
この時点ですでに生まれていたことがわかる

かっこいいはずのロボットアニメが
無残な戦争の姿を描き出していることに気づかされる

第二次世界大戦は
教科書の後ろの方で駆け足で通り過ぎる
日本史、世界史の一つのエピソードでしかない
あまり試験にも出ないのでろくに覚える気もしない
私もまた歴史を忘れた国の
歴史を知らない子供だった
「機動戦士ガンダム」は
戦後生まれの冷戦下の少年少女の目の前で起きた
リアルな戦争体験だった
遠い歴史と今の自分を想像力でつないだのだ
