私の「先生になりたい」の源にあるもの
私が保育士を目指した理由
私が「幼稚園の先生になりたい」と初めて思ったのは、幼稚園の年中さんの頃でした。
卒園式の日。
そこで見た先生のピアノが、とても上手だったことを今でも覚えています。
子どもたちの前でピアノを弾くその先生の姿が、幼い私にはとても素敵に見えました。
「私もこんな素敵な先生になりたい。」
それが、私の最初のきっかけでした。
家に帰ってから、お母さんに
「ピアノ習いたい!」
と伝えました。
幼稚園の先生になるために、ピアノが弾けるようになりたい。
そんな気持ちだったのだと思います。
結局、小学校に入るとバスケットボール部に入り、だんだん忙しくなってしまって、ピアノは5年生までしか続けられませんでした。
それでも、幼稚園の先生になりたいという気持ちは、なぜかずっと心のどこかに残っていました。
小さい頃の私は、寝る前になると、祖母の部屋にあるお仏壇に向かって、
「幼稚園の先生になれますように。」
と話していました。
今思うと、なんだか不思議です。
その頃の私は、まだ「幼稚園の先生がどんな仕事なのか」もよく分かっていなかったはずなのに。
それでも、あの先生の姿に心を動かされたことだけは、ずっと覚えていました。
ただ、人生はそんなに真っ直ぐには進みませんでした。
小学生、中学生、高校生と成長していく中で、
「バスケットボール選手になりたい。」
と思ったこともあれば、
「会計士になりたい。」
と思ったこともありました。
自分が経験することが増えるたびに、やりたいことも変わっていきました。
高校生になり、いよいよ進路を決めなければならなくなったとき。
私は改めて、
「自分は結局、何がしたいんだろう。」
「どんな人になりたいんだろう。」
と考えるようになりました。
そこで思い返してみると、私は昔から、人に何かを伝えることが好きだったことに気づきました。
誰かに何かを教えるとき。
その人にどう伝えたら分かりやすいだろうと考えたり、
どんな言葉を選んだら、この人に伝わるだろうと考えたり。
そして、自分が考えて伝えたことによって、
相手が少し楽になったり、
喜んでくれたり、
何かに気づいてくれたり、
少し成長できたと感じられたり。
そんな瞬間が、私はすごく嬉しかった。
でも、それは勉強を教えるということではありませんでした。
「この問題の答えはこうだよ」と教えることよりも、
その人自身がどう生きるか。
どう考えるか。
どう人と関わっていくか。
そういう、人の「人間性」に関わることを伝えたり、一緒に考えたりすることに、私は大きな喜びを感じていたんだと思います。
そこで、幼い頃の記憶が少しずつつながっていきました。
「私がやりたいことって、もしかしたら昔から変わっていないのかもしれない。」
そう思いました。
人と関わること。
誰かの成長に関わること。
その人が何かに気づいたり、一歩踏み出したりするきっかけをつくること。
それが、私が大切にしたいことなんだと気づきました。
そして私は、保育士を目指すことを決めました。
年中さんの頃に卒園式で見た、ピアノを弾く先生。
「こんな素敵な先生になりたい」と思ったあの日。
そこから何年も経って、いろんな夢を見て、いろんなことに悩んで。
それでも最後に戻ってきたのは、あの日の自分が憧れた「先生」でした。
あの頃の私は、まだ何も知らなかった。
先生という仕事がどれだけ大変なのかも、
子どもと向き合うことがどれだけ難しいのかも、
自分自身が悩む日がたくさんあることも。
何も知りませんでした。
それでも、
「こんな先生になりたい。」
と思った気持ちだけは、今でも私の中に残っています。
そして今、私は保育士として働いています。
あの頃思い描いていた「素敵な先生」に、私はなれているのかな。
そんなことを考えながら、今日も子どもたちと過ごしています。
まだまだ迷うことも、悩むこともたくさんあります。
でも、これからも子どもたちと関わる中で、自分自身も成長しながら、
いつかあの頃の私が憧れた先生に近づいていけたらいいなと思っています🌷
