子どもに育てたい「心の力」|非認知能力を知っていますか
1,非認知能力とは?
最近、研修や子育ての中でよく聞くようになった言葉に「非認知能力」というものがあります。
難しい言葉に思われがちですが、
テストの点数や文字の読み書きといった、
目に見えやすい指標とは少し違う力のことです。
たとえば、
失敗しても諦めず、もう一度トライしてみる力
自分の気持ちをコントロールする力
友だちとの協調性や社会性
相手の気持を汲み取る力
好きなことに夢中になる力
すぐに結果が出なくても、粘り強く取り組む力
自分の状況や困りごとを言葉にできる力
こうした力のことを指しています。
これからの時代を生き抜く子どもたちにとって、
大切な力と言われています。
……と、ここまで書いてみて、
「あれ?これって、保育園で毎日のように見ていることじゃない?」
そんなふうに私は思いました。
子どもたちは遊びの中で、
失敗してうまくいかない経験をしたり、
友だちと関わったりしながら、
こうした力を日々少しづつ身につけています。
今回は、保育士として子どもたちと毎日を過ごす私が、
「非認知能力」について感じていることを書いてみます。
2,「できる・できない」だけではない 過程の大切さ
家で子育て中…ママの目線に立っているときや、
保育者として駆け出しの頃の私は、
子どもの行動を「できた・できない」の2択で捉えようとしていました。
着替えが自分でできるようになった
靴を履けるようになった
ひらがなが読めるようになった
お友だちと仲良く遊べた
もちろん、「できるようになった」という成長は嬉しいものです。
でも、保育士として子どもたちを見たり勉強を重ねる中で、その結果だけではなく、
「できるようになるまでの姿(過程)」も同じくらい大切なんじゃないかなと思うようになりました。
たとえば、なかなか着替えがうまくできない子──
大人が手伝ってしまえば、もっと早く、きれいに着られます。
それでも、「自分で!」と言って何度も挑戦している。
服が裏返しになっても、
時間がかかっても、
うまくいかず怒っても、
それでもまたやってみる。
親の側に立つと、
「おーい!もう時間がないんだ…今日は勘弁してくれ」
そう叫びたくなるような時間ですが 笑
「できるようになった」という結果だけではなく、
自分で何度もトライしてみたこと、うまくいかなかったこと、
その過程にこそ、子どもの“非認知能力”を育てる種があるのだと思います。
◎自分で納得して解決する
例えば昨日、こんなことがありました。
友だちを叩いてしまい、そのことを友だちから保育士に伝えられ困り顔をしていたAくん。
その場で
「何があったの?」
「Aくんはどうしたらいいと思う?」
そんなふうに話をしてみました。
Aくんは笑ってごまかしたり、
それが効かないとなると怒ってみたり…
そこで私は、少し離れたところから見守ることにしました。
Aくんは、チラッチラッと私を見ながら、
自分の気持ちを整理していたようです。
そして少し時間が経つと、
自分で納得したのか、友だちに謝れたようで、
その後は、またニコニコしながら遊び始めました。
若い頃の自分は、
「お友達痛いから、叩いたらだめでしょ。Bちゃんになんて言えばいい?」
そんなふうに、淡々と「正しい答え」を教えて、
早く解決しようとする保育者だったように思います。
でも今は、早く先生の思うように解決することだけが大切なのではないと思っています。
自分自身が考えて、納得して、自分の力で解決していく。
その「過程」こそが、子どもにとって大切な力を育てる種になるのではないでしょうか
「やってみよう」
「うまくいかないな」
「もう一回やってみよう」
この過程に、子どもの大きな成長が詰まっているのです。
「まだできなかったけど、頑張っていたね」
「もう一回やってみたんだね」
「自分で考えてやってみてうまくいかなかったね」
そんなところにも、目を向けてあげたい──
非認知能力という言葉を知ってから、私は以前よりも
**「まだ結果にはなっていない子どもの力」**
を見るようになった気がします。
3,子どもにとって失敗はない
子育てをしていると、我が子に
「失敗してほしくない」
「うまくいかずにイライラしている姿を見たくない」
「早くできるようにしてあげたい」
そんな気持ちから、つい子どもの先回りしてしまうことがあります。
もちろん、危険なことから子どもを守るのは大切です。
でも、すべての「うまくいかないこと」まで、
大人が先回りして取り除いていいのかな──?
最近、そんなふうに思っています。
子どもにとって「失敗」って何なんだろう?
大人から見れば
「できなかった」
「間違えた」
「失敗した」
と思うことでも、子どもにとっては
「まだ、できていないだけ」
「子どもには”失敗”という概念がない」
のだそうです。
靴を左右逆に履いた
牛乳をこぼした
積み木が崩れた
友だちとの遊び方がうまくいかなかった
大人から見れば、「あー、失敗しちゃった…」と思うようなことでも、
「どうしたらうまくいくんだろう?」
「もう一回やってみよう」
「今度はこうしてみよう」
と、子どもは考えるきっかけにしています。
そこで大人がすぐに、
「こうすればいいよ」
「貸して、やってあげる」
「こうしたら失敗しないよ」
と答えを全部渡してしまうと、その子が自分で考える機会もなくなってしまいます。
だから私は、最近少しだけ待つようになりました。
(もちろん、危険がないことは大前提です)
「どうするかな?」と見守る
すぐに答えを教えず、考える時間をつくる
すると子どもは、自分なりに考えて、また動き始めます。
やってみる
うまくいかない
考える
もう一度やってみる
この繰り返しそのものが、子どもの力になっていくのだと思います
「失敗しないように育てる」のではなく、
「うまくいかないことがあっても、自分で考えて、またやってみればいい」
そんな経験を重ねることも、大切なのかもしれません。
大人から見れば「失敗」でも、
子どもにとっては、まだ成功していないだけ。
そう考えると、
子どもの「うまくいかなかった」
に対する私たち大人の見方・接し方も
少し変わってくるような気がします。
4,「頑張る」だけじゃない 休むこと、助けを求めることも力
先の章と相反することを言うようですが、
非認知能力といっても、
「最後まで頑張る」
「諦めない」
「我慢する」
そんな力だけではありません。
自分が疲れていることに気づく
「手伝って」と人に助けを求める
「これはできない」と言葉にする
嫌なことから少し距離を取る
気持ちを切り替えて、また動き出す──
こうした力も、
これから長い人生を生きていく上では、
とても大切ではないでしょうか。
保育をしていると、頑張りすぎてしまう子
HELPを出せない子に出会うことがあります。
「大丈夫」と言いながら、本当は困っている
友だちに嫌なことをされても、じっと我慢している
「できない」と言えず、一人でなんとかしようとしている
そんな子を見ると
「困ったときは助けてって言っていいんだよ」
「嫌だったら、嫌って言ってもいいんだよ」
そんなことも伝えてあげたいと思うのです。
そしてこれは、子どもだけの話ではありません。
大人になっても大切な能力…
人は誰しも、ずっと頑張り続けることはできません。
疲れたら休む。
誰かに頼る。
できないことは「できない」と伝える。
それも、自分を守りながら生きていくための大切な力です。
だから、子どもに身につけてほしいのは、
「何があっても頑張り続けられる強さ」だけではなく、
「自分の状態に気づき、必要なときは立ち止まったり、人を頼ったりできる強さ」なのかもしれません。
頑張ることも、休むことも
挑戦することも、助けを求めることも──
どちらも、その子が自分らしく生きていくための大切な力なのだと思います。
5,非認知能力は、教え込まない
「非認知能力というものがあって、これからの時代を生きる子たちにとって大切な能力だよ」
そう聞くと、大人はつい
「非認知能力を伸ばそう!」
と一生懸命になりがちです。
「最後まで頑張りなさい」
「お友だちに優しくしなさい」
と、非認知能力につながることを、
直接子どもに教えたくなります。
でも、私は保育をしていて、
少し違うのかもしれないと思うようになりました。
非認知能力は、
何かを一生懸命「教え込む」ことで身につくというより
毎日の遊びや生活の中で、子ども自身が経験することによって少しずつ育っていくものではないでしょうか。
子どもは、真剣に遊び込んでいると
「やってみたい」
↓
「あ、うまくいかなかった」
「どうしよう?」
↓
「もう一回やってみよう」
そんな経験を自然と繰り返す
その中で、子どもは自分で考えたり、工夫したり、気持ちを立て直したり、人に助けを求めたりすることを覚えていきます。
だからこそ、保育士ができることは、
子どもが「やってみたい」と思える環境をつくること
そしてうまくいかなかったときも、すぐに答えを出さず、
「どうしよう?」と考える時間を保障すること。
そんな毎日の積み重ねが、
結果的に非認知能力を育てていくのかもしれません。
そしてそれは、特別な教育ではなく、
いつもの保育の中にすでにあるものなのかもしれません。
まとめ|毎日の中にある、小さな「成長の種」
非認知能力について考えてみると、
特別なことをしなければ身につかない力ではなく、
子どもたちが毎日を過ごす、
その一つひとつの中に「成長の種」があるのだと思います。
その種を見逃さず、
子ども自身が考えたり、挑戦したり、
立ち止まったりできるように、
少しだけ意識して関わってあげる。
そうすれば、
その小さな種から芽が出て、やがて花が咲く──
そんなふうに思います。
保育士として&親として
子どもたちの中にある「成長の種」を見つけられる大人でありたい
非認知能力という言葉を知った今、私はそんなことを思っています

