#1 おひめさまのルーツを語る。
日々、おつかれさまです。
hunny(ハニー)です。
春なんだか冬なんだか、季節が定まらない時期を乗り越え、やっとあたたかくなりましたね。
東京にお住まいの方の中には、
「なんか今年は寒波多くなかったか??」
なんて思われる方もいるのではないでしょうか。
実のところ、私が東京に訪れるたびに
寒波も一緒に東京観光するという天気のバグが起きておりました。
「私がエルサかな?」と勘違いするまでに、
私が東京に行くたびに寒波を連れていくため、
都民の皆様にはとんだご迷惑をおかけしてしまいました。
しかし、このままの調子でいけば、
そのうち手から氷の結晶を出せる日も近いはず。
そうなったらさっぽろ雪まつりに負けない雪まつりを東京で開催してやろうとおもいます。
さておき、雪に関しては北海道よりも東北の方が
積もるわ雪かきせねばだわで、大変なイメージを勝手ながら持っています。
吹雪く中での雪かきは寒さが身に染み入ることでしょう。
そんな過酷さを思うとなんとなく人ごとでは思えない気が。
それはきっと血がそうさせるのかもしれません。
私のルーツは岩手と静岡にあり、
母と父からその血を継いでいる。
祖母は奥州の生まれで、祖母の実家は裕福なお家であった。
祖母の母である曽祖母は、お嬢様であったらしく、嫁入りには豪華な家具や高価であろうお着物を沢山持ってやってきたという。
曽祖母が嫁いだ先は特別お金持ちであったわけでもないようだが、祖母ももちろんお嬢様として育った。
当時の岩手の田舎には珍しくテレビがあり、近所の人達がテレビをよく見にきていたそうだ。
奥州とはかつて、栄華を極めた藤原家の者たちが京都から逃げ延びた地である。
多くの貴族が使用人たちを連れて来たであろうが、
田舎にも関わらず目にも見えて裕福であり、乳母がいたと聞くし、おそらく祖母は貴族(過去)の血を引いている。
「それだけじゃパンチが弱くないか?」と思う人もいるだろう。
しかし、それを裏付けるエピソードがひとつある。
母が幼い頃、祖母に連れられ奥州を訪れたときのこと。
初めて出会った親戚に「あなたは世が世ならおひめさまだったのよ」と言われたそうだ。
当時の母の家は貧しかったので、当人は親戚の可愛がりくらいに思っただろう。
しかし、相手はまんざらでもない様子。
励ましであったのか自信をつけさせたかったのか、はたまた誇りを持ってほしかったのか。
今となっては親戚も覚えていないだろうが(なんなら祖先の元へ旅立っている)、
おそらく奥州藤原氏の末裔であることを伝えておきたかったのだろう。
ということはだ。
こんな私も、世が世なら私もおひめさまだったのだ。(なんてこった!)
平凡に生き、名の知れない百姓の末裔だと思っていた頃と比べればとんでもない出世だ。
そうして私は、瞼の裏に夢を見る。
京都で、屋敷で、おひめさまとして暮らしたかもしれない。
綺麗な衣に身を包み、長い黒髪は奥ゆかしく整えられている。
貝合わせや歌を嗜み、話が弾めば口元を押さえほほほと笑うのだ。
しかし、人生は山あり谷ありで、今では栄華を収めた一族の面影を感じる余地はない。
しかし、それでも継がれていくものはあるはず。
心のどこかで平安の世を想う、その残り香は人に気づかれない程度にほんのりと漂っている。
「世が世ならおひめさま」
自分のルーツを知り、ルーツに想いを馳せてみる。
「わたしもおひめさまだったのよ」と。
2025.2 『おひめさまのルーツ』
p.s. お雛様を見ると、少し自分と重ねてしまいます。
私もこれを着れたのかと思っちゃったり…
感慨深いなぁ。
