カエサルとオクタヴィアヌス
カエサルは、
皆さんも一度は名前を聞いたことがあるのでは
ないでしょうか。
共和政ローマ時代に、
ガリア(今のフランス)遠征で活躍したり、
絶世の美女として知られる、
クレオパトラと関係を持ったり、
まさに英雄と呼ばれた人物でした。
カエサルのことは知らなくても、
「ブルータスお前もか」、
というセリフは聞いたことがある方もいると
思いますが、その元ネタになった人です。
カエサル関連だと、
「賽は投げられた」、
機動戦士ガンダム 水星の魔女の作中でのセリフ、
"アーレア・ヤクタ・エスト"は、
賽は投げられたのラテン語読みで、
この言葉を言ったのも彼だとされています。
これは当時、
イタリア北部を流れるルビコン川を、
軍団を率いて渡ってはならないきまりが
ローマにはありました。
なぜなら、
軍を率いてルビコン川を越えて、
ローマに入ることは、
反逆行為と見なされていたからです。
しかし、
カエサルは、
ローマにいる元老院達と対立し、
もはや対決は避けられないと覚悟を決め、
「賽は投げられた」と言ったとされます。
最終的には、
彼は元老院達によって暗殺されてしまいますが、
彼の意志を引き継いだ人間がいます。
それが、
後の初代ローマ皇帝 オクタヴィアヌスです。
オクタヴィアヌスは、
カエサルとは正反対の人間でした。
カエサルは華があり、
戦上手で、英雄色を好むの言葉通り、
夜の遊びも嗜む、陽キャな人物です。
一方、
オクタヴィアヌスは、
どちらかというと地味で大人しく、
女遊びもしないような、陰キャな人物です。
性格が正反対にもかかわらず、
カエサルは、オクタヴィアヌスを養子に迎え、
自らの後継者に指名します。
普通であれば、
自分と同じタイプの人間を好み、
後継者に選びがちですが、
英雄 カエサルは、
単純に見た目やタイプだけでは、
後継者にふさわしいかどうかを
選ばなかったのです。
人を見る目、本質を見抜く力があったのでしょう。
オクタヴィアヌスは、
"ゆっくり急げ"、という言葉が残っているくらい、
思慮深く、軽々しく動く人物ではありませんでしたが、決断したら実行に移すのが早かったのです。
カエサル亡き後は、
しばらく他の有力者2名と三頭政治を行いますが、
やがて、三頭政治の一翼を担っていた、
カエサルの部下 アントニウスと対立し、
ついに衝突します。
アントニウスには、
カエサルと関係を持っていたクレオパトラがつき、
実質アントニウス派のローマ・エジプト連合と、
オクタヴィアヌス派のローマの対決となりました。
両者はアクティウムの海戦で雌雄を決し、
オクタヴィアヌスが勝利します。
アントニウス、クレオパトラは、
追い詰められてそれぞれ自殺し、
ローマの支配者はオクタヴィアヌスになり、
エジプトの王朝は滅びます。
オクタヴィアヌスは、
共和政の下で、あくまでもローマの一市民として、共和政を尊重する立場を貫こうとします。
それは、
先代のカエサルが、
表立って野心を見せたために、
元老院達に暗殺されたことを知っていたので、
同じ轍を踏まないようにするためでした。
そんなオクタヴィアヌスの殊勝な態度を受け、
元老院は、オクタヴィアヌスに、
"尊厳者"(アウグストゥス)の称号を贈ります。
こうして、
着々と帝政ローマへの基礎固めを行い、
ついにオクタヴィアヌスは、
ローマを共和政から帝政へと移行させ、
初代皇帝となります。
カエサルとオクタヴィアヌスは、
私達とは馴染みが薄いように感じますが、
身近なところに名前が残っています。
カレンダーで、
7月がJuly、8月がAugustとなっています。
これは、
カエサルの名前、
Julius Ceaser(ジュリアス・シーザー)、
オクタヴィアヌスが贈られた、尊厳者の称号 Augustus(アウグストゥス)、
からそれぞれとられています。
カエサルがユリウス暦を作った時、
自らの誕生月である7月に自分の名前をつけ、
カエサル亡き後に、閏年を修正する時、
8月に、アウグストゥスに由来した名前がつけられ、
今に至るのです。
ローマの英雄達は、
今なお私達の世界で生き続けているのです。
カエサル、オクタヴィアヌス、
タイプは違いますが、どちらも英雄です。
カエサルは、
私達が思い描くような英雄像に近いですが、
それ故に、志半ばで命を落としたといえます。
オクタヴィアヌスは、
どちらかというと地味ではありながら、
慎重に足場を固め、確実に敵を倒していき、
ついに大業を成し遂げることができたのです。
この2人を見ていると、
必ずしも見た目通りの活躍、結末があるわけでは
ないことや、唯一の正解があるわけではないことがわかります。
私達がイメージするような、
英雄像に近い人物しか大業をなせないのであれば、
オクタヴィアヌスは名を残すことはできません。
反対に、
慎重に確実に堅実な生き方しか許されないので
あれば、カエサルのような人物は出てこない
でしょう。
才能に溢れる人物が、
最後まで輝かしい一生を終えられるわけではなく、
かといって、
地味な人物が、一生地味で終わらなければならないわけでもありません。
人生は、
最後の死ぬ時まで、
何が起こるかわからないし、
死は必ずしも寿命で終わるとは限らず、
突然終わらせられることもあることを、
2人は私達に教えてくれているような気がします。
ただ、
オクタヴィアヌスは、
カエサルが見出したからこそ、
輝くことができたとも言えます。
カエサルは、
いかに相手がクレオパトラといえど、
後継者をオクタヴィアヌスから、
変えることはなかったのです。
普通の男であれば、
美女に誘惑されれば、言われるままに言うことを
聞いてしまいそうですが、
カエサルはそうしませんでした。
東西の英雄だけでなく、
一般の家庭でも起こる後継者選びの失敗をせず、
次代につないだという意味では、
カエサルに軍配が上がるかもしれません。
しかし、
そのカエサルの期待に応えるだけの器があった、
オクタヴィアヌスも、決して引けは取らない
でしょう。
話がまわりくどくなってしまいましたが、
英雄とはかくあるべし、
英雄はこうでなければならないみたいな、
決まった正解はないということです。
歴史上正解だったかどうかは、
結果論であり、他人からの評価であり、
彼ら自身がどう考えていたかは分かりません。
カエサルが、
たとえ暗殺されたとしても、
人生を生き切ったと思っていたなら、
それは彼にとって正解といえるでしょう。
私達は、
カエサルやオクタヴィアヌスのような、
英雄ではないかもしれませんが、
それは死ぬまでわかりません。
死んだ後に、
彼らほどではないにしろ、
誰かにとっての英雄になるかもしれません。
英雄とまではいかなくても、
恩人レベルにはなれるかもしれません。
日本国民全員からは無理でも、
たった1人にとって、いてくれてよかった、
と思ってもらえることがあるかもしれません。
英雄像に正解がないなら、
人生にだって正解はなくてもいいはずです。
正解がないなら、
自分の信じる道、自分が進みたい道を探し、
少しずつ歩いていけばいいと思います。
それはカエサルのように派手でなくても、
オクタヴィアヌスのように地道に堅実にであれば、
私達にもできることがあるのではないでしょうか。
英雄と凡人を比べることは、
恐れ多いことかもしれませんが、
学べることはあるはずです。
歴史上の人物達は、
私達に生きるためのヒントを教えてくれる、
貴重な先輩達です。
現実で見習う人がいないのであれば、
歴史上の人物達を、自分の推しにして、
参考にしてしまえばいいと思います。
歴史は、
そのためにあるのだと私は考えています。
皆さんはどのように考えるでしょうか。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
