見えない不安と、毎月向き合っている。

毎月一度、職員朝会の司会が回ってくる。

ただ、司会の文を読むだけ。
それだけのことなのに、
自分にとっては簡単なことではない。

自分は幼い頃から吃音がある。

子どもたちの前で話すことは、
吃音と向き合えるようになってきている。

そして、
吃音があるからこそ伝えられることもあると思っている。


でも、大人の前になると話は別になってくる。
話し始める前から、不安が押し寄せてくる。

・過去にからかわれたこと
・冷たい視線を感じたこと
・吃音が出たときの、あの何とも言えない空気


そんな記憶が、
まるで昨日のことのように蘇って、
喉がギューと詰まる感覚になる。

「教員なのに、話せないの?」
そう思われるんじゃないかとか不安にもなる。

実際にそう思われているかは分からないけど、
その不安は頭の中でどんどん大きくなっていく。

司会が近づく一週間くらい前から、
落ち着かなくなる。

毎月、「今度こそ大丈夫かもしれない」と思いながら迎えて、また不安になる。

「向き合えば、いつか乗り越えられる。」
そんな言葉を耳にすることもある。

もちろん、それも一つの考え方だと思う。

でも、現実はそんなに簡単ではない。
向き合おうとしても、怖いものは怖い。


不安は、そう簡単には消えてはくれない。

だから今の自分は、
「克服しよう」と焦るよりも、
不安を抱えながらでも、
その日を迎えている自分を認めてあげたい。

それは、吃音者だけではなく、
全ての人に言えると思う。

自分のことをたくさん認めてあげてほしい。

そして、
吃音を通してふと思うことがある。

学校には、毎日こんな気持ちで登校している子どもたちもいるのかもしれない。

・教室に入ること
・発表をすること
・友達に話しかけること


周りからどう思われるのか、
不安でいっぱいになりながら
過ごしている子もいるのかもしれない。

だから自分は、子どもたちに優しくありたい。

「頑張れ」と急がせるのではなく、
まずは、その不安な気持ちに寄り添える先生でありたいと思う。

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