いつも桜とともに|#みんはい桜まつり
( #ショートストーリー 本文:919字)
家の隣に大きな桜の木があった。だから私はわざわざ花見に行ったことがない。窓を開ければ花びらが舞い込み、ときどき毛虫まで落ちてきて「ギャー!」と叫ぶのが春の恒例だった。
幼いころ、私はよく熱を出した。そのたび母にねだったのが、チェリーの缶詰だった。あれを食べると、不思議と体が軽くなる。私にとっては魔法の果実だった。けれど当時は簡単に手に入らず、母は何軒も店を回ってくれていたらしい。チェリーがサクランボだと知ったとき、「隣の桜から落ちてくればいいのに」と本気で思った。
やがて熱を出さなくなり、私は元気に大きくなった。大学を出て就職し、入社式の日、会社構内の満開の桜の下に立った。でも心に浮かんだのは、やはり家の隣のあの木だった。毎朝それを見上げて家を出る生活を二年続け、やがて結婚した。
実家を出る日、最後に見た桜は、何も変わらず、ただ静かに咲いていた。
数年後、大きな地震が起きた。実家は崩れたが、倒れた家を支えたのがあの桜だった。母は無事だった。けれど桜はそのまま力尽きるように折れ、やがて伐られたと聞いた。あの木は最後までそこに立ち、家族を守ってくれたのだ。
母が亡くなり、今度は私が母になった。娘が熱を出すたび、私はチェリーを食べさせた。すると不思議とすぐ元気になる。「やっぱり魔法だね」と笑う娘に、「高い魔法なんだから大事に食べなさい」と、つい現実的なことを言ってしまう。
春には家族で公園へ行き、桜の下で弁当を広げた。缶詰のチェリーは欠かさない。娘は毛虫を見つけて「ギャー!」と叫び、私は笑いながら、少しだけ昔の自分を思い出す。
その娘も結婚して家を出た。
気がつけば、私はひとりで桜を待つ歳になっていた。足腰も弱り、花見に行くこともできなくなった。
――もう一度、桜が見たい。
あの木はもうない。でも、母の命を守ってくれた桜も、私や娘の体を元気にしてくれたあの赤い実の記憶も、ちゃんと私の中に残っている。ここまで見守ってくれたあの木のように力いっぱい咲く桜を、もう一度この目で見たい。
今年こそ公園へ行こう。桜の下でサクランボを食べよう。
来年はわからないから。
窓の外に目をやる。
風にかすかな春の匂いが混じっていた。

(了)
写真以外はフィクションです。神戸は3月27日に開花宣言が出ました。
はれるや( ´ ▽ ` )ノ。です。
riraさんの企画に参加します。
よろしくお願いします。
#みんはい桜まつり
では、今日はこのへんで。
はれるや( ´ ▽ ` )ノ。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければサポートお願いします! いただいたサポートはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!