預言者は知っていた - 5 #創作大賞2024 #ファンタジー小説部門
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ニネベ 〜 上陸
ヨナは目を覚ました。
「ガルシア、起きたみたいだ」すぐそばで少年の声がする。
「やっと起きたか。よく寝ていたな」ガルシアと呼ばれた女性が返事をする。
ヨナは身体を起こすとあたりを見まわして言った。「ここはどこだ?」
「私の家だ」ガルシアの答えはそっけない。「ヴァン、状況を説明してやれ」
「おいらが川まで水を汲みに行ったら、下流から山のように大きな生き物──そう、あれはチグリスのヌシ魚のようにも見えたけど──が上がってきて突然むせたように大量の水を吐き出したんだ。やがてそいつは下流に消えて行って、そのあと岸を見たら、ずぶ濡れのおじさんが倒れてたんだ。声をかけて起こそうとしたんだけど起きないもんだから、担いで引きずってここまで連れて来たっていうわけ」
ヨナは助けてくれた少年に感謝した。
「そうか。重かっただろ。ありがとな。ただ……俺はおじさんでなく、おにいさんだ」
「おじさんはおいらよりも背が低かったし、そんなに重くなかったよ」
「きみは体格がいいから力も強そうだな。上背のあるおにいさんを担ぐくらいわけないか。ありがとう、ありがとう」
意地になってきたヨナを遮るようにガルシアが自己紹介を始めた。
「そろそろいいか。私はガルシアだ。メソポタミアの地理や歴史を調べて学者のような仕事をしている。
こいつはヴァン。ここで私の身の回りのことを手伝ってくれている。家事全般と私の仕事の手伝いをしてもらっている。
ところで、あんたはどこから来たんだ。このあたりの者じゃなさそうだが」
「俺の名はヨナ。ヤッファから、さっきヴァンが言ってた大きな生き物に乗せられてきた。主の預言者をしている」
「主の預言者……ということはイスラエルの人間か。これはまた遠方からはるばるニネベへようこそ」
「ニネベって……ここはあのニネベか」
「あのニネベもこのニネベもない。アッシリアの王都ニネベだ」
「なんてこった! どこをどう通ったらニネベに着くんだ!」
「……何やら訳ありのようだな。長い話になりそうだ。食事をしながら聞かせてもらうことにしよう。ヴァン、食事の用意をしてくれ。さっきからヨナの腹が激しく鳴っているのでな」
ガルシアに言われて初めて、ヨナは自分が空腹であることを思い出した。ヨナが最後に食事をしたのは、3日前にヤッファで出航の前日に船乗りたちと楽しく飲み食いして以来だった。
ヴァンが手際よく料理を食卓に並べると、ヨナは“いただきます”もそこそこに「うまい、うまい」とガツガツ食べ始めた。ヴァンはガルシアに褒められたことのない食事を「うまい」と言ってくれるヨナを“いい人認定”した。ヨナは“おじさん”から“おにいさん”に格上げされた。
ガルシアはいつものようにヴァンの料理にノーコメントだった。とにかく早くヨナの話が聞きたくてうずうずしていたが、ヨナの食欲が満たされるまでの間、自分のこと、アッシリアのことについて話し始めた。
「私はアラムのダマスコの生まれだ。
家は祖父の代から各国を渡り歩いて商売をしていた。
幼いころからずっと旅をしていたので、諸国の歴史や地理に非常に興味があった。いろんな国の文化や産物、地形や言い伝え、宗教など、見ること聞くことすべてがおもしろく毎日が楽しかった。そうして見聞きしたことを私はどんどん記憶の棚に蓄積していった。
ある日、ニネベに行く山道で盗賊に襲われた。家族が逃してくれたので私は助かったが、家族も荷物もすべてを失ってしまった。そこへ偶然通りかかった王の軍隊が拾ってくれてニネベまでたどり着き、ここに住むことになった。
この家を与えてくださったのは王だ。王は私に歴史や地理を調べることを仕事として与えてくださった。ひとりだと私が寝食を忘れて没頭するので、と戦災孤児のヴァンをいっしょに住まわせてくださった。ヴァンがいてくれて本当に助かっている。ヴァンはできのいい弟のような存在だ」
話が自分のことに及び、しかも珍しく褒めてくれるので、ヴァンは顔を真っ赤にして照れた。ガルシアの説明によると、ヴァンの年齢はサマリヤで別れた少年とそう変わらなかった。ガルシアはヨナよりかなり年上に見えたが、ヨナの2つ年上だった。
「アッシリアという国はいくつもの国を征服して大きくなったせいで、うまく統率が取れていない。国内のあちこちで反乱が起き、それを平定しつつ、領土を広げる戦争を繰り返している。
現在の王はアダド・ニラーリ三世。弱体化した国力を取り戻すべく遠征を繰り返しておられる。王はもともと剛健な方ではなかったが、遠征で無理を続けたせいか、臥せっておられることも多くなった。まだお若いのに……。
助けていただいた御恩があるので、私の調査研究が少しでも王のお役に立てばと願っている」
「さて、そろそろ質問いいか?」ヨナが食事を平らげて一息ついたのを見て、ガルシアは続けた。
「ヨナ。どうやってここまで来たんだ。
ヴァンが川で見た山のような生き物は何なのだ。
ここがニネベだと聞いてびっくりしていたが、なぜあんなに驚いたんだ。
もともとニネベに来るつもりだったのか。
だとしたら何か用事でもあったのか」
ヨナは食事の礼を言ってから話し始めた。
主から、ニネベに行くように、と言われてニネベに向かってイスラエルを立ったが、ちょっとした手違いでヤッファから船に乗ってしまった。
船は出航後、いきなり大嵐に襲われ、船から飛び込み海に沈んだ。気づくと、主が用意された大魚“ゼガ”の腹の中にいた。
“ゼガ”は山のように大きく竜のように長かった。ものすごい速さで泳ぎ、陸を飛び越え空を飛んだ。身体は保護色なのでどんな生き物かがわかりにくい。しくみはよくわからないが、身体の内側から外が見えた。海の中でモーセが海を分けて脱出したときに負ってきたエジプト兵の残骸を見た。
“ゼガ”は空を飛び、海を泳ぎ、川を上って、たった3日でヨナをニネベに連れてきた。
ヨナは、主の預言そのものとしゃべりにくい部分はかなり端折ってごまかしたが、ガルシアから質問はなかった。ガルシアにとっては主の預言などどうでもよかったのかもしれない。ガルシアは、ヨナの体験を聞いて「非常に興味深い」と興奮し、「私も空を飛んでみたい」とか、「モーセの奇蹟──分かれた海の道に沈んだエジプト兵の残骸を私も見たい。帰りは私も乗せてくれ」などと言ってヨナを困らせた。
*
その夜、主はヨナに言った。
「明日、ニネベの人々の生活をよく見て回れ。広い場所に出たら『あと40日でニネベは滅びる。主がそう言われる』と叫べ。人々がおまえに『それはどういうことだ』『なぜおまえがそんなことを言うのだ』と反論してきたら、そのときはわたしがおまえに一番適切な言葉を与える。おまえは彼らに答えよう」
ヨナは「はい、わかりました」とだけ応え、明日に備えて床に就いた。
*
翌朝、ヨナはヴァンにニネベを案内してもらうことにした。ガルシアはどうしても片づけたい仕事があるとのことで同行しなかった。
ニネベは非常に大きな都だった。歩いて廻ろうとするなら3日はかかるほどだった。チグリス川からの豊かな水は農地に引かれ、豊かな穀物を実らせていた。川で獲れる魚は人々の腹を満たしていた。各国の商人たちが各地の産物を卸し、町の市場はにぎやかだった。人々は皆、笑顔で幸せに暮らしていた。
「ヴァン。今日はいい天気だねぇ。ここんところ雨が降らないから心配だけど」「おいらが雨乞いの踊りでもしようか」
「ヴァン。今朝、いい魚が獲れたんだ。買っていかないかい。串刺しにして火であぶったらうまいぞ」「うまそうだね。帰りに買うよ」
「ヴァン。今日もガルシアはいっしょじゃないのかい。仕事ばかりしてないで、たまには外を出歩かないといい男に巡り合えないよ」「ガルシアに言っとくよ。たぶん余計なお世話だってふくれるけどね」
「ヴァン。そちらのおにいさんはお客さんかい?」「イスラエルから来たんだ。おいらのアニキ……みたいな人だよ」
ガルシアもヴァンもニネベに住む人々はあたたかい人ばかりだ。俺はここで主の言葉を告げるのか……。
王宮の広場に着いた。ここは多くの露店が出ていて大勢の人であふれていた。「ちょっと買いたいものがあるから、自由に見ていて。あの木のところで集合だよ」というヴァンと別れた。ヨナは演説に相応しい台を見つけてそこに上がった。そして、大声で叫んだ。
「あと40日でニネベは滅びる。イスラエルの神、主がそう言われる」
(つづく)
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