不器用な大学生が、もう一度始めてみる話
初めまして、こんばんは。そして
あけましておめでとうございます
ひづゆです。 (名前のことはいずれお話しします、多分)
なぜか思い立って、元日の夜中にnoteを始めてみようかなと書き綴ってみます。自分語りが多くなると思いますが、良ければぜひ読んでみてください。
のちにもお話しますがこれから少しずつ自分のリズムで、書きたいことや思いついたことをずらずら書いていこうかなと思っています。
末永くよろしくお願いします。それでは!
(note初心者につき読みづらい、見づらい等暖かく見守ってください。少しずつ学んでいきます。)
現在は大学の学部1回生です。
昨年度の1年間は浪人をしていて、何とか今生きながらえています。(なので現在20歳)
↑実はこれが、今日から僕がnoteで書いていきたいことの始まり、、、、
そして人生の一つのターニングポイント
(だと思っています。)
浪人時代はなかなか大変な思いをしていた自信があります。
僕の場合はそのしんどさが、自分の学力云々というよりも、(表現は難しいんですが)
自分の将来・生き方・価値観・思想・信念 etc.
そんな形も正解もないようなものを追い求めるような、他方で追いかけられるような、そんな受験生活でした。
(勉強が楽だったわけでは決してないですよ!多分ね)
ただ、僕にとってそれは苦痛ではなかった。何も進んでいないのに考えることが止まらず、でも思考がすぐにあっち行ってはこっち行って交差しているようで立ち止まっているようで。。。スケールがおっきくなったりちっちゃくなったり、リアリティが増したり妄想に近い戯言だったり。。。(バリバリの理系ですよ)
このころの僕には、「全力」という言葉がよく似合っていたような気がします。逃げることも多々あったし間違えることもたびたびありましたが、立ち止まってるように見えてもいつもどこか足踏みをしながらでも、動いていたような、今の僕から見るととても輝いていました。
勉強に関しても、この思考の営みに関しても、常に自分に対して誠実に続けられていたというわけでは決してありません。
勉強に関して言うなら、はじめのころ(夏休み前くらいまで)には自分が志望校に落ちてしまった事実と真剣に向き合って、応援してくれる高校の奴らだったり両親だったりに不誠実のないように、しっかり結果を出せるようにと周りも見えずひたむきに頑張っていました。一方で夏ごろに相当成果が出て”しまった”ために余裕ができてしまい、夏前の熱心さをしばらく取り戻せなかったこともあったり。。。。
その夏ごろに余裕が出はじめて”しまった”のをきっかけに、自分の将来について考え始める心理的な余裕と、学力の成果的に自分の将来を叶えるチャンスが迫ってきているという感覚、現実味を持ち始めている感覚から、僕はほとんど初めてくらいに、
自分はどうしたいのか・どうなりたいのか、、、
浪人生活と合格の「その先」って、、、
を考えるようになりました。
これをはじめてすぐに気づいたことが一つ。それは
「僕って普段からどうでもいいことからなにから
めっちゃ考えているのでは?」
ということでした。
そしてその頃から僕は、いろんなタイミングで頭に浮かぶ他愛もないことからものすごい議論まで幅広くできるだけたくさん、そしてできるだけそのままの形でメモに残そうと決意しました。電車に乗っているタイミングでも、(ほとんど切ってましたが)予備校の授業中でも。本当にいつでもどんなことでも。
今の僕は、この頃の自分を褒めてあげたいなとつくづく思います。
そのメモはまさかの5000件を超えてしまっていました。(本当にすごいと思う。)
しかしこの一年を経ても、僕の未来像は成熟するどころか相当迷走してしまうわけです。。。。。あら。
今までは表面的にこうなればいいのかな?くらいに思っていた自分の世界が、こんなにも複雑で深いものなのかと気づいて”しまった”からかもしれませんね。。。
さて、現在に戻ってきましょうか。
(もう昨年ですか)2025年3月に、2年連続受験した大学に晴れて合格しました。非常に嬉しかったですし、これから頑張ろうと思っていました。その思いは嘘ではなかったと胸を張って言えます。
ですがこの年末に自分の2025年を振り返った時に、全力で走り切れなかったという感想が正直なところです。私生活の様々なトラブル、また、浪人期に抱き始めた自らへの様々な理想やらそこからくる疑問等々。
不完全という言葉では言い切れないほどの不甲斐なさだったなと振り返るところです。自分の周りの人にも申し訳なく、なにより自分自身と向き合いきれなかった一年に後悔しているところです。
何かを変えないといけない、自分と向き合わないといけない、逃げても放棄してはいけない、何かを始めてみたい。。。。。いろんな思いを抱いた年末でした。
くよくよダラダラしていても何も変わらない、
自分の抱いた理想はどこに行ってしまったのか
だから、頑張って駆け抜けてみることにしました。
自分事ではありますが先日20歳の誕生日を迎え、ちょうど今日は2026年始まりの日。
ちょうどいい機会が来てしまいました。
多分ここで始めないとまた同じ1年が来てしまう。さらに自分を負の方面で追い込んでしまう。
だから今日このnoteを書いてみようと決心しました。
願うだけ、祈るだけじゃきっとまた重い腰が上がらない。そんなの今年何回したかわかりゃしない。だから一回動いてみようぜ、、、と。
はじめからそんな大層なことはできない。
そんなことはわかっていますし自分にそんな器用にやる才能がないことは重々わかっています。この一年何も進めなかったのでいやでも感じています。
ですがこのnoteから、不器用でも不器用なりに始めてみます。(こんなに生きるのに不器用な大学生も、こんなのを発信してる大学生もそんなにいないんじゃないかな?よしっ)
話したい事、書きたい事、そしてなにより自分の中で整理をつけたいことやもっと深めていきたい事は山ほどあります。本っ当に山ほどあります。始めてみたいこともたくさんあるし学びたいこともいっぱいあります。
今年は浪人の時みたいに、いや当時とはちがって今は今の僕なりにこれからまだまだたくさん書いて悩んで深めていこうと思います。
合格してから書いてある”だけ”の状態になっているたくさんのメモを、僕の宝の山を少しずつ掘り起こしながらそのたびに当時どんなことに苦しんでいたのか、どんな未来を想像していたのか、今の僕はこれを見てどう感じ、どう自分の糧にしていくのか、、、
放置していたのがもったいないほど、楽しそうじゃないですか?
自己分析なんて大層なものじゃないけど、なんで僕ってこう考えるんやろって、考えるほどにわからんくなっていく、でもそれが面白いし何もしていない自分よりもよっぽど”何かしている”。
別に何かしていることが何でもかんでも僕の安心材料になるわけじゃないけど、この営みは多分僕にとっての産物になる。どれだけさまよっても。
まあ今日はこの辺にしておきましょう。(多分止まらなくなりますね)
最後に一つ、僕は多分この一年、
自分の不甲斐ないところをいろんな完璧で埋め合わせたかった
んじゃないかなと思います。
今年はなぜか何でも完璧にしたい欲求があった気がします。何をするにしても。そのせいで自分に過度なプレッシャーがかかってしまって、そのたびに何もできない無力感に苛まれて、、、結果何もしない→また自分に落ち込んで、、、、そんなループを永遠と。
浪人期の自分の信念を忘れてしまっていました。
「必要以上に自分を責めない」
何のための浪人だったのか忘れてしまうところでした。あぶないあぶない。
気づけて良かった。
そして、この一年をこれから先の僕自身のための一年にしていこうかなと、本気で思います。(ただ、気を張りすぎると壊れる性分故難しいですね)
マイペースという言葉が似あうこんな男ですが、これからどうぞよろしくお願いします。良かったら多くの人に見守っていただけると幸いです。
また僕の浪人期のお話とかいろいろ興味ある事とかチャレンジしたいことなんかもお話ししたいなと思います。(今日も思いましたが、やっぱり僕は書くのが大好きなのかもしれません、書いているうちにどんどん次書きたいことが連なって、、、少し書きすぎました)
今後いろいろ書いていくうえで
あれ?前もおんなじこと言ってたよな?
みたいなことが出てくるかもしれません。その時はすみません。
ここでことわっておきます。
というわけで今日はおしまいです。
ここまで見ていただいてありがとうございます。
(そういえば僕infjらしいです、書くの忘れてました)
改めまして
あけましておめでとうございます
僕も皆様も良き一年になりますように
