疲れたしか言えない日のこと
疲れた。
どう足掻いても、疲れたしか言えない日がある。
何をしたってわけじゃないと思ってしまうが、本当は色々やってる。
生きてるというだけで、実は結構なエネルギーを使っている。
食べるという行動一つとっても、お箸を持って、食べ物を食べやすいサイズに分け、口に運び……というプロセスがある。
疲れていると、そんな自分を労う気持ちが不足する。
何もしていないような。
何もかもに価値を感じられないような、そんな気分になる。
でも、今こそ。
今こそ、生きてるだけで花丸を思い出す時だ。
3回、心の中で唱えてみる。
生きてるだけで花丸
生きてるだけで花丸
生きてるだけで花丸
まだすんなりと消化できない。
心臓が痛む。
肺が圧迫されたように苦しい。
記事をネガティブなことで終わりたくない。終わらせたくない。
そう思うのに、どうしても抜け出せない。
まぁそんな日もあるよね。
しょうがない。
諦念はむしろポジティブな受容であるとも言えよう。
「しょうがない」と共に生きていく。
……なんてちょっとはポジティブに纏めようとしてみたけど、まだまだ飲み込めない。
過去を振り返ってさ、あの頃は大変だった、こうするといいよ、なんてアドバイスができたらいいのに。
そんなふうにはまだなれない。
トンネルの奥深くにいる。
遠くに光が見えたり、消えたりを繰り返しながら、それでも生きている。
ネガティブなことを書いてしまうこと、どうしても申し訳なさがある。
あたたかい場所にしたいから。
でも、今しか言えないことがあるはずだ、とも思う。
心の傷跡が未だにカサブタになってない。
剥き出しの生傷を抱えたまま生きている。
今よりもっと希死念慮とか諸々ひどい時期もあったから、さすがに最前線にいるとは言わない。
けど、リアルタイムで浸かっているからこそ、拾える声が。
思い出になんかなってないからこそ、伝えられる想いが。
今しか言えないこと、たくさんあると思う。
それならできる。
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