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不登校 当時を振り返る|母として、忘れてしまっていたこと


子どもが6か月の時、
重度の喘息で何か月も入院しました。

小さな腕には、
動き回らないように固定された点滴の跡が、
いくつも残っていました。



退院が決まるたびに熱を出し、
そのたびに延期になる。


やっと帰れると思った矢先に、
また振り出しに戻る。
そんなことを何度も繰り返しました。


小さな体で、
高熱と苦しさに耐えている姿を見ながら、
命を奪われてしまうのではないかと
不安でたまりませんでした。


このまま、
いなくなってしまうのではないか、と、
毎日震えていました。



どうか、命を助けてほしい

それだけでいい、

そう、祈りました。




外の景色は、窓から見える同じもの。
まるで額縁に入った景色みたいでした。



それでも、
ベッドの上でできることを探して、
親子で
毎日をなんとか過ごしていました。



小さな笑顔があるだけで、
それで十分


ただ、生きていてくれればいい、
あの時は、
それだけ。


その願いだけで毎日を過ごしていました。



当時、
子どもに食べさせるためのいちごを、
毎日、丁寧に丁寧に洗っていた
同室の母親がいました。


その光景は、私にとってあまりに印象的で、
今でも、ふとした時に思い出します。


そこにあった願いは、みんな同じでした。



それなのに。



成長するにつれ、
みんなに出来ることは
当たり前に出来てほしい
と思うようになっていました。



「元気でいてくれるだけでいい」
という気持ちは、
日常の中に埋もれていきました。



勉強も。
学校へ行くことも。
友達との関わりも。


いつの間にか、
普通に出来ることが
当然だと思うようになっていた。


思うように自分の時間が取れない日々の中で、
早く大きくなってほしいとさえ思っていました。


そして、

みんなが普通に行っている学校に、
どうして行ってくれないの?
と恨んだ。

 




こうして綴るのは、

あの時の自分が何をしていたのか、
曖昧なままにしておきたくなかったから。
当時の自分に、向き合っておきたかったから。

後悔があるからです。

 


そして今、
急に遠くへ行ってしまったような
寂しさがあります。



あの苦しかった不登校の時間さえ、
懐かしく感じてしまいます。


日常の中で、
いつの間にか見えなくなっていたものがありました。



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