読書録 Vol.23|トーベ・ヤンソン『たのしいムーミン一家』
夏の終わりに、自然を見つめ直す
『たのしいムーミン一家』を読み終えた。
読むのに、思いのほか時間がかかった。手が止まるたび、自分の日常が頭をよぎったからだと思う。
たまたまだろうか。物語の最終章は「夏の終わり」が描かれている。ふと考えた。ボクはムーミン谷のみんなのように、自然の移り変わりを意識できているだろうか。
遠くへ旅に出なくてもいい。同じ散歩道でも、深呼吸して季節の匂いを感じるだけで、景色は違って見えてくる。
フィンランドの大人たちは、長い夏休みを自然の中で過ごす。ボクらにも、そんな余白が必要なのかもしれない。
スナフキン、旅と孤独を選ぶ男
旅を愛し、自分の軸を持って生きるスナフキン。どうしても強く憧れてしまう。
「生きるってことは、平和じゃないんですよ」
軽やかさの裏にある、孤独や矛盾を受け入れる覚悟。この言葉はずっと心に残っている。
春になると窓の下で口笛を吹く、そんな粋さにはまだ恐れ多いけれど、音を奏でる遊び心は忘れない。
スニフ、欲深くて憎めない、もう一人の自分
一方、スニフには強烈な共感を覚える。キラキラしたものや欲に惹かれ、弱気で打算的。でもどこか憎めない。その人間らしさに、「誰しもこういう一面があるよなあ」と救われる。
あれこれ荷物を詰め込むように、ボクらは知らず知らずのうちに余計な執着まで背負い込んでいるのかもしれない。
じゃこうねずみいわく、「バッグなんてものは、いちばんいらないもの」。脇役だけど、この言葉だけはずっと残る。
余計な荷物をおろす
物語を読み進めるうちに、自分の中にある「いらないもの」が見えてくる。夏の終わりに整理した今だからこそ、言葉の重みが胸に染みる。
手放した翌日に、また何かを大量に買ってしまい、「何をやっているんだ」と苦笑することもあるけれど、そんな不完全な自分も面白がりたい。
心に留めたいのは、「つまらん見栄を張らないように」ということ。見栄に囚われず、自分の感覚をまっすぐに信じたい。
自転車での散歩も、視点を変えれば立派な小旅行だ。巡るほどに不要なものが削ぎ落とされていく。
熱かった夏が終わる。スナフキンのように、軽やかな足取りで次の景色へ歩き出したい。

表紙から、登場人物と自然があふれている。
