#1 学校嫌いが教員になり、教員嫌いが教員を救うと決めた|休職でどん底を味わって見えた“自分らしさ”
こんにちは、後藤といいます。
はじめに
いきなりですが、私は教員時代に休職を経験しています。
退職からもうすぐ2年、詳しいことは家族以外のだれにも話していませんでしたが、ようやく自分を受け入れることができるようになったのでこのnoteに書くことにしました。
この記事では、①私は何者なのか②これから目指す世界について書いています。
そもそも私の過去に興味なんてないという人には全く関係のない内容です。関わってくれた人、教育に関心のある人には最後まで読んでいただきたいです。
私は何者なのか
1993年生まれの31歳、2025年1月で2期目を迎える会社を経営しています。
経歴はいたって普通ですが、考えは人と少し違うんじゃないかと感じることがあります。
小学校〜大学まで
小学校をピークにどんどん学校が嫌いになっていきました。
集団行動が苦手だったこともありますが、それ以上に「みんな同じであることを求められる空気感」 にどうしても馴染めなかったことが原因です。いつも笑顔で人付き合い良さそうな雰囲気だけ出して、どこかで他人は他人だと割り切って生きていました。
社会人①教員時代
学校が嫌いだった私は、「子どもの頃に自分が受けたかった教育を」という想いで教員になりました。
やったことは単純で、全力で子どもたちと対等に向き合うこと。
向き合えば向き合うほど子どもたちは自分たちの力で成長していき、その姿に魅了されていく。そんな子どもたちが大好きでした。
なぜ休職したのか。
職員室の雰囲気に馴染めませんでした。
大人とうまく付き合うのが苦手でした。
そんな理由ですが、気づいた頃には"自分らしさ"を失っていて、気づいた頃には休職していました。
子どもたちは何も悪くない。
卒業間際の子どもたちの前からいきなり消えた自分が大嫌いでした。
文面ではうまく表現しきれませんが、本当に大好きな子どもたちでした。
退職を選びました。
家族、職場、お世話になった仲間、そして子どもたちにたくさん迷惑をかけました。
人生なんてどうにでもなれ、本気でそう思う毎日でした。
社会人②ITベンチャー時代
休職中にMacBookを購入。嫌いな自分を忘れるために何か打ち込めるものはないかとプログラミングに挑戦。深い理由はありません。
30歳にして初めての就職活動。
この頃から、仕事に固執することをやめました。
毎月有給をもらって東京へ、子どもたちのために何かできることはないかと始めたラジオ。
ここからは、安定から離れた"自分らしさ"を求める人生に切り替わりました。
株式会社hitorigoto設立
2025年1月に2期目を迎えました。
これから目指す世界
教育は大人がつくるものです。
教育者が輝き、教育機関が進化する世界を創ります。
次の記事で詳しく書きますが、
"教員らしさ"が教員一人ひとりの"自分らしさ"をかき消しています。
具体的には2025年1月末を目処に、下記を実現させます。
現役教員限定コミュニティ
仲間・挑戦・業務負担軽減をテーマに"自分らしさ"を創り出します。職員室改善プログラム
学校教育機関に向けて、職員一人ひとりの"自分らしさ"を創り出す戦略を提案します。
大人の人生が変われば、子どもの人生も変わります。
教員としてではなく、教員と教育機関を支えるパートナーとして生きていきます。
最初にも言いましたが、ようやく本当の意味で自分を受け入れる覚悟ができました。
自分語りの強い最初の投稿となりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
教員の人生を本気で変えてみせます。
最後に
動こうとしてずっと動けていなかった2つのSNSを新たに始動させるかもしれません。始動できないかもしれません。
Youtube
TikTok
少しふざけた名前かもしれませんが、動画が投稿されるトリガーはみなさんの100フォロワーという挑戦的な内容です。
自分を突き動かすための自分への挑戦でもあります。
最後の最後に
詳しく話を聞いてみたい、相談したいことがあればいつでも時間をつくります。
みなさんの人生に"自分らしさ"を創り出します。
後藤 裕磨
