海底ケーブルが支える現代社会~データのシーレーンを守る日本の戦略と展望
インターネットをはじめとする国際通信の約99%は、宇宙の人工衛星ではなく、海底に敷かれた光海底ケーブルを利用している。データのシーレーン(経済と安全保障の観点から戦略的に重要と位置付け、有事の際に確保すべき海上交通路)とも呼ばれる光海底ケーブルは、一度に大量のデータを遅延なく運べるため、金融取引やオンラインゲームなど、わずかな遅れも許されない現代社会の重要インフラとして機能している。
日本だけを見ても、国内のインターネットトラフィック(ネットワーク上を流れるデータ通信量やその混み具合)を支えるには数百テラビット毎秒の帯域が必要だが、衛星通信で確保できるのはその0.1%程度なのだ。例えるならば、1億3,000万人が水道管1本で水を分け合うようなもので、衛星通信だけでは対応できるものではない。SpaceXのStarlinkが衛星帯域の拡大で先行しているが、この桁違いの差は埋まっていないのが現状。近年はAIやクラウドサービスが普及し、世界中でやり取りされるデータ量が爆発的に増加している。これに対応するため、オーストラリアやアジア各地では、より大容量で高速なケーブルを新しく設置する巨大な投資が相次いでいる。
以前から通信線としての海底ケーブルは重要視されており、世界規模の戦争や地域紛争における軍事衝突では、相手国の通信の遮断は常套手段。かつて明治期の日本軍は、中国旅順を封鎖するために、ロシアが設置していた海底ケーブルを切断したことがある。また、第一次世界大戦が勃発すると英国は北海にあるドイツの海底ケーブルを切断。軍事との関連は不明だが、2013年にエジプトで海底ケーブルが何者かに切断されるという事件も起きた。海底ケーブルは沿岸部で直径約6cm、沖合や深海部では直径約2cm程度のもので、外装を厚くするなどしても錨による切断や水中ドローンによる爆破で簡単に切断できるため、有効な防護策がないのが実情である。
万が一、今、海底ケーブルが切断されたらどうなるだろうか。海外にサーバーをおくサービスは使えなくなるので、YouTubeがバッファリングを繰り返し、Googleの検索自体は動くのにリンク先が一切開かないことになるだろう。クレジットカード決済もVisaやMastercardの国際認証ネットワークに依存しているため、街中に現金のみの貼り紙が急増するかもしれない。LINE、Yahoo! Japan、国内銀行のATMネットワークなどのインフラが国内完結しているサービスは正常稼働を続けるといえるが、データセンターの拠点によっては稼働停止になるかもしれない。
現在、この海底ケーブルは単なる通信線にとどまらず、国家間の力関係や安全保障が絡む領域となっている。例えば、アメリカと中国の対立が激化する中、アメリカは自国の通信網から中国企業を排除する動きを強めている。実際に、香港を通る予定だったケーブル計画が、安全上の懸念から急遽中止になった事例もある。日本においても、データ傍受のリスクや、トラブルの多い南シナ海などでケーブルが意図的に切断されるリスクを減らす必要がある。そこで現在、特定の国に依存せずに安全な通信ルートを確保するため、北極海を通って日本と欧米を直接つなぐ新しい計画などに参加し、リスクの分散を図っている。
日本国内に目を向けてみると、日本と海外をつなぐ陸揚局(海中を通ってきた国際・国内海底ケーブルを陸上のネットワークに接続するための重要施設)や、データを処理するデータセンターの約9割が、東京や大阪の周辺に集中していて、これが弱点になるともいわれている。もし首都直下地震や南海トラフ巨大地震などの大規模災害が起きてこれらの設備が一度に被害を受けた場合、日本中のインターネットが機能不全に陥る恐れがある。そこで政府は、デジタル田園都市スーパーハイウェイという構想を進めている。日本列島の周囲に海底ケーブルを設置し、北海道や九州、瀬戸内海などにも拠点を分散させることで、災害に強いネットワークを作る計画だ。ただし、AI用の巨大データセンターを稼働させるには莫大な電力が必要になるため、電気の供給網(送電網)と通信網をどのようにセットで整備していくかが現在の大きな課題となっている。
さらに、ケーブルを海底に設置するための専用船が不足しているという問題もある。現在、海底ケーブルを製造できる主要な企業は、アメリカ、フランス、そして日本のNECの3社で世界シェアの9割以上を占めている。NECは部品の製造から組み立てまで全て国内で完結できるため、情報漏えいや他国からの干渉リスクが低く、安全性の面で世界から高く評価されている。しかし、世界的な通信網の拡張に伴い、完成したケーブルを海に沈める船が不足している。万が一、災害や事件で日本のケーブルが切断された際、修復を海外の船に依存していると、復旧が大幅に遅れる可能性がある。そのため、緊急時に機動的に運用できる船を日本国内でしっかりと確保しておくことの重要性が高まっている。
こうした様々なリスクを踏まえ、政府も対策を本格化させている。これまで、通信施設の安全管理は基本的に民間の通信会社に委ねられていたが、これを国主導の厳格な体制へと転換しつつある。2026年に向けて関連する法律やルールを見直し、施設への不法侵入を防ぐ厳重な管理や船のいかりや漁網でケーブルが傷つかないよう、浅瀬では砂に埋設することといった具体的な基準を設ける予定だ。また、日本に接続するケーブルを多く保有する企業を特別に指定し、安全保障上重要な設備を導入する際には国への事前届出を義務付けるなど、監視と防護の体制を強化している。
海底ケーブル整備の最優先事項は、通信コストの削減から、いかなる時も途切れない、安全で信頼できる通信網の確保へと完全に移行している。AIの普及によってデータ通信量がさらに増加する中、日本が世界のデータ通信のハブ(中心地)であり続けるためには、戦略的なインフラ投資が不可欠だ。また、約20〜25年前に敷設された既存のケーブルが一斉に寿命を迎えており、それらの更新だけでも莫大な費用がかかる。天候に左右されやすく、多額の資金を要するこの巨大事業は、もはや一企業の自助努力だけで維持できる限界を超えている。老朽化した施設の耐震補強や専用船の確保などを含め、国と民間企業が連携して日本のデータ通信網を守り抜く体制を構築することが、早急に対応すべき課題といえる。

