自分次第なんだ。この世に生を受け、あの世へ戻るまで。
年末年始、
ぼーっと、
ボーッとしながらも、いろいろなこと考えてた。
仕事のこと、
夫婦のこと、
家族のこと……
学生のころだと、いい恋愛をしているときにはスポーツや勉強もうまく行くとか、相乗効果があったり、逆に、人によっては恋にうつつを抜かして勉強が疎かになったりする人もいたとは思うけど。
社会人になってからだと、どれかがダメでどれかがイイみたいな現象はあんまり起こらなくて、バランスは取りながらも右肩上がりになるか、右肩下がりになるかかなぁって感じる。
わたしの場合で言えば、常連の読者さんはお察しの通り、ストレスの比重は仕事にかかっている。
仕事に負荷がかかりすぎているから、noteにあまり吐露もしないけれど、あえて書かないだけで、同じように家庭内のことも色々問題がないわけではなくて。
身の回りに起きる現象って、全てが繋がってるんだと思う。
家庭のことだって、ずっと抱えてるモヤモヤはある。
思い詰めて、あぁもうこの夫婦関係は終わりにすべきなんだろうか……と、わりと年がら年中考えてる。
仕事が辛いなら辞めたらいい
夫婦関係がうまく行かなきゃ離婚すればいい
外野はたいていこう言うよね!
それが、相手を本当に思って言う場合もあるし、他人事で口先だけで言う場合もあると思うんだけれど。
でも、当人にとって果たして、そんなに簡単な話かな?
未来のことを懸念して足踏みをし、ぐずぐず考えて迷ってるだけじゃないのよね。
要は、逃げたとて、自分自身が変わらなければ待ち受けてる未来は同じなんじゃないかなって思うのね。
仕事も、家庭も、自分の今の状態を反映してギスギスしてるなら、仕事を変えても、パートナーを変えても、自分が今のままじゃまた同じことを繰り返すような気がするから。
自分が仕事やパートナーから抜け出すんじゃなくて、自分が「自分から」抜け出さないとって。
そう思う。そう気がついてきた。
逃げるんじゃなくて変わるんだよ。
よく巷のスピの人とかって「逃げていい」って言うけど、そうじゃないよなって。
逃げるのとは明確に違うステップが必要なんだよなって。
そのステップを踏んだ段階で、世界は変わるんだと思う。
逃げるのではなくて、開くイメージだよね。
あたらしい世界が開いたら、仕事を変えたり、パートナーと再構築なりお別れすることになったりするときに、そんなに大きなネガティブ要素を感じないんじゃないかなって思うの。
なぜなら、自分にとってのあたらしい世界が開けているんだもの。
逃げてから誰かに開いてもらうんじゃなくて、自分で開いて飛び立つんだよ。
そうじゃなきゃ意味がないんだ。
わたしにもできるかな。
あたらしい世界、開きたいな。
おまけの叫び😆 うるさいから音量注意です⚠️
記事は年明け早々に出来ていたんですが😅
挿入歌(?)難しすぎてわたしには無理でした🤣
どういう難しさと対峙していたかということを、次回の記事でお話します💡
ではでは👋
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ありがとうございます😊
小さくても沢山の幸せを届けられるように頑張ります!