【ショートショート】浦島太郎~童話浦島太郎の続編、最後の時~
浦島はそれまですべすべだったはずの手をみつめます。
ほんの今まで隆々としていたはずの胸や肩をさわります。まるでかわってしまった。一体これはだれなんだ?顔に手をやり、カサカサとなった肌を触って年をとったのだとわかったのでした。
浦島は泣きました。
ワァワァと大きな声で泣きました。亀を助けた浜で叫ぶように泣きました。
しぼんだまなこは涙でいっぱいです。白く伸びたひげの先まで流れてポタポタと砂浜にこぼれていきます。
それでも浦島は泣き続けていました。
涙が枯れても、声がしゃがれても、泣き続けました。
浦島を照らす太陽が夕焼けに変わっても浦島は泣き続けました。
泣き腫れた赤い鼻をさらに朱が染めます。夕日が帯を伸ばし、みなもでキラキラと光が踊ってきれいです。
浦島はそれでも泣いていました。
暗くなり、星が夜空を彩って、照らす役目を月が交代します。星々を伴い月がやさしく浜を照らしてきれいです。
浦島はそれでも泣いていました。
あけなければ良かったなぁ
言われた通り、あけなければ良かったなぁ
乙姫さまに言われた通りにすれば良かったのになぁ
どうしてあけてしまったのだろう
どうして、、、どうして、、、、
ほんの3年家を空けたら、300年も経ってしまっているなんて
ここにはもうおらを知っとるものはおらん
ここにはもうおらが知っとるものもおらん
これからどうすればいいんじゃ
乙姫さまぁおねがいじゃあ、もういちど竜宮へつれていってくれ
かめよぉおねがいじゃあ、もういちどおらをむかえに来てくれ
海からは寄せて返す波の音がザザア、ザザアときこえてくるだけ。真っ暗になった浜辺で浦島はそれでも海をねめるのをやめません。
浦島は数刻前の楽しかった竜宮でのことを思い出していました。
四季折々の花鳥風月が懐かしく感じられます。水晶で出来た壁、宝玉をあしらった廊下、さんごの柱にめのうの天井。浦島はなるべく正確に竜宮を思い出そうとしました。竜宮の楽しかった毎日を、乙姫さまの美しい顔を思い浮かべます。
ついさっきまでそこに居た筈なのに、竜宮の事を思い出せなくなっています。かすみが、かかるようにおぼろげとなる竜宮の毎日。遠い昔の事のように感じられ、頭からどんどんと消えていきます。
待ってくれぇ思い出さえもおらから奪わないでくれぇ。
何もなくなってしまう。なくなってしまうんだよ。
お願いだよぉ。せめて、せめて思い出だけでも返してくれぇ。
もうなんにもない。なんにもないんだよ。お願いだよぉ。
なきごえは音の無い吐息になっていました。
涙も無い、声も無い、後悔と哀しさだけをひゅーひゅーと吐き出していました。
月も沈んだ真の闇。真っ暗な空にもう竜宮の毎日は描けなくなっていました。
浦島は何も考えていませんでした。竜宮の日々もかつての暮らしも。何も。
波の音だけが聞こえる闇の中で、浦島はただただ佇んでいました。
浜と海が白んで来ると浦島を再び照らしました。青い明かりが暗がりを押しのけ黄金色の太陽が神々しくきれいです。
浦島は海をむいたまま膝をついてうなだれています。握られていた玉手箱が静かに砂にかえると消えてなくなってしまいました。
浦島の影だけが海に伸びて波に触れる事が出来ました。
